阪急エスパイア大阪でOB会

新阪急ホテルが閉館となったため昨年から会場変更

綺麗で機能的なホテル

9Fレストラン

都心のオアシス「日本庭園」

始まるまで時間があったので暫し散策

ヨドバシが隣り

最高齢のTさんもお元気にご出席されました

後輩の息子さんが万博の国旗掲揚の役目をされた

先輩の原稿が新聞の投稿欄に掲載された

防災士、奈良まほろば検定1級認定証を取得した

90歳だけど後輩の絵画教室で絵を習っている

歩くことは生きることである!生きることは歩くことである!を実践したいます

などのスピーチがありました

梅の絵を観ると篠田百紅さんが思い浮かぶ

105歳、死ねないのも困るのよ

若き日も暮れる日も、それなりにいい

多くを持たないことの幸せ

風はみんなに同じように吹いている

過去は確かで幸せなもの

後世に希いを託す

本願寺 倶会一処の 場所となり

9月13日、父の三回忌、母の一周忌に東本願寺に分骨させていただきました

真宗本廟 貞愛(さだなる)親王書

母(釋恵照)は昭和天皇第1皇女・東久邇成子内親王と誕生日時(大正14年12月6日午後8時10分誕生)が同じで宮内庁から表彰されていました

父(釋正慶)は満州義勇軍に志願し極寒の地で苦労しました

貧しいながらも教育を受けさせてくれた両親に感謝しています

孫8人に恵まれ幸せな晩年を過ごすことが出来ました

参拝接待所

新潟教区の法話者と兄

正覚寺藤本師と兄

御影堂楼門

大役を務めた兄

東本願寺で両親に感謝する2日間を過ごすことができました

親思いの姉

大峠 広川日高の 町境

鹿ヶ瀬峠(大峠):熊野古道の難所の一つとして知られ、熊野参詣記にたびたび登場する

鹿ヶ瀬峠上部に遺された熊野古道の遺構は和歌山県指定史跡

『大御記』永保元年(1081)9月28日条に「戌剋着鹿背山中宿草庵」とある

『中右記』天仁2年(1109)10月18日条には、山道の様子を「其路嶮岨、心力巳尽」で、鹿の鳴き声があちこちから聞こえたと記しす

「熊野道之間愚記」(『明月記』所収)建仁元年(1201)10月10日条にも同様の「崔嵬嶮岨」との記述が見られ、深山幽谷であったさまを伝える

鹿ヶ瀬峠は紀南と紀北の境界であるだけでなく、紀南への戦略的要衝となり、中世には付近に鹿ヶ瀬城(ししがせじょう、鹿瀬城とも)という山城が築かれた

『太平記』には延文5年(1350)の南朝方蜂起に際して、当地の湯河荘司は北朝に与して「鹿ノ瀬・蕪坂」に布陣したとある

この付近に鹿ヶ瀬城から降りてくる道らしきものがあった

猪谷分岐

道標