ジャーナリスト 石川秀樹 -34ページ目

ジャーナリスト 石川秀樹

ちょっと辛口、時どきホロリ……。理性と感情満載、世の常識をうのみにせず、これはと思えばズバッと持論で直球勝負。
3本のブログとFacebook、ツイッターを駆使して情報発信するジャーナリスト。
相続に強い行政書士、「ミーツ出版」社長としても活動中。



コンビニ弁当の値引き販売、きのう(8/30)東京高裁で認められた。
原告のセブン-イレブン・ジャパンのフランチャイズ加盟店主の勝訴。
当然である。


この問題、前から気になっていた。
単に期限切れ間近の弁当の問題だけではない。
フランチャイザー(本部)の優越的地位の濫用の問題だ。


年中無休。
真夜中も店を開け、人で不足の店主はやむなく徹夜の連続。
業績が上がれば、すぐ近くにもう1軒コンビニを出店。
そして競争のための自由な値決めも禁じられている。

ジャーナリスト 石川秀樹

※写真は近所のコンビニ。本文とは無関係です。


口を開けば「お客様の利便のため」というが、
お客様である私たちはそんなものは望んでいない。
店主を疲弊させてまで、夜中に店を開いておけとは思わない。
強盗の標的になるんじゃないかと、心配までするくらいだ。


街からちょっと離れた振興の住宅街にコンビニができた。
『オーッ、こんな所にまでコンビニが。便利になる』と喜んだ。
店は昼間も夜もにぎわっているようだった。
すると半年後、もう1つ同じフランチャイズの店ができた。


脱サラし店を開いた店主は当初のにぎわいで
「これなら借入金を早めに返せるかもしれない」と安どした矢先だった。
利益が出るなら余さず収奪する、それが本部の考え。
フランチャイジー(店)の計画や夢のことなどお構いなしだ。


判決は、「社員が優越的地位を利用して値引き販売を妨害した」と明確に本部の非を認定し、原告4人に計1140万円の支払いを命じた。
よくぞ店主は提訴したものだと思う。
店主対本部の争いはこれまで、本部の勝利が当たり前だった。
契約書に判を押してあるからだ。
「承知の上で店を出したんでしょ」といわれれば文句はいえなかった。


大資本の本部は、弁護士軍団を抱えている。
それに逆らおうなんて、蟷螂の斧(とうろうのおの)、
カマキリが起重機に立ち向かうようなものだった。


しかし考えても見てほしい。
365日24時間操業を強制するビジネス形態は、「休む権利」の一節が盛り込まれていない限り、契約自体が無効であるはずだ。
しかし日本の司法は、世の中の“空気”に同調する。


お客様は神様ではない。
私もあなたも、コンビニ店主もただの人間だ。
便利になればうれしいが、人の休む権利を奪ってまで断固として店を開き続けよ、とは思わない。


きょうび「期限切れ間近」の惣菜、弁当はタイムセールスされるのが常識だ。
コンビニはそれさえ許されない。
売れ残れば廃棄処分。
損失は店側持ち。
ならば安くしても売ろうとするのが人情ではないか。


休むことを禁じ、あくなき(店舗数)拡大戦略をとり、商品の値決めを本部側で掌握する狙いはなんだろうか。
フランチャイザー(本部)の利益極大化だ。
店は春夏秋冬に何度も回って来る「なんとかキャンペーン」でも、ノルマに追いまくられる。


コンビニは事業である。
だから利益拡大をめざすことが「悪」だとはいえない。
「お客様の利便のため」という隠れ蓑もまとっている。
この論理を崩すのはなかなかやっかいだった。


しかし今、時代はソーシャルにシフトしつつある。
「社会によいこと」が「富」に替わる新しい価値だ。
その発想に立てば、店側に過大な労働を課し本部のみが利潤拡大を追求するビジネスモデルが今日的ではないことは明白だ。


セブン-イレブン・ジャパンは高裁判決に対してこういっている。
「判決内容の一部に主張が認められず遺憾。承服しかねるので上告する」
企業の驕慢(きょうまん)さが透けて見える。
素直に謝る気はないらしい。


時代に逆行する傲慢で強欲なビジネスモデルに対し、最高裁判所は明快な判決を出してほしい。
権威で抑え込まない限り、アメリカ流“人間疎外のビジネスモデル”を粉砕することはできないだろうから。




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【筆者から】
このブログの元になっているのはFacebookへの書き込みです。
主にFacebookページ「ジャーナリスト 石川秀樹」に投稿しています。
ミーツ出版(株)という小さな出版社の社長をしています。61歳で行政書士の資格を取り開業しました。さらにこの数年は「ソーシャルメディアを愛する者」としてFacebookで熱く語り続けています。ブログは私の発言のごく一部です。ぜひFacebookページもご覧ください。コメントをいただけたら、こんなにうれしいことはありません。


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執筆中だったFacebookの電本(電子書籍)
『秀樹さんが教える まだまだ奥が深い Facebookの教科書』
ようやく書き終えた。

ページ上部を図版やイラスト、ページ下部に説明文といった構成。
全ページを「1ページ完結」のスタイルにした。
書下ろし400ページになる。
使った道具はマイクロソフトのPowerPoint 2010 だ。
すべて自作したというのが、63歳の僕にしては自慢できるところかな。


内容はきわめて“濃い”と思う。
初心者用に書いたので、書き方は平易な文章で誰にでもわかるように書いたつもりだが、
何しろ相手がFacebookだ。
その本質をつかまえようとしているので、読めば読むほど『へぇー』の連続だと思う。
本当に奥が深い。


きょうは「まえがき」と、本文第1ページをご披露する。

■    □
まえがき

Facebookのことを書いているうちに、280ページもの本になってしまいました。
はじめはFacebookを始めたばかりのユーザーのために“活用本”を書くつもりでした。
書き進めているうちに、どんどん膨らんできました。
《一筋縄ではいかないメディア》
そうは思っていたのですが、成果を上げてもらうためには「これもあれも説明しなければ」と、つい欲をかいた結果です。
いま“成果”という言葉を使ったのですが、成果の意味は人によって違うでしょう。
親しい人たちと交流する、あるいは連絡用に使うことと、自分を認めてほしい、店や商品やサービス、事業を知ってもらい利益を上げたい――では、「成果」の意味するところはまったく変わってきます。

ジャーナリスト 石川秀樹


さて私は誰のためにこの本を書いたのかというと、初心者と、Facebookを何らかの形で自分の仕事に活かしたいという人のためです。


初心者と実利指向の人(ヘビーユーザー候補)ですから、両者では知識に差があります。
接点はあるのかと、かなり悩みました。
ところが書いているうちにわかってきたのです。
「プロローグ」から「第5章」までは“Facebook基礎編”ですからやさしく書きましたが、実はこれ、慣れている人でも本当には理解できている人が少ないのではないか、ということが。
例えば以下のようなことです――


▽Facebookはウェブのホームページのように直接見られてはいない
▽あなたの投稿は友達にすべて届くわけではない(制限される)
▽そうかと思えば、まったく知らない人(非友達)に届くことがある
▽ニュースフィードの記事は特定の友達に偏りがちになる
▽いつの間にかあなたの周りに特定の人が集まっている
▽クチコミを期待したのに、ちっとも記事が拡散していかない
▽いいね!される数が、一定の水準で止まってしまう
▽Facebookでは、友達は想像もできないくらい“特別な存在”だ
▽だからといって、友達をむやみに増やしても成果に結びつかない
▽シェアとタグを理解しないとFacebookの本質はわからない
Facebookを始めたばかりの人には、以上の指摘はチンプンカンプンでしょう。


中・上級者なら「なんとなくわかる」とは言うかもしれませんが、ここの理解が怪しいと、いつまでたってもFacebookは上達できません。
“上達”って、変な言い方ですが、狙った効果が引き出せる、という意味です。
慣れている人でも生半可な理解では、投稿へのいいね!も増えないし、Facebookページのファンにもなってもらえず、ましてや、商品やサービスが売れるようにもなりません。
誰にとってもFacebookは「基礎・基本」がとても大事なのです。


Facebookには盛り沢山の機能があります。
だから多くの本でその機能を説明する。
全部わかったら成果は上がるのか。
上がりません。
理由は簡単!


「Facebookはソーシャルメディアである」がわかっていないからです。
“ソーシャル”で最も大切なことは? 「双方向性」の理解です。


マスメディアは「発信者」主義です。
受信者=消費者はただただ受け身の存在で、その人たちに情報を降り注ぎ、歓心(関心)を買おうとする。
消費者は「神様」と持ち上げられているけれど、マス=大衆です。
消費してくれる対象でしかありません。
主役はマスメディアという巨大産業でした。


これに対し、ソーシャルメディアはまったく違います。
発信者も個人です。
受信者ももちろん個人ですが、マスメディア時代の受け身の個人とは違う。
だって、受信者も次の瞬間には発信者ですから。
まったく対等な“双方向”の交流が、21世紀の今、初めて出現したのです。
Facebookで何かを語るなら、自分(だけ)発想・自分都合ではなく、ネットの向こう側にいる相手を意識して話さなければなりません。
このことを理解せずに、Facebook初期の導入者の多くはマスメディアのように、有名人や大企業のような感覚でFacebookを使い、“成功事例”をつくった気でいました。
成功はFacebookのおかげではありません。
マスを操れる巨大な存在だから、新しいメディアでも輝かしい成果を示せたのです。


これと同じことを、ふつうの個人がやったらうまくいくでしょうか。
いくはずがありません。
ふつうの人の発信は通常、見向きもされない。
当たり前のことです。
ところが今なお、Facebook活用本の大多数はマスメディア・有名人・大企業のバラまき発想のまま、Facebookのノウハウを語ろうとしています。


だから初心者のために書いた1~5章がとても重要になります。
達人を除いてすべての人に、もう一度読んでもらう価値があると思っています。


「第6章」から「第11章」まで、いや「広告」のことまでを含めれば「第12章」まで7章にわたってFacebookをあなたのビジネスに活用するための考え方やノウハウ、実例を書きました。
必ずしも「仕事のことはFacebookページに」とはいっていません。
むしろ「仕事はあなたという人間の根幹の行為なのだから、個人ページで堂々と書いてほしい」とけしかけています。


「第13章」では、ネット通販の世界で有名な“虎斑竹”の竹虎四代目こと山岸義浩さん、個人ページで2000いいね!を獲得する宮川千明さん、「看板のない居酒屋」オーナーの岡村佳明さん、“疾走する異端”佐賀県武雄市の樋渡啓祐市長、さらにはFacebook発の映画を仕掛けた村岡克彦さん、井之原尊さん、漫画家岡野雄一さんの事例を紹介しました。
いずれもFacebookの内側では“超”の付く有名人です。


この人たちを紹介したのは、Facebookの成功事例を示したかったからではありません。「Facebookをどう活用するか」の事例ではなく、「Facebookで何をしたいのか」が明確な人、それこそが重要であることをお伝えしたくて数ページずつを割いたのです。


グループのことを書いた「第14章」を挟んで「エピローグ」では、大阪のテレビ会社社員である榛葉健さんがつくったドキュメンタリー映画「うたごころ」の活動を紹介しました。
東北大震災が発生し2か月後、榛葉さんが東北のまちを訪れある少女と出会います。
その後、2年間折に触れ取材し、2本の映画にまとめました。
劇場上映されるはずもない映画が、Facebookの小さな縁がきずなを生み、手弁当の上映活動が2年間、途切れることなく全国で続いています。
私はこの活動にFacebookの生み出すもうひとつの力、Social Good(社会によいこと)を感じています。


Facebookはただの販促ツールでも、自己実現ツールでもありません。
長い目で見れば社会を変えていくツールだと思っています。
このすばらしい世界にようこそ。
それでは講義に入りましょう――。




<ここからは「著者ページ」と「著書」の紹介です>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんな視点、はじめてだ!
「なぜ?」を徹底追究
ジャーナリストの視点で電本3部作

※著者ページ
http://denhonkan.jp/meikan/detail.html?ab_id=7



※著書
『秀樹さんが教える まだまだ奥が深い Facebookの教科書』



 Vol1.
 Facebookの基本のキ」。
 「入門書」ですがかなり濃い内容です。
 いいね!の原理、エッジランクやクチコミ発生機能について  核心を伝えます。
 
 









 Vol.2
 Facebookのビジネス活用術。
 個人やお店、小さな会社は大企業や有名人を見習ってはい けません。。
 バラマキマーケティングより友達を大切に。
 











 Vol.3
 Facebookのスーパースターたちを紹介しています。
 「誰か」って? 
 まあ、立ち読みでご確認ください。
 インフルエンサーの投稿術を詳しく伝えます。












言葉は“魔物”だなぁと思う。
けさの日経新聞1面のトップ見出し
『「尖閣前に戻らず」3割』
日本企業の中国での売上高が、回答企業の3割で尖閣諸島をめぐる日中対立以前の水準に戻らない、というのである。
反日気運、今なお―といいたいのだろうか。


調査は約150社。
もう少し詳細に読むと、
直近の売上高、4割が「問題発生前まで回復」
2割弱が「問題発生前を上回る」とある。
ならば見出しはこのようにも書き換えられる。


『6割「尖閣前水準かそれ以上」に』


これだと「反日気運」はどこか遠くの印象になる。
23日の日経新聞が意図的に見出しを付けたとは思わない。
調査1つでも、切り出すポイントの選び方でニュアンスはいくらでも変わる、ということである。


別の例を出して説明しようか。
例えば各国首脳が集まるサミットの報道――
日本の新聞では、G20の首脳がひな壇にズラッと並び談笑している姿が1面トップを飾る。
これが定番、日本人はなんの違和感ももたない。
サミットの外側で環境NGOなどの過激なデモが行われていたとしても。
アメリカの新聞などは「ひな壇写真」は中面に追い出し、もしくはまったく使わず、
「デモで騒然」の写真を好んで1面に使う。
このニュースで何が大事かの判断が、日米マスメディアで、かくまで違うのだ。
日本の新聞は、デモ自体に触れない社が多い。


どちらがジャーナリズムとして正しいのか、とは問わない。
記者の資質も新聞社の体質も、それをつくりだしてきた事情も日米で違うのだから。
ただ、同じ事件や事象を扱っても見方はかように違ってくる、ということだけはわかっていた方がいい。
個メディアならともかく、マスメディアの報道はそれによって世間の空気そのものが造られていくから、うんと用心が必要だ。


この夏の猛暑はイカレている(と思うほどだ)。
例年の夏より平均で2℃~4℃も高いそうだ。
電力需要もさぞ上がったことだろう。
でも、電力が足りない、の声は聞かない。
原発が2機稼働しているから、あとは(世論など)どうにでもなると思っているのかもしれない。


それよりマスメディアは「尖閣」話の方がお好きらしい。
あおればいくらでも世論を沸騰させることができる。
いや、今の新聞やテレビが意図的な報道をしているわけではないだろう。
でも、サミットのデモと同じだ。
報道しなければ国民に何のさざ波も起きない。
事細かに報じていけば自然、国民の中に「中国、何するものぞ」の感情がたぎり立つ。


なにしろ「マス」というのは尋常な数字ではない。
視聴率1%は100万人。
1紙で何百万部などという新聞があるゴロゴロある国なのだ。
彼らは意図しなくても――
というか、この際、はっきり言っておこう。
どの記事、どんなマターについても“判断”しないメディアはない。
プロである以上、何をどう扱うかについて「意図をもたない」などということはない。


ただし“判断”は多くの場合、その場限りであって、大きな意図をもって世論をどちらかの方向に導こうなどと日々、操作を駆使しているとまではいえない。
そうではあるけれど(つまり新聞・テレビ「性悪説」を僕は説いているわけではない)
私たちは心にとどめておいた方がいい。
世間の常識、自分の常識も、知らず知らずのうちにマスメディアによって刷り込まれているということを。
僕らは「原発のこと」で、まざまざとそのことを知ったわけなのだから。

「有能な営業マンのイメージについて」
僕の経営上の師匠である山田壽雄さんがけさ、以下のようなことを書いておられた。


「頭の回転がよくて社交性に長け、弁舌が爽やかであること、というのが相場でしょう」
でも違う、というのである。
「現実は全然逆で、このような営業マンは最も不的確であります」
こうした営業マンは個々の商談には強いかもしれない。
ところがお客様にはかえって「してやられた」感が残り、警戒心が起きるかもしれない。
こういう人は「押し込み販売向き」。
そして「押し込み販売は、販売の邪道です」と師匠はきっぱりいう。


営業マンの適格者は、頭の回転はそこそこ、社交性に欠け、口が重いこと。
そして真面目で根気強い人間であること。
「陰日向なく根気強く」こそ、営業マンに要求される最も大切なものである。
以上の3条件が師匠の教えだ。


なるほどなぁ、それで僕みたいな人間がマスコミ世界で
つまづき、うろたえ、恥をかきながらも、
なんとかやってこれた理由が知れた気がする。
取材、インタビューでも僕は必要以上にはしゃべらない。
98%くらい、聴き手である。
それで苦情がきたことはない。


はっきりいって、僕のようなタイプは入社試験には受からない。
なぜなら企業は、当意即妙、テキパキ仕事をこなし愛想よく、
空気を読んで先回りして、かゆい所に手が届く
そんな人間ばかりを求めたがるからだ。
それは「能力」には違いないが、
そんなものがコミュニケーション力だと思っているから
日本企業は小さな「群れ」から脱皮できないでいる。


日本社会を覆うこの勘違いは罪が重い。
個の違いを認めず、人とつきあえなければ人間失格のような空気。
そんな会社社会の臆病で筋違いの“常識(本当は非常識)”が今や、
幼い学校社会までを覆って、いじめ恐怖症の委縮集団をつくっている。


社会を前に進めるのは、コミニュケーション能力ではない。
異質を恐れず、自分の好き、自分がやりたい、を押し通す
わがまま者たちがつむぎ出した“何ものか”であることが圧倒的に多い。


日本社会で、会社がエラくなりすぎた。
会社に入れなければ幸せがない、と多くの人が考える。
そこからはじき出されたら困る。
そう考えるから「小権力」上司や小ズルいお調子者が幅を利かせる。
そんな者たちに迎合して“安全”を得たい者も少なくない。


社会全体のサラリーマン根性が日本を息苦しいものにしている。
人をいじめることに血道をあげるバカ者たちよ、
お前たちも心に巣くう鬱屈(うっくつ)を誰かにぶつけているだろう。
腐った知恵や悪巧みの能力は、いっそ「起業」に向けたらどうだ!


臆病者は何も生み出せないし、前に向くこともない。
99%無理だとは思うが、たった1人でも挑発に乗ってくれないか。
以後、見る夢は人をいじめ倒すより、はるかに痛快で意味深い。


師匠の教えとは若干ずれてしまったが、
「弁舌必ずしも営業の極意ならず」を聞いて、
そんなことを思った。


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【筆者から】
このブログの元になっているのはFacebookへの書き込みです。
主にFacebookページ「ジャーナリスト 石川秀樹」に投稿しています。
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最近、Facebookのメッセージで「スタンプ」が使えるようになった。
愉快なイラスト入りのメッセージをくれる人がいて、どうしてそんな芸当ができるのかと思って問い合わせたところ、教えてくれた。
メッセージ書き込み欄の右上に「笑顔」マークがある。
それをクリックすると候補が出てきて、さらにその上、右端を見ると「買い物篭」がある。
これをクリックすると、さらにいろいろ可愛いイラストが顔を見せる。
今のところ、すべて無料でゲットできる。


思うにこれは、最近急速に台頭してきたLINEにならっての趣向だろうか。
Facebookは頭脳集団。
さすが素早い対応力だ。
ツイッターをまねた「フォロワー」のときは多少の検討期間があったのか、アッという感じではなく、「フィード購読」なる耳慣れないものが現れ、『何々、これは?』と思っているうちになんとなく慣れてきて、違和感をもたなくなった頃合いで「フォロワー」と、名称もツイッターに追随した。


「フォロワー」は友達至上主義のFacebookに全く異質な要素を付け加えたもので、「真似りぁあいいってもんじゃないだろう」といいたいところだが、Facebookはサラリと方針転換をやってのけた。
この方針転換に比べれば、LINEまがいのスタンプは実害もなく、歓迎する人は多いと思われる。
僕も四の五の言う気はまったくない。


ただ、そうは言いながら、こんなことも思うのだ。
「順番が違ってはいないかい?」と。
右の写真はニセアカウントの常習者の写真だ。
こんな連中が平気で友達申請をしてきて、あろうことか、
Facebookが時々「知り合いかも」と推奨してくる。
新城あんなも葵つばさも200以上ものアカウントを持つ“札付き”だというのに。

ジャーナリスト 石川秀樹


せっかくFacebookのアカウントを取ったのに冬眠状態の人や「ゼッタイやらない」という人に聞くと、「Facebookはなんとなくコワい」という。
単にニセアカウントの問題だけでなく、いろいろな要素を持った不安だが、
Facebookの「知らん顔」の姿勢を見ていると腹が立ってくる。


僕などまじめに「Facebookは社会を変える力を持っている」と信じている。
個人が発言し始めれば、日本の言論は変わる-くらいに思い入れている。
実名メディアの普及と浸透、深化(進化)はそれほど重い価値をもっている。


ニセアカウントの横行、悪質な利用者の放置は実名主義の根幹を揺るがす。
最近の友達申請を見てみるがいい。
プロフィール写真なしの人のオンパレードだ。
これを「非常識だ」「ルール違反だ」と責める気にはならない。
実際に“危険”を感じる状況ではないか。
Facebookという公共の場が踏み荒らされている。


人気取りを考えるより、
Facebookはやるべきことをきちんと成すべきだ。
<アカウント認証>を厳密にやらなければならない。
それによって入り口は狭くなるかもしれない。
しかし、[安心]は広がる。
長い目で見て間違いなくFacebookのすそ野は広がるはずだ。
目先のユーザー数拡大など、得るところは一つもない!





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主にFacebookページ「ジャーナリスト 石川秀樹」に投稿しています。
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