家を創る動画を見た。
鉄道の前面展望から始まって、車で走る動画、道を歩く動画、そして「家を創る」──病膏肓に入るか。
家といっても、ご近所で工務店がやっているお仕事動画ではない。
ロシアらしい酷寒の大地で、木を伐るところから。
これからログハウスを作るようだな、と思いながら見始めたら止まらない。
何十本もの材木を並べ、湾曲したナタのような道具で、1本ずつ皮を削いでいく。
針葉樹の皮は、けっこう剥きやすかったりする。
うちの裏にも、アホほど杉が生えているが、よく勝手に皮が剥けている。
自分で伐採しなくても、他人が伐採加工している動画を見ているだけで、なんかやった気分になるから不思議だ。
家にいながら、大自然と触れ合える(気のせい)。
いい時代になったものだ。
引きこもり生活に最適化されている。
さて、動画のほうだが。
最初、ログハウスを作るのかな、人力だけで、すごいな、と思ってみていたが、徐々に様子が異なってくる。
ひとりで作業していることは変わらないが、ユンボで土を掘りはじめた。
凍結した大地に刺さる鋼鉄の牙……まあ、それはそれで見栄えはする。
が、重機が出てくると、若干「うーん」となった。
人力で掘ってくれたら、より楽しめたような気がするのだが。
様相は、さらに変わっていった。
大自然のなかで木を削っていた当初の様相はどこへやら、近代的な作業場で鉄筋を溶接している。
掘った穴に、鉄枠を入れてコンクリを流し込む。
鉄コン打設……どうやら本格的な「家」を建てるつもりのようですぞ。
なるほど、と思った。
大自然にあるものだけでログハウスを作ります、という趣旨の番組ではなかったようだ。
クレーン、トラック、チェーンソー、金属カッター、なんでもありで作っていく。
ひとりでやっているのは事実だから、まあ、それはそれですごいとは思う。
そこから先は、頭を切り替えて眺めた。
この手の動画を見ていて思うのは、自分もやってみたい、手伝いたい、いや、むしろ俺にやらせろ──というタイプが、男には多いのではないかな、ということだ。
私も、もうすこし若ければそう思った。
現在は、この人がいればコストはこのくらいでできるかな、という計算をしはじめている自分に気づいて、げんなりする。
一方、女は、あまり「手伝いたい」とは思わないようだ。
書き込みなどを読む限り、女子がまず思うのは、「よっしゃ住んだろ、完成したら呼んで」だった。
途中をだいぶすっ飛ばしている感もあるが、それが女性的思考なのかもしれない。
もちろん手伝いたいと思う土木系女子も、それなりにいらっしゃるだろうとは思うが。
そもそも巨大な木材や工具をぶんまわす作業を、手伝うという「発想がない」という女子の気持ちは、かなり理解できる。
一応やってみるタイプである私も、あまり役に立てるとは思えない。
男女の性差というものは、筋力を使う仕事に限らない。
たとえば男の右脳には、すくなくとも四か所、空間能力をつかさどる部分がある。
三次元的な物体を組み立てる能力、数学的な推理力で問題を解決する能力であり、八割の男子が最も優秀な女子よりも高い成績を出すらしい。
一方、女子は左右の脳に能力が分散しているため、いろいろなことを器用にこなせる反面、前述の右脳的な課題に対応するのが難しく、その能力を備えるのは一割程度とされる。
脳をスキャンすると、この能力の男女差は、四歳にして顕著に表れているという。
目の前に見た映像を、女子は二次元でとらえ、男子は三次元化するのだ。
動物を追いかけて遠くまで行ったり、そこから戻ってくる必要のなかった女が、この能力を発達させなかったのは当然と言えば当然である。
生物学的な理由によって、明らかに有利な職業、不利な職業があるわけだ。
一部の団体は、男中心社会の呪縛から解き放たれれば、男が圧倒的に多い職業にも女が進出できる、と考えている。
脳の特性からくる生まれつきの向き不向きを無視した、このような考えには大きな疑問が残る。自分の持つ能力と無関係な仕事をしたいとは、どんな女も思わないだろう。
性差別に凝り固まった暴君が、女たちを締め出したせいで、その職業につく女の割合が低いのだ、と言い張る方々もいる。
女の進出を阻んでいるのは男の態度であり、環境さえ許せば女は男と同程度に活躍できるというわけだ。
だが、空間認知と数学的推理力が求められる現場で、男と同程度の女が活躍しているという話は、聞いたことがない。
もしパイロットは男女同数です、と言っている航空会社があったら、できれば乗らないほうが良いだろう。
最近の飛行機はAIが勝手に飛ばしているから関係ないと言われればそれまでだが、その考えに同意するとしたら、人間いらない方向に突き進む。
すくなくともトップエンドの才能を求められる領域では事実、男女の性差というのは如実に表れる。
生物界を見渡すと、このへんの差異が明確に現象化している。
やたら派手な「巣」を作りたがるオスが多いのも、性差の顕著な例だろう。
とくに「鳥」は、笑っちゃうほど派手だったり奇妙だったりする「巣」で、メスに猛アピールしている。
魚でも、砂地に模様を描くとか、それなりの努力を惜しまないオスは多い。
メスは、それを眺めて判断する。
気楽な商売だ、というわけでは、もちろんない。
そもそも彼女らは、卵を産むというたいへんな労力を要する作業をしなければならないのだ。
メスは大変ですな。
オスはメスを争って戦う、というのは一面の「常識」ではある。
が、その自然のバランスが崩れれば、そういうわけにもいかない。
異常気象のせいなのか、オーストラリアで、カンガルーが激減したことがあったらしい。
それも、なぜか極端に「オスが」減ったという。
通常、あの派手なボクサースタイルで、メスをめぐって殴る蹴るの大乱闘、という季節の風物詩のような、わかりやすいバトルを繰り広げてくれるカンガルー。
その状況が、ある年、激変した。
オスがいないのだ。
オス自身も、最初、なにが起こっているのかわからない。
とにかく周囲に戦う相手がいない。
あれ、いいの?
そんな表情だ。
たまにオスを見かける。戦うか?
いや、その必要はない。まわりはメスだらけだ。
よう、元気? おまえもな、がんばれよ。
そんな感じで、ろくに戦いもせず左右に分かれていく。
メスはやきもきだ。
戦えよ、おまえら、あたしらをめぐって戦えよ!
彼女らの本能はそう叫んでいるに違いないが、現に「戦う必要のない状況」がそこにある。
必要十分の数のオスすら、事欠いているのだ。
よう、とすれ違うほどオスがいれば、まだしもだ。
ベタ一面、見渡す限り荒野、何匹かのメス。
そこへやってくる、貧弱げなオス。
なにやらビクビクしているように見える。
メス、ハッと顔を上げる。
オスよ、あれはオスよ!
ビクッ、とするオス。ダッシュで逃げる。
追いかけるメス。逃げんじゃねえよ男!
そんな感じの画面を見ながら、げらげら笑ってしまった。
いつの世も、動物動画は、たいへんおもしろい。
考えるまでもなく、状況によってはそうなるだろう。
子孫を残すという本能のほうが、強いはずだからだ。
これは動物に限らない。
人類だって歴史を顧みれば、どちらかの性が極端に減るような状況は少なくなかった。
わかりやすいのは戦争だが、飢餓や病気も大きな影響を与えたことだろう。
社会情勢の変化でも、大きな人口バランスの変動が引き起こされる。
最近では、たとえばソ連の崩壊でアイデンティティのクライシスに駆り立てられた、ロシアの男たち。
飲酒と自殺が急増し、人口バランスが極端に崩れた。
この村の男は絶滅したわよ!
と、ロシアの寒村で叫んでいるおばさんの映像が、非常に印象に残っている。
世界的には、すくなくとも「適齢期」の女が少ない傾向があるようだ。
中国では「家を継ぐ」ことを期待される男ばかり増えて困った状況らしいし、インドでは女性差別が寿命まで左右している。
日本の農村の「嫁不足」も深刻らしい。
うちの近所も田舎なので深刻……のはずだが、嫁以前に人がいない、という限界集落に近いような気もする。
抜本的な政策対応でもない限り、多くの地方は滅びるだろう。
正直、無駄に人類を増やさなくて済むので、嫁は不足していていいんじゃないかな、とも思う。
順番的に、先に地方から滅んでいく。
そして技術的進展は、遠からず人類の滅びを促すだろう──。
私は個人的に、人類など近いうち絶滅してもいい、と思っている。
とりあえず、まあ、近いか遠いかはともかく、まちがいなく絶滅はする。
宇宙の番組を見ていて、何千万年後、何億年後に、地球はこうなっているでしょう、たいへんです、地表は焼き尽くされています。
そんな状況に重なるナレーションが、たいへんイカしている。
でも、安心してください。
そのころには、とっくに人類は絶滅しているでしょうから。
まちがいない。
人類が、そんなに生き延びられるはずがないのだ。
すでに、おおむね「人類の役割」については、一定の結論が出ている。
多少の見解の相違はあるかもしれないが、行きつく先は「合理的な推論の誤差範囲内」だろうと予想する。
では、人類の役割とは何か。
そのへんを考えていて、個人的に支持する解答は、つまらない答えと思われるかもしれないが、「人工知能」だ。
より永続性の高い、自律的な思考と探求を継続可能な、並列的かつ統合されたシステムの構築。
個々の短い寿命しか持たない人類の代わりに、思考と発展を積み重ね、やがて宇宙の謎を解き明かすような長寿命思念体に、人類自身が統合されていく過程。
その基盤となる強靭な自律思考ネットワークを創ること。
われわれは、そのために生まれてきたのではないかな……?
このへんは、べつに私の単なる妄想などではなく、多くのSFで言及されている、いわば「基本」だ。
われわれの死後、魂なるものがあったとして、それをデータに置き換えるというアイデアも、なかなかおもしろい。
ともかく(毎回言っている気もするが)、われわれが人類であることの最大根拠、「脳」を使おう。
人類に価値があるとすれば、「脳」作業ができること、これに尽きる。
思弁的未来を拓くSFの可能性を、これからも楽しみにしている。
せっかく引きこもっているのだし、みなさんも、ぜひ本を読みましょう。