白書院 格天井 白木造り
来賓の接待などを行う白書院(書院造)
帳台構や違棚を設けた書院造で、独創的な彫刻と藤や牡丹を中心とした障壁画が美しい
白書院 帳台構
明治44年(1911)宗祖親鸞聖人650御遠忌に際し、戸田猶七氏の寄進により再建された
白書院は柱などの用材が白木であって漆などを塗らずに仕立て上げられていることに由来
お斎に使われる漆御膳が並ぶ
御影堂楼門
白書院 格天井 白木造り
来賓の接待などを行う白書院(書院造)
帳台構や違棚を設けた書院造で、独創的な彫刻と藤や牡丹を中心とした障壁画が美しい
白書院 帳台構
明治44年(1911)宗祖親鸞聖人650御遠忌に際し、戸田猶七氏の寄進により再建された
白書院は柱などの用材が白木であって漆などを塗らずに仕立て上げられていることに由来
お斎に使われる漆御膳が並ぶ
御影堂楼門
僧円善 6万回の 誓いたて
鹿ケ瀬峠手前付近にすごい石垣があります
947年に天台宗の僧、円善上人が熊野参詣の途次、この峠で客死し、そこに後年、法華壇がたてられたという
日像上人:永仁元年(1293)、日蓮の遺命を果たすべく、京都での布教を決意する。まず日蓮の足跡を辿って佐渡にて法華経を布教した後、北陸・七尾に向かう。その船中での法論の結果、石動山の僧・満蔵(日乗)を弟子とした。満蔵により石動山に招かれ法華経を説くも、山上の大衆により満蔵共々追われ、それが羽咋妙成寺の創建に繋がることとなった
法華壇
大樹の下
堂宇の跡と思われる場所に桜の巨樹
法華経6万部の御経祈願を立てていた円善上人が、この地で果て骸骨になっても、なお読経を続けているのを見た壱叡上人が法華壇を築き供養したのが始まりとされています
見事な石垣が遺ります
新聞社で同期だった谷沢重城氏の写真展ご案内
月刊誌「ならら」の巻頭で、奈良の四季を写真と文章で紹介しています
11月30日まで72日間のローングランです
秋の観光シーズンに奈良へお越しの際には是非お立ち寄りください(入場無料)
NHKはじめテレビ各局、読売新聞はじめ新聞各紙から取材を受けています
読売新聞写真部の先輩、写真家谷沢重城さんの写真展「時空をこえてーならのみやこの内と外ー」が始まりました
20年にわたり撮りだめた古都の風景がすばらしい!
「こんな写真を撮ってみたい!」そんな気持ちがこみ上げてきます。来場された方々も大絶賛でした(岩佐譲)
21世紀の入江泰吉ですね(^_-)-☆
「ならのみやこの内と外」平城宮跡歴史公園内の企画展示室で開催中ですが、次回のギャラリートーク10月25日に添付の通り奈良文化財研究所の本中所長が登壇して頂くことになりました。宜しかったら見に来てください!!