田舎住みの私は先刻、通院のため近隣の中核市に出かけてきた。
予約していたのに2時間も待たされたおかげで、病院を出たのは昼過ぎだった。
小腹も空いたので飯を食おうと思い、ふと思い立って二郎系の店にむかった。
行列はしていなかったが、店外に客がいる程度には混んでいる。
ラーメンはやめとこう、と判断した。
健康のため、というわけではない。
そもそも私はジロリアンではないし、この系統の店に一度も行ったことがない。
──だからこそ、行ってみたかった。
一度は二郎系で食っておく、というのは重要な経験値になる、ような気がする。
いっぽう、まさにこの「一度も行ったことがない」という理由が、足止めをした。
とくに混雑している店では、まごまごしていると店員に迷惑がかかる。
二郎ルールに沿わないと店主に怒られるらしい、という噂も脳裏をよぎった。
「二郎」「ルール」などで検索すると、めんどくさい、とサジェストされる。
入店するなら、ネットでルールを確認してからにしましょう、と諭された。
何様だよ、という反発が強い。
そもそも「待つ」ことじたい、好きではない。
というわけで二郎系初体験をあきらめつつ、もろもろ考えた。
「初見席」をつくればいいんじゃないかな、イチゲンさん大歓迎の席があれば、もうちょっと気楽に入店できるのにな……。
そこへ行けばどんな注文もかなうと言うよ、だれもみな行きたがるがはるかな世界~♪
脳内で歌いながら、即座に自己反論する。
いや顧客にやさしすぎる店も問題じゃないか?
お客さまは神さま、などという考えが、そもそもおかしい。
そういう日本的な顧客第一主義が、モンスターみたいなカスタマーを甘やかした。
日本が海外旅行先として好まれるのは、この手のサービス精神のせいだ。
とはいえ客に厳しい頑固オヤジの店、というスタイルにも虫唾が走る。
店も客も、めんどくさいレベルにいたったらダメだ。
まあ二郎くらいなら、最初から調べて行けばルールは比較的わかりやすい。
ただ雰囲気やローカルの事情もあるので、その場の正解を理解するには時間がかかることもあるかもしれない。
空気が読めないと入店できない店とか、私にとっては苦行だ。
そんな私のような社会不適応者を含め、全員に対応する店づくりなど、おおよそ不可能にも思われる。
なんらかの札を立てて、対応を求める手段を提供すればいいだけでは?
いや、いまどき調べればわかるのだから、二郎のルールを知らずに行動した客がわるい……云々。
調べればいくらでも、この手の議論は出てくる。
いちゃもんをつけているのはどっちか、という点については、なんとなく、こっちかなと思う部分もあるが、個別の例で全体を語るのは不公平だ。
じっさい「頭のおかしい客」は一定割合でいる。
いっぽう「クソ商人」という先入観も、私にはある。
どっちも極端な表現だが、その極端な店に魅力があるゆえ話題になっている。
死ぬまでに一度くらいは「ブタのエサ」なるラーメンを味わってみたいと思うが、それはきょうではない。
そもそも私は「バカ舌」なので、正直、味はどうでもいい。
食べ物は栄養素を摂取できればよく、なんなら点滴で生きることを理想としている。
米を食わなくなったことと、無関係ではないかもしれない。
正確には外食などでときどき食いはするが、炊飯器は使わなくなった。
米を炊くという作業が億劫なだけで、レンチンのパックご飯は常備している。
レンジでゆでられる麺類とか、豆乳を注ぐだけのオートミールのほうが「楽」だ。
というわけでラーメン屋のつぎに向かったのは、一般のお客様大歓迎、というイチゲンさんにやさしそうな看板の店。
まあ業スーなのだが、近所にはないのでたまに遠出したときにまとめ買いをしている。
ついでにおにぎりを買い、クルマのなかで食いながら帰った。
運転しながら食事する、という行動のタイパはかなり良い。
舌がバカな私にもわかるくらいまずい米だったが、べつによい。
味に文句を言うほど、エサにこだわりはない。
温めればマシだったのかもしれないが、基本的におにぎりは常温、というスタイルで生きている。
極度に猫舌の私は、おにぎりを加熱するという発想が、そもそもない。
駅弁など「冷えてもおいしい」発想でつくられた食品は、私のように「最小の労力で最大の利益」を求めるタイプには向いている。
そんな私が求める正解は、たぶん完全栄養メシあたりなのだろう。
いずれはさっき病院で見たような、経管栄養食。
皮肉な笑みを込めて、その日がくるのを楽しみにしている。