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39 期待するのか心配するのか

期待するのか心配するのか、

それが喜劇と悲劇を分けるのではないだろうか。

こんな考えを基に悲劇について考え始めた。

私たちは、自分や他者の行動をいつも観ている。

そして、予感する。

その行動は良い結果になるのではないかと期待したり、

その行為は悪い結果になるのではないかと心配したりする。

人の心理とはこのような心の動きと定義できそうだ。

そして、その期待が現実になったとき

私たちは嬉しくなったり、楽しくなったりする。

これは幸せを感じるので喜劇と言っていいのだろう。

また、その心配が現実になったとき

私たちは悲しくなったり、失望したりする。

これは不幸を感じさせるので悲劇と言っていいのだろう。

心配には

こうなって欲しくないという懸念もある。

そして、そうならなかった時

私たちは安心を感じる。

この安心は幸せに思えるので喜劇といえるだろう。

そうなってしまった時、

私たちは悲しみや失望を感じる。

これには不幸が感じられるので悲劇といえるだろう。

僕は、今、毎日良いことを期待している。

あまり心配したりはしない。

良いことが少しでもあった時、

感謝の気持ちが湧いて来る。

僕の人生というドラマが終わるとき

僕の人生は喜劇で終わるだろう。

38 今朝もホームレスの老人が歩道に座って

今朝もホームレスの老人が歩道に座って、

ひとり、通勤の人びとを眺めていた。

僕は、バスの中からいつもの風景のように

その老人を眺めていた。

老人といったけど、

本当は僕の方がもっと老人なのかもしれない。

昔聴いていた、サンフランシスコ•ベイ•ブルースという曲が

頭の中に流れてきた。

多くの人たちにやれることが俺にはできなくて、

防波堤に座って、ただ海を眺めているのさ、

という内容のブルースだった。

自由でいいな、と思った。

むしろ独りになりたかった。

あの老人はどうなのだろう。

幸せなのだろうか。

人にはいろいろな生き方があっていいとは思う。

小泉進次郎さんが大臣に任命されるとか、

それも一つの生き方だ。

人にはそれぞれの幸せがあり、

自由な生き方が保証されるほうが良いと思う。

今の韓国なら自由は保証されないだろうな。

僕は金持ちを批判したりはしない、

貧富の差などといって批判したりはしない。

ただ今朝も歩道に座っていたホームレスの老人が

孤独なのではないだろうかと、

思ってしまう。

彼の人生が自分で選んだ生き方なのか

社会に捨てられたのかどうか

気になってしまう。

 

37 僕の革命は地道な革命

僕の革命は地道な革命、

だから革命ではなく変化にすぎない。

世の中を大きく変えるのが本当の革命、

だから、そんなこと僕には不可能。

でも、僕には変えたいと思う抑えがたい気持ちがある。

その気持ちが静かに燃えている。

人と人が愛し合える関係をつくること、

これが僕の心に聞こえる声。

僕が出会う人たちは

もつれにもつれた難しい関係に疲れた人たち。

不安になり、怒り、失望した経験のある人たちばかり。

病名を付けられ薬で自分を制御してきた人たち。

この人たちに心からの安心を感じてもらうのが

僕の革命。

僕の革命は地道な革命、

怒りと喧噪に満ちた社会を変えることは

僕には不可能。

だから、自分の出会う人たちだけは

争いではなく幸せを感じてほしいと願う。

愛を破壊しようとする人びとの背後には

かならず金銭が動き、支配欲が渦巻いている。

愛は

自然の恵みに感謝し、

お互いの自由を尊重すること。

僕はまずは自分自身に革命を起こそうと思う。