トラスト -78ページ目

9. 僕の三位一体は

僕の三位一体は

食、眠、友。

食べることと眠ることは肉体の自然な欲求。

親しいお付き合いは霊的な欲求。

今日のお昼は

家で作ってもらったおにぎり二つと

セヴェンイレヴンで買って来た

みそ汁とサラダ。

個人事務所で孤独に食べた。

みそ汁とサラダは大好きな人から頂いたクオカードで購入した。

いつも親切にしてくださる方に心から感謝。

お昼を食べ終わると

オルゴールのCDをかけて15分ほど眠る。

今日のお昼は三位一体、

僕に良くしてくださる友人からいただいたクオカード、

おにぎりとみそ汁とサラダ、

食後の午睡。

僕はこの三位一体に心から満足している。

そして、このような幸せに気付かせてくれた

僕の辛い過去を受け入れ、

僕を愛してくださる人びとの中に生きている

心の中の神様を畏怖し、

その人たちの優しさに感謝している自分に気付く。

 

 

 

 

8. 今の人生の何事にも意欲が湧かず

今の人生の何事にも意欲が湧かず、

引き蘢っている彼。

家族は心配をして彼を今は自由にさせている。

外にもあまり行かず、起きたい時に起き、用意された食事を食べ、

テレビを見たり、ゲームをしたり。

こんな生活を引き蘢りとかニートとか呼んで、世間は異常扱いをする。

本人もこれではいけないと強く思って、復帰したいと願っているのだろう。

だけど、頑張ろうとすると直ぐに疲労し、何もできない生活を変えられない。

そんな彼の生き方が僕には羨ましいと時々思われてしまう。

「本当に自由な人生だな」と自分に言ってみた。

母の期待や世間の評価を気にして

いままで猪突猛進のように働いてきた自分の人生が走馬灯のように思い浮かぶ。

やる気満万で生き甲斐も感じられた。

疲れたな〜!

僕の今の人生は半ば引き蘢りの気持ちが勝っている。

誰にも束縛されず、命令されず、自由になりたい。

そんな気持ちは益々強くなり、ある意志となり始めている。

孫の我が儘につき合っていると、あれ、っと思う。

この意志は、孫の頑固さと同じ欲求のように感じられるときがある。

この意志は、人間としての本質的な欲求から発しているのかな。

孫の我が儘、引き蘢りの欲求、自由な生き方、

もう僕は社会人には戻れない気がする。

年を取り、益々、自分の気持ちに素直に従おうとする人間になっている。

鬱病も、引き蘢りも、ニートも、批判しない人間になってしまった自分に気付く。

7. 地上を天国にする

地上を天国にする、

『天国の礎』を読むと岡田茂吉氏の揺るぎない決意が伝わってくる。

彼曰く、メシヤ教なのだそうだ。

僕もそんな夢は嫌いではない。

なぜなら、自分が幸せでいたいからだ。

おそらく、全ての人が幸せでいたいと願っているに違いない。

しかし、現実は不幸が蔓延している感じがするのは何故だろう。

それは、報道機関の情報発信が不幸を知らせる傾向に傾いているからかもしれない。

どこの誰々は幸せに暮らしています、などという情報はお金にならないのかもしれない。

しかし、最近、ニートの生活だけれども幸せに暮らしている若者たちのことが

ユーチューブで取り上げられている。これは意外性があるからだろうか。

幸せになる方法は皆違っているのだ。

どんな方法でも自分が幸せならば、

それが地上を天国にしたことになるのだろうか。

岡田氏は、世界救世教では明主様と呼ばれている。

その明主様は自由を常に尊重している。

他者を批判しないことが重要だと主張している。

だから人がどんな方法で幸せになっても、

自由が保証されていれば違っていていいのだと思う。

後は他人の幸せを見て嫉妬しないこと。

僕も、自分の幸せを実現し、家族や友人たちなど

自分の身近な範囲で地上を天国にしたいと思っている。

さてさて、こんな天国建設を岡田茂吉さんなら何と言うだろう、

こんな天国建設をどんな悪魔が邪魔するのだろう、

などと考えている自分がいる。