苔清水 西行・芭蕉 句に詠めり
宝塔院跡から西行庵へ向かう
かっては杉林で薄暗かった
安禅寺跡
平安時代前期に相応によって創建されたと伝えられる金峯山寺の有力な塔頭の一つで、その別当が宝塔院でした
明治の廃仏毀釈以前は、豊臣秀頼が再建した壮麗な蔵王堂や多宝塔をはじめ、堂塔伽藍が立ち並んでいましたが、全ての建物が破却されてしまいました
ここで祭祀されていた蔵王権現立像と愛染明王は、現在、金峯山寺に客仏として安置され、都藍尼像は櫻本坊で母公像として安置されています
苔清水
「とくとくと落つる岩間の苔清水汲みほすまでもなき住居かな」と西行が詠み、「春雨のこしたにつたふ清水哉」と芭蕉が句に詠じた
西行庵
平安時代の最末期に西行法師が2年余り過ごした
西行は、奥駈修行を志して吉野に来て、二度満行したと伝えられます
その二度の修行の間に目にした吉野の桜に魅せられた西行が、この後、全国行脚の際に各地で吉野の桜を褒めちぎったことで、吉野が全国に知られる桜の名所になったのです
5月4日南志見の皆さまに贈られるワタの種入るメッセージカード(岩崎・浜崎さんが持って来てくださいました)

































