うちの近所でホタルが舞いはじめる季節になった。
例年なら「ホタル祭り」というものをやっているのだが、どうやら今年も中止らしい。
全国各地で進んでいる「地域イベント終了」の流れだろう。
ホタル祭りはもう自然消滅の方向、という気がする。
去年は「クマが出た」ということで中止になったのだが、クマなんていつだって出る。
ことしはそういう理由づけすらなく、一部の有志が旗だけ立ててはいたが、祭りとしては開催されないようだ。
「衰退する地方」という大きな流れに、わが地元も抗いきれないらしい。
ただ、世の中には、それでも抗おうとする人々がいる。
そんなわけで、すこし地域振興について書いてみよう。
役場や観光とはなんの利害関係もないことを、まず断っておく。
全国各地にその手の運動はあるが、たまたま見た番組で「熊野古道」が紹介されていた。
尊敬する推理作家である「軽井沢のセンセ」こと内田康夫氏がよく舞台にしていたので、なんとなく興味をもった。
番組のテーマは、インバウンド観光の新しい動きだった。
とくに外国人客に日本を紹介する、外国人リーダーの有能さが際立っていた。
さまざまな業務をこなし、彼がいなければ地域の観光は成り立たないレベル。
やはり優秀な人間は、どこの国でも成功への最短距離を走る。
とはいえ、成功は本人の能力だけで決まるものでもない。
熊野古道というブランド価値や、円安という大きな追い風、そして周囲に「協力する人間」と「足を引っ張る人間」がどれだけいるか。
そうした条件によって結果は大きく左右されるわけだが、ここで注目したいのは「邪魔をする人」だ。
気分的には好きになれないが、完全否定もできない。
まちがったことをやろうとしていたら、それはもう「邪魔したほうがいい」からだ。
問題は、なにをもって「まちがい」と判断するかである。
だれの視点なのか、どの期間で見るのか、どの数字を基準にするのか。
地域全体には利益があっても、一部の住民にだけ負担が集中することもある。
観光客が増えても、運営者が疲弊するなら持続しない。
単純な賛成と反対だけでは、決められない。
地元の話にもどろう。
うちの近所にも、それなりに観光客がやってくる。
ホタルはともかく、地域資源はそれなりにある。
とくに鉄道はある種の聖地化していて、世界遺産を求める動きもあるようだ。
廃止された路線も利活用されている。
なんなら横軽(横川・軽井沢間)を部分的に復活させてはどうか、なんて話もした。
一部のテッチャンは乗り気だが、冷静な方々の意見はおおむね否定的だ。
鉄道法がどうの規制がどうのと、「できない理由」をたくさん語ってくれた。
やったほうがいいのか、やめたほうがいいのか。
ここでも結局、だれが費用と責任を負うのかという問題になる。
冷静な青年団の団長は、もちろん「やりたくない」側だ。
本人がお忙しいこともあろうが、くだんのホタル祭りへの姿勢を見てもわかる。
べつに批判しているわけではない。
祭りを中止した去年も、お腹立ちはごもっともという場面はあった。
私はその場にいなかったので、以下は団長から聞いた範囲の話になる。
会場の一部を提供する側から、イベントの利益配分について話が出たらしい。
しかしホタル祭りは、無償で手伝う人々によって、ぎりぎり成立しているイベントである。
一部の飲食店などには多少の売り上げが出るかもしれないが、青年団が儲かるわけではない。
利益を分配しろと言われても、そもそも分配する利益がない。
じゃあ勝手にやれよ、うちら手を引くから、と団長が言いたくなるのは当然だろう。
企業のほうは、あわてて「無償でどうぞ、地域を盛り上げてください」という態度に変じたらしい。
結局、クマ出没ということで中止になったわけだが……。
団長は、たぶん「やめる理由」を探していたんじゃないかな、と忖度している。
ことしはもう雑に自然消滅を志向している感じからして、まちがいはないだろう。
むろん危機管理的には正しい選択をしている。
地域を盛り上げるという漠然とした目的のために、どこまでのリスクが取れるのか、という問題だ。
万一事故が起これば、世間はまちがいなく運営者を非難するだろう。
無償で働きながら、そんなリスクを引き受ける理由がない。
だれかが悪いわけではない。
場所を提供する側が利益を求めることにも、一応の理屈はある。
ボランティアが負担を避けるのも当然である。
責任者が事故を恐れるのも正しい。
それぞれの判断は合理的だ。
ただ、その合理性をすべて足し合わせると、祭りが消える。
というわけで結論を述べよう。
団長の判断を、なにひとつ否定できない。
気持ちはよくわかる……が、それでも私は、祭りを開催するための「代案」ばかり考えてしまう。
「できない理由」を並べるより、「どうすればできるか」を考えるほうが好きだからだ。
ホタル祭りをつづける方法は、いくつかありそうな気がする。
しかしまあ「責任を負いたくない」という気持ちは団長に負けず劣らずなので、心のなかにしまっておこうと思う。
できないことは言うな、言ったことはやれ。
という生きざまを、私も一応は貫いていきたい。