ミルグラム『服従の心理』 | ひでのブログ

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「人はいかにして悪をなしえるのか」
ナチス・ドイツの親衛隊隊員アドルフ・アイヒマンが
諸国の人々に与えた衝撃は,
いわゆるユダヤ人の『最終解決』の事実そのもののみならず,
彼がユダヤ人嫌いで,流血を好む,社会的逸脱者などでは決してなく,
彼がまじめで凡庸な役人であった(と言われている)ということである。
ただし,こうした「常識から外れた」結論を好むこともまた,
社会の常識であるので,彼へのこの評価も信頼に値するかは疑問である。
話を面白くするために,しばしば犯罪者や被害者の評価が変わるのは,
ごく頻繁にあることだ。

ミルグラムの行った有名な実験は,
権威というものが服従する人に対して
どの程度,そしてどのように作用するのか,
という疑問点に関わるものであり,
アイヒマンの事例とも大きな関わりをもっている。
実験とその分析については,
すでに『服従の心理』とその解説において,
非常にわかりやすい形でまとめられているので詳述は避けることにするが,
興味があるのは,
この分析が社会にどのように影響を与えたのか,
という点である。

ミルグラムの実験は「アイヒマン実験」と呼ばれ,
アイヒマンの事例に限定して解釈されたり,
「まじめな人こそ危ないんだよ」などという一般論に要約されてしまい,
結局その影響は限定的なものにすぎなかった。
世界は決して悪しき服従から自由になどなっていないのだ。
そして逆説的にミルグラムの実験結果が一種の権威になってしまっている。

ミルグラムが本書で指摘していることで見落とされがちなのは,
服従よりも同調の方が強い力を発揮しうるということだ。
そして服従した人は,
自分のした行為が服従によるものであることを素直に認めるが,
同調した人は自分が同調したことを認めず,
自分の意志で決定して行動したと主張しがちであるという点である。

訳者はあとがきで指摘をしているように,
人はいつでも他人を傷つけることを嫌がるわけではなく,
戦争における残虐行為は必ずしも権威への服従を意味するわけでもない。
むしろ残虐行為は軍の規律への服従よりも,
仲間への同調の影響が強かったために生じることもあるのだ。

権威とは政府,学校,会社など目に見える組織を指すのではなく,
フーコーが主張しつづけたように,
社会の配置(アレンジメント)の形態によって生じる力の流れなのである。
ミルグラムは本書において,
(上への)「服従」と(仲間への)「同調」を弁別しているが,
それは権威の作用する社会的配置の差異であるとも言える。
人は結局のところ「何にも服従しない」という選択はできない。
ニーチェ的に言えば,人は無にさえ服従するのだ。
私たちは自分が何に服従しているのか,
その服従にはどんな意味があるのか,
ということに意識的であることが求められているのであろう。

とても読みやすい本であるが,
非常に示唆に富んだ本であり,
読み物として純粋に面白い。


服従の心理 (河出文庫)/スタンレー ミルグラム

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極限状態にある人間の心理を描いた同傾向の本であるが,
こちらもまた読みやすく,面白い。
実験ではなく,実話であるだけによりヘビーではあるが。

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)/デーヴ グロスマン

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