繁忙期 ジパング使えず 普通車で

柳田植物公園管理棟

ゲート

南志見第一集会所

南志見城山

全国からのメッセージ

担当者は南志見所縁の方です(#^^#)

輪島道の駅前交差点

北陸中日新聞記事

第一団地掲示板

金沢中央病院で事故

敦賀駅前・十割蕎麦「すずや」で夕食

案内所

都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと):日本書記にに伝わる古代朝鮮人で、加羅国王の息子

敦賀の地名の由来

崇神天皇の時、額に角の生えた都怒我阿羅斯等が船で穴門から出雲国を経て笥飯浦に来着したと

そしてこれが「角鹿(つぬが)」の語源であるとしている(角鹿からのちに敦賀に転訛)

第11代垂仁天皇は、都怒我阿羅斯等が帰国するとき、先代崇神天皇の諱である「みまな」(任那、弥摩那、彌摩那)を国名にするよう詔し、赤絹を下賜した

ところが新羅人がこれを聞きつけて兵をあげ、それを全て奪ってしまった。このことで、その後の新羅と任那は、不和になったという

今回の帰省で納戸から写真を取り出し2階で乾した

世の中は 一人一人の 関わり合い

十方衆生

「十方」とは、東・西・南・北、それと北西・北東・南西・南東、上方・下方です

蓮華の噴水・東山方向

「衆生」の衆は、大勢の人たちを表す字です

生は生きているですから、生きている大勢の者たちを意味する言葉

清水寺三重塔

世の中に存在しているすべての生きているものたち

北方向

人間は本能的に、自分の都合の良いことに執着しています

堂内

お互いの執着と執着がぶつかって争いが生まれ、傷つけあい苦しめあいが起こります

三尊像

仏教というのは、その執着から離れることを教えている

切妻屋根

本能のままに生きている限り、私たち人間は「自分」への執着が当たり前であり、「他者」を思いやるということは簡単ではありません

長い急な階段

「自分だけの満足」を求めている私たちにとって、「世の中に存在しているすべての生きている者たち」へ心をかけるということは、まず不可能です

北東、比叡山

その不可能なことをあえて取り上げ、考えてみようと主張しているのが仏教です

御影堂、左は阿弥陀堂

仏教に出会わない限り、そんなことは考えることもありません

御影堂門(楼門)

ですからこの言葉は、人間にとってはとても重要な意味があるというのです

夜の御影堂門

広村の 震災復興 一手に負う

濱口梧陵碑(和歌山県文化財)

地元にお住いの佐々木さんがご案内してくださいました<m(__)m>

醤油醸造業を営む濱口儀兵衛家(現・ヤマサ醤油)当主で、津波から村人を救った物語『稲むらの火』のモデル

広村の復興と防災(全長654mの堤防建設など)に投じた4665両という莫大な費用は全て彼の私財で賄われた

商人身分ながら異例の抜擢を受けて紀州藩勘定奉行(のちの出納帳に相当)に任命され、後には藩校教授や大参事(のちの副知事に相当)を歴任するなど、藩政改革の中心に立って紀州藩・和歌山県経済の近代化に尽力した

明治26年(1893年)4月に濱口梧陵の遺徳を称えるために子息の勤太が建立したもので、梧陵と生前に親交があった勝安芳(海舟)に依頼して撰文と題額の揮毫を受け、彼の生涯の事績や徳行を称えた711文字が刻まれている

本文の書は貴族院勅撰議員で明治三筆と呼ばれた書家巌谷修、刻字は東京市向島須崎町(現在の東京都墨田区向島)に工房を構えた碑刻師宮亀年

地震と津波で家や職を失った人々を雇用し衣食住を提供した

明治18年(1885年)に念願であった世界旅行に出発したが、アメリカ合衆国のニューヨーク市において客死した(64歳)