ことし、NHKで『プロジェクトX』の新シリーズがはじまった。
伝説的な旧シリーズは好きで、電子書籍も全巻揃えている。
黒四ダムなど名作回は多数あると思うが、個人的にはTOTOの回が印象に残っている。
登録商標でありながら、一般名詞のように使われているウォシュレットを開発した会社だ。
TOTOの開発陣には、「鉄の肛門」の持ち主がいたらしい。
度重なる洗浄試験に耐えられる強靭な肉体は、さぞかし貴重であったことだろう。
さて一方、私は「ガラスの肛門」の持ち主だ。
ちょっと意味がわからないと思うが、私もなに言ってるかわからない。
いや、敏感ということを表現したいだけなのだが、もちろん性的な意味ではない。
すこしでも無茶な生活をすると、腫れるのだ。
以前、痔の手術をした話などを書いたと思う。
しかし手術も善し悪しだな、と最近思っている。
直後からだいぶ快適になるので、無茶をしやすくなる。
わかりやすいのは酒で、べつに呑んでも肛門が文句を言わないので、だらだらといつまでも呑む。
乱れた生活をして、身体を痛めつけても、だれにも文句を言われない。
しかし負の影響は着実に蓄積していて、ある日、激オコられる。
その日がやってきたのは、2か月ほど前だった。
東京で同窓会があり、群馬くんだりから銀座まで出かけた。
昼過ぎから約10時間、ろくに食わず酒ばかり飲んでいた。
それまでの不摂生の蓄積もあっただろうが、ついに肛門が怒りの炸裂を果たした。
いや、吞んでいた時点では、違和感があるという程度だった。
翌日、家で迎え酒を吞みながら、再発を確信した。
癌と同様、痔も再発しやすい病気だ。
ある意味で「慣れている」私は、この時点ではまだ甘く見ていた。
しかし水曜、便器を見ると……血まみれだ。
やっちまったなあ! と思いながら、そのまま病院へ行った。
世間には、痔の手術はしたがらない人が多いらしい。
かなりひどくても、薬でだましだまし生活している患者が多いという。
しかし私は、手術適用ぎりぎりでも「さっさと治してくれ」と頼むタイプだ。
院長も、おぼえていたらしい(カルテを見て思い出したのかもしれないが)。
多少誇張して症状を訴える私に、最初から「(そんなにひどいのに)よく座れますね」と疑いの視線を向けてくる。
「いや痛いんですよほんと、我慢して座ってます」と言い訳しつつ、診せる。
私としては「外科的に早く」治してほしい。
が、院長は「ただ外側が腫れているだけ」なので、結紮して切り取っても傷口が広がるだけ、まだ薬で落ち着かせる段階と、けんもほろろ。
さすがに手術適用ではない症状で、手術はしてもらえないようだ。
その日は座薬や整腸剤などに加え、痛み止めだけはしこたまもらって帰った。
出された薬を淡々と消費しつつ、数日を過ごすと落ち着いてきた。
酒はよくないらしいので、禁酒もした。
そうして出された薬がなくなるまで過ごしたところ、ウソのように治った。
……ウソはついていないつもりだが、大げさに騒ぎすぎだと言われると返す言葉もない。
いや、出血した段階では、ほんとうに痛いしひどかった。
死因は痔かな、とすら思った(これは誇張)。
いまは、断酒という決断がよかったのだろう、と自己診断している。
酒代もかからないし、いいことだらけだ。
2か月後の現在、びっくりするくらい、きれいさっぱり治っている。
もしこれを読んでいる痔持ちの方がいたら、禁酒はやってみてもいいかもしれない。
最近読んだ記事によると、「酒は百薬の長」という俚諺には強い疑義が呈されているらしい。
飲酒に適量などというものはなく、すべて健康には害悪である。
反論の余地のない脳の萎縮や寿命の統計など、疫学的なデータでまくしたてられると返す言葉もない。
酒を飲んで長寿な人間は、飲まなければもっと長寿だった、ということになる。
アルコールは分解の過程でアセトアルデヒドを生成し、血管を拡張させる。
当然うっ血が起こりやすくなるわけで、痔にとっても、いいことはなにもない。
それ以前から、アルコール頭痛というのも、なんとなく感じてはいた。
血管から水分が漏れ出して、組織や脳にむくみが発生する症状だ。
もともと壊れかけた脳をもっている私だが、どこの部位であれ完全に壊れてしまわれると困る。
やはり日ごろから、節制はすべきだろう。
酒のせいにするつもりはないが、たしかに「抗えない劣化」を感じることは最近増えた。
一般的な老化だと思ってはいるが、とくに固有名詞がちっとも出てこないのには萎える。
もとより天才級の最優秀層には及ばないものの、まあまあ物覚えはよいほうだった。
それがどうだ、きのう覚えた世界史用語が出てこない。
いまさら禁酒したところで、脳細胞の破壊はもう取り返しのつかないところまで進展している、ということだろうか。
それとも人生五十年、こんなものなのだろうか。
先刻も、昭和歌謡を聴いているとき、曲は完全に知っているのだが、これ歌ってるのだれだっけ、としばらく悩んだ。
たまにならいいが、なつかしい曲のうち、けっこうな割合で思い出せない。
カルロストシキと角松敏生をまちがえたり。
トリンドル玲奈とトラウデン直美を区別して考えたことがなかったり。
まあ後者は昭和歌謡ではないが、ともかく人の名前が思い出せない。
このまえの同窓会で会った人々も、顔は覚えているが、名前がちっとも出てこない。
引きこもりのコミュ障である事実は、人間関係の基本をしばしばおろそかにさせる。
ARグラスで、名前とか過去の会話履歴が浮き上がって見える技術が、早く実用化されてほしいと心から願う。
ともかく身体は正直だ。
みなさんも、いたわって過ごしてあげてほしい。