ジャーナリスト 石川秀樹 -28ページ目

ジャーナリスト 石川秀樹

ちょっと辛口、時どきホロリ……。理性と感情満載、世の常識をうのみにせず、これはと思えばズバッと持論で直球勝負。
3本のブログとFacebook、ツイッターを駆使して情報発信するジャーナリスト。
相続に強い行政書士、「ミーツ出版」社長としても活動中。



きのう「ソーシャルメディアとは何か」についてFacebookページで解説した。


1人1人が発信者になった、そして同時に受信者である。
ソーシャルメディアは基本はEメールの同報機能のように「1対複数」に発信する。
特定の人に狙い撃ちして情報が届く―と。


ここで重要なのは「特定の人に」です。
ラジオやテレビのように「不特定多数に」ではない。
「特定の人」だから、それがどんなに多数でも情報の行き先は“閉じられている”。


ソーシャルメディアの中で「Facebook」の特殊性とはなんだろう。
カギを掛けない限り、“閉じられていない”ということですよ。
図で「赤丸」は私の友達、「黄丸」は友達以外の人。
Facebookは赤丸の人に情報を届けるというのがお約束だけれど、実は黄丸の人に届けられることもある。


情報を特定の人とだけ交換したい人にとってはこの現象は「漏れ出した」ことになる。
一方、情報をできるだけ広げたい人にとっては「拡散」。
いわゆる「クチコミ」の発生だ。



Facebookはソーシャルメディアの1つだから、情報はお届け型(プッシュ型)。
これがその人の使う目的によって“危険”にもなるし“大恩典”にもなる。
自分をアピールしたい人にとっては、勝手に広がってくれる(マーケティング用語では「バイラル」という。本来は「感染」すること。商品などの情報が人づてに広がっていくことを意味します)のはありがたい限りだろう。


では、バイラルはなぜ起こるのか。
Facebookを少し知っている人は「いいね!」を思い浮かべたと思う。
正解! 半分くらいは当たっている。


なぜ起きるのかを正確に説明するのはFacebook社の技術者以外はできない。
Facebook社は仕組みを一切公表していないからだ。
これほど有名な機能が実はブラックボックスに入っている。
だから多くの誤解や思い込みを生んでいる。


バイラル、クチコミをFacebookが起こす原理は「いいね!」以外にもたくさんの要素がある。コメントや写真をクリックすること、「もっと読む」で読み進むことなども関係する。
きょうのテーマから外れるので、これ以上の説明は控えるが。


最後に1つだけいっておきたい。
Facebookは“人々にとってよい情報”をより多くの人に届けようとする、
関心や共感を得られたコンテンツを広げるようにシステがム設計されている―と。


だからFacebookは、他のソーシャルメディアのように“あるがままに”“機械的に”情報を処理しはしない。あたかもFacebookに特別の意思があるかのように、情報(コンテンツ)をいちいち仕分けして“届けるべき人”に届ける。


以上、「届けるべき」を決めるのはFacebookである。
発信者の意思ではない。
この点、非常に恣意的なのだ。


こういうことを書くので、今度書いた電本は難しく感じられてしまう。
しかし、理解してほしい。
Facebookは“人々の善き意思を多くの人々に届ける”ことを使命としている。
誰もが(個人だけではない、政府や組織、企業も含め誰もが)情報を出し、明らかにしていけば世界は透明になる、平等でフラットになる、それこそが正しい情報社会だ、という信念でシステムがつくられている。


難しいわけなのだ。


Facebookは人々の膨大な情報を扱うことで“善き社会”を実現しようとする意思をもったロボットだ。
Facebookは完ぺきか? 
とんでもない、しょっちゅうわけの分からないエラーを起こす。
手前勝手に改善策を講じ、さっさとシステムを改編する。
すべて「理想を実現するため」なのでちゅうちょがない。


私は、ソーシャルメディアはもっと機械的で単純でいいと思う。
思うが一方、Facebookの(というよりも)創始者のザッカーバーグのドン・キホーテのような無鉄砲な理想主義にも強く魅かれる。
第一、Facebookのわけの分からなさを読み解くのが大好きである。


とはいえ、Facebookビギナーがこういうシステムを使うのは大変だなあ、と思う。
Facebookはブラックボックスだらけなので「珍説」「妄説」「誤解・曲解」がはなはだしい。
それを全部ただしていこうというのはそれこそドン・キホーテ的だが、少しでもFacebookの真実に迫りたい。それを人々に伝えたいと思っている。


※このほど『秀樹さんが教える まだまだ奥が深い Facebookの教科書』という本を書いた。400ページを超えてしまったのでVol1、2、3の3分冊にして「電本館」から電子書籍として出版した。
ただ、上に書いたような事情でFacebook自体の難解さがあって、本で解説するのはたいへんだった。もちろん私の力不足が原因なのだが。
電本を実際に読んだ人から「難しいですね」という感想もいただいたので、Facebookページで電本の逐ページ解説を昨日から始めた。基本的にはそちらで書いていくつもりだが、重要で多くの人に知っていただきたいテーマについては、たまにこちらにも掲載しようと思っている。

※Facebookページは「ソーシャルメディア活用本」
https://www.facebook.com/meets001





「猪瀬都知事辞任へ」
朝刊各紙に黒ベタ大見出しが躍っている。
それはまあ当然として、きょう言いたいのは以下の3点。

① 政治家追及、弱みを握った時のマスコミの激しさ
② わずかなカネに転ぶ政治の貧困
そして、③ネット型選挙資金獲得の可能性について―だ。


①についてはいつも書いているので簡略にしたい。
雪崩を打ってひとつ事に集中するのは、メディアの正義感が安っぽいからだ。
決めつけ報道が横行する。
他と異なる視点はまず見当たらない。
必要なのは正義感に満ちた断罪ではなく「事実の追究だ」
と私は言いたいのだが、日本の場合、罪はマスコミがはじめから決めつけているようである。


このように書くと、猪瀬都知事擁護に聞こえそうなので①についてはこれ以上触れない。
②についてはまさにきょう書くべきテーマだ。


「5000万円」は私ども庶民にとってはたいそうな額だが、大金持ちにしてみたらささいな金額だろう。
その程度のカネに“政治家”がコロっと転ぶ。
政治家だけではない、東電の鼻薬にマスメディア各社がこぞって精神(こころ)を売って“安全神話”づくりに加担した。


東電のカネ? 
とんでもない!
われわれ利用者が払った電気料金である。
東電は管理者にすぎない。
その管理者が「殿様」然として今もふんぞり返っている。



話がそれた。
人はわずかなカネに転ぶという話である。
政治家に持ち込まれるカネで、意図のないカネなんてない!
ということを私たちは肝に銘じておこう。
法律にのっとった企業献金といえども「いざとなったときに(政治家に)働いてもらいたいため」であって、善なる意図があるわけではない。
だからいまだ東電が無傷のまま居残っているわけである。


では猪瀬氏は何をすればよかったのか。
私は「猪瀬直樹」はネットで政治資金を集められる数少ない政治家の1人だと思っている。
作家としての「猪瀬」は鋭い書き手だった。
才能があるあまり行政に踏み込み、ついには政治の舞台に飛び込んだ。
『私の手腕で』と思ったであろう。


行政、政治がわかってくるに連れ、人脈もそちら方面に広がった。
筋のよいのも悪いのもいる、そんな世界だ。
私は地方に住むものとして、病院経営する徳洲会を“悪者”とは思っていない。
既存の医療業界を揺るがす挑戦者、革命児だとも思っていない。
ただ「等身大に」みればいいのである。
その地域の医療に何を貢献しているかを見ればいい。


ただし、政治家としての徳田一家のやり方はどうなのか。
猪瀬都知事にはわれわれ素人以上に見えるところがあったはずだ。
「5000万円」にきな臭さを感じられなかったとしたらバカ者である。
頭が切れる「猪瀬」は百も承知で“もらった”のではないか。
つまらぬカネで政治家生命を落としたものだ。


では「猪瀬」は何をすべきだったのか。
ソーシャルメディアを使い、ブログを使い自分の才覚を訴えていくべきだった。
「猪瀬直樹」はすでに有名人であった。
有料のメルマガでも、興味ある人は登録したと思う。
月額100円でも1万人の読者で100万円。
職種、テーマが違い読者層も異なるので堀江貴文さん(ほりえもん)と比較すべきではないが、双璧になった可能性はある。


その上で政策を語り、心を込めて少額の献金を読者にお願いすれば、かなりの額を集められたはずだ。
金額より何より、政策への賛同をガッチリつかむことができる。
それこそが政治家猪瀬の最大の“武器”ではないか。


よりましな政治家と思っていただけに、カネでのつまづきが残念でならない。





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【筆者から】
このブログの元になっているのはFacebookへの書き込みです。
主にFacebookページ「ジャーナリスト 石川秀樹」に投稿しています。
ミーツ出版(株)という小さな出版社の社長をしています。61歳で行政書士の資格を取り開業しました。さらにこの数年は「ソーシャルメディアを愛する者」としてFacebookで熱く語り続けています。ブログは私の発言のごく一部です。ぜひFacebookページもご覧ください。コメントをいただけたら、こんなにうれしいことはありません。


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わが

きのう、2年がかりで書き進めていた本を電本(電子書籍)として正式リリースした。
それをこれからどうして売ろうかと、そんなことで頭がいっぱいだった。
何しろ“無名の一個人”である。
出版社も知名度ゼロ、地方で立ち上げ実績もなし。
それがいきなり電子書籍のポータルサイトを創って著者を発掘、世に出すお手伝いをしようというのである。


著書はそんなわけで自作自演、自ら“最初の著者”に名乗りを上げようというものだった。
テーマはこのところはまっている「Facebook」について。
全国を飛び回り“旬な使い手たち”にインタビューを重ねた。


そのお一人である河野實さんから思いがけずメッセージをいただいた。
きのう電本のリリースのことをお知らせし、その返信だった。


石川さん、こんにちは。
ご丁寧なご案内ありがとうございます。
”長旅”お疲れ様でした。
複数のテーマごとに、取材対象を定めて交渉し、取材しても終わりなき旅は続いたでしょう。
本当にお疲れ様でした。
会社であれば、取材アポイントも、原稿打ちも、校正も、秘書やアシスタントに依頼できるのですが、一人では大変でしたでしょう。
何はともあれひとつのことを仕上げて、世の中に問いかけられたのですから、おめでとうございます。
また、お疲れ様でした。
十分英気を養って、また次のテーマに挑戦してください。
河野 實


これを読みながら、こみ上げる思いを抑えることができなかった。
人の一文に涙したことはこれまでなかった。


河野さんとの出会いは話せば長いことになる。
河野實さんは昭和30年代後半の大ベストセラー、160万部を売り上げた『愛と死をみつめて』著者、ミコとマコの「マコ」である。


Facebookで市井の人として書いていた河野さんをあるきっかけで知り、取材を申し込んで東京で会うことになった。
ところが私は大遅刻。それから2時間半、河野さんから話を伺った。大いに河野さんの時間を奪ったわけだが、お礼状1つ書かなかった。


翌日、非礼を激しく叱られた。
人間性を疑われたのだった。
ガッツンと来たが、言い訳はしないと決めた。
ただ、取材したくなった思いだけは伝えた。
「マコ」としてではなく、経済誌記者となって世界を駆け回り、独立してさらに足跡を伸ばし、70過ぎて引退しながらFacebookに出合い、また烈々とした青春を送り始めた河野さんという人を取材したかったのだ、と。


その後いくつかのやり取りがあった中、原稿だけは書いた。
が、掲載は無理だろうと机の中にしまった。
1年後、脱稿が近づいてきた。
(河野さんは新聞記事をきっかけに「マコ」であることを明らかにしていた)
やはり河野さんを欠く本は「苛(か)の抜けたビール」のような味わいだった。
それで意を決し、あらためて原稿を送った。
お叱りを受けるかと覚悟していたが、河野さんからいきなり電話が入った。
訂正個所の確認だった。


『認めてもらえたんだ……』


電本の原稿は7月のアタマにはできていた。
しかし、不安。
娘に読ませ感想を聞いた。「まったくわからない」と。
それで全編、書き直した。
信頼する友にも見せた。いくつか指摘を受け、ここでもまた大改造した。


「エイッ、ヤー」で、さっさと世に問えばよかったのかもしれない。
できなかったのは自信がなかったからだ。
それで時間稼ぎしてしまった。
なにしろ一大事業だ。
頂点から転げ落ちサラリーマン人生を下りながら終わりかけ、アイデンティティーを求めて行政書士資格を取り、退社してすぐに出版社を立ち上げた。それから1年、にわかに電本事業に乗り出し、本の執筆に時間を掛けた。
強い成功願望があった。


『もうひとつの山に登るんだ』と。


プレッシャーがかかっていた。
顔には出さないが、まなじり決するような“青白い炎”が自分の中で燃えていた。
成功せずんばやまず………、空振りすることを恐れていた。
だから河野さんの思いがけない優しい言葉に、何かが反応した。


その日、散歩に出た。
思い出すとまた涙が込み上げてくる。
法律の勉強をしている時期のことを思い出した。
その時も、カーラジオから流れてくるゆずの『栄光の架橋』に涙したのだった。


何度も何度もあきらめかけた夢の途中
いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある
……………
もう駄目だと全てが嫌になって
逃げ出そうとした時も
想い出せばこうしてたくさんの
支えの中で歩いて来た


今も「電本館」の成功を夢見ている。
自分の著書が世に知られることを願っている。
でも、その思いはきのうの前ほど“思い詰めた”ものではなくなっている。
厳しい師匠に認めてもらったことで、肩の荷はだいぶ軽くなったようなのだ。


★『秀樹さんが教える まだまだ奥が深い Facebookの教科書』
(立ち読み版=無料)
http://denhonkan.jp/ebooks/detail.html?ebook_id=10

今度上梓した電子書籍(電本)のタイトルです。


まあ、私としては渾身の一冊です。
400ページを超えてしまったので、「一冊」にしたら読みにくいだろうな、と。
それで3分冊しました。




これが「Vol.1」です。
Facebookの基本の「キ」をまとめました。
Facebookは「情報拡散」しますがそれは「プライバシー流布」の側面もあります。
公平に言えば功罪半ばする。
しかし、個人が何かをしようというときFacebookは強力な“武器”になります。
私たちはみな“無名”ですから圧倒的に不利なところからスタートせざるを得ない。
Facebookはそのハンディのいくぶんかを解消してくれる可能性があります。
その辺をかなりディープに探っているのがこの本です。
「入門書」ですがFacebookの本質を語り濃い内容となりました。
調べていくうちに“発見”もだいぶしました。
エッジランクやクチコミ発生の原理など、その正体がつかみにくい機能についても核心に迫りました。
目からウロコの特ダネ情報をお届けします。




こちらは「Vol.2」、Facebookのビジネス活用術です。
個人やお店、小さな会社を営む人に向けて書いています。
知名度が低い私たちは、大企業や有名人と同じやり方をしたら絶対に成果を上げることはできません。
巷に出回っているFacebookビジネス本は、おおむねきちんとした企業の成功例を事例として取り上げていますが、スモールビジネスには参考になるどころか百害あって一利なしです。
私たちはバラマキマーケティングの発想から離れ、友達との交流を主軸に強い味方を得る方法を実践すべきです。
スモールビジネスの広告利用法についても触れました。




「Vol.3」ではFacebookのスーパースターたちを紹介しています。
誰にもまねができない行政施策を行い話題を提供し続ける 佐賀県武雄市の樋渡啓祐市長、
Facebook発の映画「ペコロスの母に会いに行く」を実現させた村岡克彦さん、
1投稿で2000~3000いいね!をもらう宮川千明さん、
「看板のない店」で人をひきつけている岡村佳明さん、
竹虎四代目としてFacebookマーケティングに成功している山岸義浩さん―などなど。
綿密に取材し、本音をうかがいました。
インフルエンサーの投稿術、いや、生き方はまことにユニークです。
ドキュメンタリー映画「うたごころ」の榛葉健さん、
ミコとマコの純愛で昭和を彩った河野實さんにもインタビューしました。
取材を通じ、「術」を超えた生きざまがFacebookを単なるツール以上のものにしていることがはっきりわかりました。
記者冥利に尽きる出会いだったと思っています。


本書での私の立ち位置は「1ユーザー」であり「ジャーナリスト」です。
SEのようなネット技術を持っているわけではないし、Facebookの仕組みを熟知しているわけでもありません。
すべては「おやっ?」「なぜだ?」「計算通りにいかない」という自分の疑問から出発しました。
それでいろいろ試し、人にも聴いて、「これはこういうことらしい」と一応の結論に達したことを書いています。


だから、セミナー講師がいうような「夢物語」は語っていません。
よいも悪いも、私がお伝えしたいのは等身大のFacebookです。
Facebookの魅力にはまっています。
新聞社を退職後、私が得た人脈や可能性、具体的な仕事の提案、事業パートナーなど……、
ほとんどすべてがFacebookから由来しています。
何よりも『終わった人』である私を駆り立て、ジャーナリストとし、電本館あるじとしてくれたのがFacebookです。


その意味では、Facebookへの思いや期待は非常に大きいといえます。
しかし同時にFacebookはクセの強いソーシャルメディアでもあります。
だからこそFacebookの本質をつかみたいのです。
つかんだら、それを人に伝えたいと思っています。
いまだ路(みち)の途中ですが、「石川のやつ、どこまで書けたか」と関心がわいた方は、ぜひお読みください。


「立ち読み本」も用意しました。
Vol.1、2、3から60ページほどを抜粋しています。
きょうはそのURLだけお伝えしておきます。

http://denhonkan.jp/ebooks/detail.html?ebook_id=10



宮里優作のツアー初優勝の記事を見ようと早起きした。
新聞が来ない。きのう休刊日だったことを忘れていた。


なんともハラハラドキドキの優勝だった。
3日目、2位と3打差をつけ単独首位に立った。
ツアー初Vが名門、よみうりCCのゴルフ日本シリーズになるのかもしれなかった。
だから所要で出掛けるとき、ビデオをセットしておいた。


妻は「勝ったらメールしてあげる」と言っていた。
午後5時前、着信音が鳴った。
朗報だった!

ジャーナリスト 石川秀樹


さて、試合の経過である。
結果は知っている、だから安心して観ていられる。
が、そうもいかない展開だ。
『これで本当に勝てるのか……?』


15ホールまで3連続ボギーを含め2打のダウン。
最終日最終組で回るのはこれで16度目。
いつも崩れていた。
「3度目の正直」という。
それを5回もやって1度も勝てない。
2位になること6回、勝利の女神にソッポを向かれ続けていた。


宮里藍のすぐ上の兄貴である。
勝負弱いわけがない。
アマチュア時代には何勝もし、22歳でプロに転じたとき
「勝利は時間の問題」のはずだった。
が、勝てない。
近ごろは「優作が勝てないのはゴルフ界の7不思議」とさえ言われる。


今回はチャンスだ。
3日目単独首位に立つのは本人史上初、しかも3打差ある。
最終日、優作もへこたれていたが他も伸びない。
この日の寒さのせいだった。
ところが6打差スタートの呉阿順がスルスルと上がってきていた。
気がつけば16番では1打差に迫っている。


ロングホールの17番、呉は2打でグリーンエッジまで来ていた。
バーディーほぼ確実、ここから2打で宮里と並ぶ。
この時、直後の組の優作はグリーン上を俯瞰(ふかん)する位置にいた。
カップ上から呉が4打目を打つ。
球はカップをかすめて右に抜ける。
ホッとしたはずだ、優作はこのホール、バーディーをもぎとった。


呉とは2打差をつけた。
そして18番ホール、呉は痛恨のボギーとした。これで3差。
宮里がティーショットを放つ。
球は左方向に。フェードして右に戻るはずだった。
しかし「アドレナリンが入っちゃったね」
解説の青木功プロが言ったように左への力がわずかに強く、球はグリーンにはね、わずかに転がり落ちた。
止まったのはラフとエッジの接する所。
打ちにくい。


嫌な予感がした。
(これはビデオだ。優作が勝ったことは知っている。それでも不安になる展開だ)
素振りする。ウェッジの先端が草を咬んで止まってしまった。
本番。球は低く出てグリーンを転がる。
トップ気味? 止まらない。
ゆっくりと、コロコロどこまでも。
ついに右方向にグリーンを外れ、途中から左に方向を転じてラフで止まった。


ここから3打以内でカップインすればいい。
が、この18番、“魔物”と言われている。
グリーンがお盆を傾けたように極端に傾斜している。
プロでも3パットが続出しているのである。
『女神は、最後まで底意地が悪い……』
妹の藍ちゃんが見守っている。
グリーン周りに両親の姿も見えた。


宮里がゆっくりウエッジを振り抜く。
今度はフワッと上がった。
『どこまで転がるのか』
ワンバウンドして転がる、ピンの方向だ。
「入ったー!」
思わず手を打っていた。当の宮里よりも先に。


後は涙、涙……。優作が膝を折ってキャディーと共に泣く。
藍ちゃんも目をこする。
両親が泣く。
こっちももらい泣きをした。


結果的にはこのホール「パー」、通算3打差を付けての優勝だったが……。
鮮やかに印象が残る劇的な勝利だったといっていい。
女神さまの匙(サジ)加減だろうか。
辛く辛く、これでもかと辛くして、最後においしい水を用意した。


宮里3兄妹の中で最も才能があるといわれた優作が、初Vまでに11年を要したのである。
ゴルフシーズン最終日、最後の組。
待たせに待たせて“呪縛”から解放した。
事実はまさに、小説よりも劇的だ。


写真はYOMIURI ONLINEから(初優勝を決め、妹の藍さん(右)と笑顔で記念撮影に応じる宮里優作(8日)=佐々木紀明氏撮影)



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【筆者から】
このブログの元になっているのはFacebookへの書き込みです。
主にFacebookページ「ジャーナリスト 石川秀樹」に投稿しています。
ミーツ出版(株)という小さな出版社の社長をしています。61歳で行政書士の資格を取り開業しました。さらにこの数年は「ソーシャルメディアを愛する者」としてFacebookで熱く語り続けています。ブログは私の発言のごく一部です。ぜひFacebookページもご覧ください。コメントをいただけたら、こんなにうれしいことはありません。


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