法王に 一杯の水 献上

白河法皇建立「井関稲荷神社」

稲荷山にあったが、現存しない。かつては境内山周10町、稲荷・祇園を祀るほか末社四社、摂社神社などが境内にあった(続風土記)

縁起によれば、大治2年(1127)10月白河法皇が熊野御幸の時、当地で水を求めたので一老翁が献上、法皇の命で建立したのに始まると伝える

観音堂が境内にあり、稲荷社僧も兼ねた

文和年中(1352-56)熊野別当の蜂起による兵火で焼失したが、仮堂舎で祭祀を続けた

心地よい風が吹いていたので休憩した

寛延二巳年(1742)の石碑があった

納骨で ご縁を授かる 和敬堂

和敬堂は食堂・風呂・勤行を行う研修室、事務所などがあります

同朋会館は宿泊棟で研修室があります

綺麗で掃除が行き届いていました

和敬会館ロビー

コーヒーやお茶などがセルフサービスで飲める

夕食の前に勤行・法話がありました

「開法蔵」

人として生まれたことの意味をたずねて行こう

生まれた意義と生きる喜びを見つけよう

新潟・三重・京都・大阪の奉仕団が見えられていました

2日間お世話くださった藤本師(正覚寺)

 

 

 

 

 

歴史の波 風化させまいと 王子跡

田園地帯を往く

初めて聞く熟語

湯浅御坊線(全長98km)

広川の流れ

熊野古道標識

2021年(令和3年)12月18日に4車線化された

津兼王子(井関王子)

藤原定家は、建仁元年(1201)10月10日、湯浅を雨の中にたち、久米崎王子を遙拝し、ついで参拝した井関王子でようやく雨が止んだと日記に書いています

江戸時代の『紀伊続風土記』には、井関王子社は村の北入口にあり、今は地名をとって津兼王子というと記しています

また近世初頭に熊野街道が西側に移ったことにより、旧井関橋を渡ってすぐの台地上に新しく津兼王子がつくられました。その新しい津兼王子神社は明治41年に津木八幡神社に合祀され、現在は跡形もありません

この中世の王子社の跡地も近年の湯浅御坊道路広川インターの建設によって消滅しました