狼煙港 能登半島 最北端

狼煙漁港からの遊歩道

狼煙漁港

狼煙漁港(狼煙地区)においては隆起が発生し、泊地や航路の水深が浅くなったことから、船舶が入港することが困難な状況となっていました
 

狼煙漁港(狼煙地区)の泊地・航路の水深を確保し、避難港としての機能を回復するための浚渫工事が行われました

能登半島の先端部に位置している漁港で、潮通しが良いため魚種のバリエーションが豊かなことが特徴

日本海に面し、外海との接点が近いため潮通し・波の伝わりが直接的です

特に大潮・中潮の動きが強く、港内の水流も変化が大きいため浚渫や防波堤の状況次第で釣果が左右されます

義宮殿下手植えの松

日本列島ここが中心の碑

日本の中心で能登復興を祈る

兄弟の 名所史跡を 巡る旅

長浜駅では豊臣兄弟ポスターが出迎え

ボランティアの方が豊臣兄弟名所巡りの受付

秀吉、三成出会いの像

湖国バス近江長岡行き

石田正澄:三成の兄で秀吉から北近江に1万5,000石の知行を与えられた

検地奉行として美濃国検地にに携わる

三成産湯の井戸

関ケ原の合戦にて【石田三成】没後、400年の記念事業で平成12年に復元されました

治部屋敷(現:石田会館)の北側に位置し、産湯を汲んだとされた場所です

梅雨に入ったとはいえ風があり心地よい日となりました

5:30分 500人行列 賀茂社入り

15:30分、葵祭時代行列が上賀茂神社に

乗尻(のりじり):行列を先導する騎馬で左右各3騎。上賀茂の競べ馬の騎手が務める

検非違使尉(けびいしのじょう):舎人の引く馬に騎乗し、下役を率いて行列の警備にあたる

検非違使志(けびいしのさかん):看督長(かどのおさ)、火長(かちょう)、如木(にょぼく)、白丁(はくちょう)など下役を率いて行列の警備にあたる

大鳥居を潜り下馬

一の鳥居

馬はエリート揃い

山城使:山城国を治めていた山城使およびその従者たち

賀茂の両社とも洛外になるので、山城の国司の管轄区域になるため督護の任につく

舎人が馬の口を取り、雑色(ぞうしき)、取物舎人(とりものとねり)などを従えて行く

人馬一体

従者が山城使の所用品を携えてゆく