中国での思い出アルバム
5月5日~5月8日までの中国での厳選した(笑)思い出のスナップを。
5月5日 中国へ向かう機内から、たぶん北アルプスだと思うが。。。
北京で宿泊したホテルニューオータニ長冨宮の中庭。日本庭園風。
このホテルは日本語が通じるし、いろいろ尋ねても親切に答えてくれて、助かりました。
かつて師匠夫婦もご利用になり、やはりとても親切にしていただいたと。
ホテルのチェックインを済ませ部屋に着くと師匠から「軽く走りにいかない?」と。
超感激(号泣)。
その後、お食事もご一緒させていただき、明後日のレースについていろいろとアドバイスを受けたり、UTMBについてやウルトラレースについてなど、いろいろとお話させていただきました。ちなみに食事は日本食(中国料理は脂っこくて・・・。)
翌6日 早朝ジョグ観光 故宮や天安門へ(故宮のど真ん中を行ってますがログずれです(汗))
ご存じ天安門と故宮(景山の上から撮影)
天安門から10Kmほど南にある競技場でゼッケンなどをもらいに行く。
地下鉄の駅からも遠く、3kmほどは歩いたかな?
今度は、スタート地点となる居庸関まで地下鉄の龍沢駅から路線バスで2時間近く。。。
途中渋滞で止まったら、バスの運ちゃんが下りて、アイスキャンディーを買いに行く画。
居庸関近くの高速道路インターこの右端をレースでは走ったと思う。。。たぶん。
スタート地点、居庸関のホテル。
昔の建物を改装して造られた趣のあるホテルだが、いかんせん設備が乏しいかな。。。
スタート地点。前日の画。
居庸関の長城。前日にコース下見と思って登りましたが、コースは対岸の低い長城でした。。。
ほかにもいっぱい写真があるのですが、スペースの都合上こんな感じでお許しを。
北京100K ~ 东水峪村口 85.8KM~坝底平台 100KM ~
最後のトレイル区間は5kmほどのゆるいアップダウンを繰り返す。
そこを抜けると、最後の15kmロードとなる。
东水峪村口 85.8KMのエイドに入ると、赤いゼッケンの選手がボクの顔を見てあわてて出て行った。
ボクは落ち着いて水分とジェルを補給してから走り出す。
前を行く選手はかなり速く100mほど話されていたが、どうやら足にトラブルを抱えているように見えた。
と言うのも、途中とまって足を気にするしぐさが遠目からもわかったからだ。
ここでムリに距離を縮めなくても、いずれそのときがくると確信した。
ここからはゴールまでひたすらロード。
日差しも強いが最後までこのままいけると思っていたし、前の選手にも追いつけると思っていた。
ゆるやかな登りでもさすがにつらいさを感じたが、へこたれるほどではなかった。
もう少し、もう少しと心の中で呪文を繰り返しつつ走っていると
前から「日本の方ですか?」と。
「えっ?何でわかるんですか?」日本語で返すと。
「ブログ拝見してます。」と、
軽く自己紹介しつつ並走。
Oさんは上海在住の日本人の方で、今回は野球チームのメンバーと50Kmに参加されているとのこと。
少しお話させていただいた後、先を急がせて頂いた。
それまで快調に走れていたが、
93kmあたりで急に体が重くなってきた。
先を急ぐあまり、エネルギー補給を怠ったのが原因と思われ、直ぐにジェルをとったが、エネルギーが体にまわりきるまでがつらく、ペースが落ちているのがわかった。
前を行く選手との距離も縮まっていたものの、再び開いてしまった。
95kmのエイドで水分を補給し、気力で頑張る。
が、ここからの登りが、たいしたこと無いのだが、こたえた。
登りで歩いていると「走りましょう!!」と後ろから先ほどのOさんが力強く声を掛けてくれた。
再び並走しつつ、世間話をしつつ進むが、かなりきつい。
ふらついた瞬間、アスファルトの端で右足首をひねってしまった。
だが、激痛は一瞬だけで、その痛みよりも全身の疲労の方がつらかった。
「すみません。後ろを走らせてください。」と、お願いし、何とか引っ張ってもらう。
「行けたら、行ってください」と、言ってもらったものの、今にも歩きたい気持ちでいっぱいだった。
「この登りを終えたら、後は下りだけですよ。」と、教えていただいたころには何とかエネルギーが燃焼し始め、先に行かせて頂いた。
交通量が少し多いのが気になったが、かまわず道路を横切り最短距離のルートをたどった。
ゴール会場となる坝底平台の門をくぐるときも、こっちでいいのか立ち止まって確認してから、進んだ。
観客も多く、声援のなか最後の頑張りを搾り出した。
残り、200mほど、前にはあの足にトラブルを抱える選手。
確実にトップスピードはボクが上回っている。「いける」と言う思いもあったが、少しスピードを緩め、ゴールゲートへのストレートに入った。
順位を1つ上げることよりも、ここまでの100kmの余韻に浸ることを自然と選んでいた。
楽しくもつらく、そして暑い闘いが終わった瞬間。10時間34分56秒。
順位が記されたナンバーカードを首から提げてもらった。。。
確認すると、「09」・・・なんともいえない思いがこみ上げてきた。
そして、目を前に向けると、
直ぐ前(10秒差)でゴールした選手がミネラルウォーターを片手に立っていた。
歩み寄ると、足を指差し、何か言っている。もちろんわからないが、たぶん靴擦れを起こしていたと言っているように思えた。
そして、ボクが笑顔で右手を差し出すと、少し戸惑いつつも笑顔で握り返し、お互いの健闘をたたえあった。
ボクは日本語しか話せないが、笑顔が万国の共通語であることを知った。
彼とは、翌日三里屯にあるノースのお店に買い物に行く途中でも会って、人差し指の第一、第二間接をまげて何か言っていた。(この表現は数字の9を意味しているはず)
そして、ノースのお店はあそこだよと指差しで教えてくれた。
彼と一緒に写真を撮らなかったことが悔やまれる。。。そして、1年後、彼の顔を忘れてしまっているかもしれないが、また一緒に走りたいと思った。
レース後、
ゴール地点の昌平区から北京市街に帰るシャトルバスが用意されていたが運転手は行き先がわからないと。。。(決まってないってこと???)
Oさんとそのお仲間さんたちと、昌平市街までバスで行き、そこから北京市街までご一緒させていただいた。
ここも、ボク一人だったらどうなっていただろう。。。
Oさんには、本当に感謝しても感謝しきれない思いです。
翌日、ケータイに連絡を頂いたが出れなかったこと、後悔してます。
もし、このブログを見つけたら、メッセージをください。
上海に遊びに行った行った時は、是非お礼をさせていただきたいです。
出発前から渡航中も本当に多くの人に支えられ、助けられ、最高の思い出を胸に帰国することができました。
今回の10時間34分56秒 9位という記録は、ボク一人のものでなく、みんなで勝ち取ったものと誇りに思い、さらに精進したいと思います。
本当に、本当に、本当にありがとう。
北京100K ~ 德胜村口 25.8KM~望宝川村 79.8KM ~
ドロップバッグのポイントからはしばらくロードが続く。
エイドから3kmほどは平らだが、徐々に傾斜が付いてくる。
ここで、後方からスタスタと足音が近づいてくる。かなり速いペースに感じたため、そのままやり過ごした。
ウエストバッグなどを持たず空身で走っていた。
傾斜がきつくなったところで、先行していた女性ランナーに追いつく。
くだりになったところで差を広げるが、先ほどの快速ランナーはさらにハイペースで走っているようで、差が広がっていた。
秦岭 32.8KMのエイドを過ぎたあたりで、転車にリヤカーを付け走っているお母さん。
その荷台には6歳くらいの子供が乗ってて「加油、加油、加油」との声援。微笑み返す。
楽しいし嬉しい。
とにかく、行く町々、村々で「ニーハオ」を繰り返した。
みんな笑顔で「加油」を返してくれる。
ロードから風景が変わり、草むらを進むルート。
地面は河川敷の石と草むら入り混じった感じ。
このポイントに入る直前のロードと、トレイルに入ってからと2人ランナーをかわした。
どちらもかなりお疲れのよう。。。
マーカーのリボンは多いが、トレイルに踏み跡がないため、
足元ばかりを気にしながら走っていたら、後続ランナーを引き連れて少しミスコースしてしまった。。。
直ぐに正規のルートに戻れたので、致命傷には至らなかったが、これからはスピードよりも確実にマーカーを認識してから進むこととした。
上口村 37.6KMのエイドからは登りの林道だったような。。。
分水岭村 43.4KMから起伏のあるトレイルに入ると、マーカーを見つけるのがさらに困難になり、トレイルの状態がよくないこととあいまって、スピードが上がらない。
師匠はこんなところも走っているの???
などと考えつつ、、、徐々に、でも確実に集中力がそがれていくのがわかった。
50km手前のトレイルを走っていたら、農夫に追われたヤギに遭遇!!
と言っても、農夫の姿は見えず、声だけで、野ヤギ状態。。。農夫の声がエイドの声援かと思って頑張って損した。。。(爆)
コースから外れたところにいたため、接近しても5m程度だったのでそのままやり過ごす。ヤギさんもびっくりされているようだった(汗)
このポイントが一番体力も、集中力もそがれた。が、今思うと止まり機会が多かったため良い足休めになったのかも。。。
視界が開け、お寺の境内らしきところから前門への階段を下ったところで延寿寺 52.0KMのエイド確か5時間30分くらいで、思いのほか時間が過ぎていないことに、
やる気を取り戻し、次のエイドを目指す。
ここからは緩やかな登りのロードで、迷うようなところではないが、分岐では慎重になって止まったりもしてしまった。
程なくして、南庄村 56.8KMのエイドに到着。5時間57分くらいでエイドを出たので、ロードはキロ5分チョイで走ったことになる。
ここから再びトレイルに入るのだが、なかなかの急登。
気温もだいぶ高くなってきて、目に入る汗がめちゃめちゃ沁みる。
ウエアのポケットにしまいこんでいた手袋をタオル替わりに汗をぬぐう。
サングラスを外すと、目が開けられないほどまぶしい。
かなり過酷なコンディションであることに気づかされる。
登りきり、トラバースしていくと、スタッフが立っていて注意を促していた。
先のトレイルが3m程度完全に崩落している。
山側にしがみつき何とかクリアーする。(高所恐怖症なので下は見ませんでした。)
たぶん師匠がミスコース(正確には合っていたがリボンが少ないためコースを戻ってしまったらしい。。。)したポイントはここら辺だと思われる。
下りは長い林道で今度は道の真ん中に大きなロバが!!
蹄でけられると痛そうなので、スピードを緩め、脇を歩いて通らせていただきました。
しばらくいくと、「イーゴンリー(一公理)○×■◎※▼」と言っているのが聞こえ、あと1Kmでエイドかな?との思いで少し力が入る。
百合村桥 62.8KM、どんなエイドだったか覚えてないが、ここからは12kmほどロードが続く。ここら辺でも数人ランナーを抜いたような・・・あいまい。
途中、いろいろな村を抜け、小学生低学年くらいの子供たちも応援してくれる。
少し通りの多い道路を渡り、しばらくいくと下庄 68.7KM地点のエイド。
ここで、べスパを補給し直ぐに走り出す。ここで、ジェルをと取らなかったことが失敗で、しばらくいくと、傾斜がきつくなっていく。
がむしゃらに突き進もうとするが、どうにも動かない。
歩きが入ってしまった。。。
今までならここで、普通に歩いていたが、落ち着いて、ジェルを補給し、だらだら歩かず、ジョグと歩きを繰り返し、エネルギーが体中にいきわたったのを確認してから、徐々にペースを上げていく。
75Km手前で、50kmの選手とコースが重なる。
欧米の選手に「You are best 10」と言われたが、「No No No No」と。
そういえば、今何位くらいを走っているのだろう?
全く言葉が通じないと、今何位かも、前と何分さかも聞けない。
まぁ、順位は気にせず、目標の11時間きりだけを強く意識して走り続けた。
银山塔林 74.0KMからお寺の裏山の階段登りが始まる。
おそらく標高差400m。これを全て階段で登る。
そう聞くと、気が滅入りそうだが、コンクリートの階段だと地面がしっかりしているので、踏ん張りが利き、意外に登れた。が、やはり長い。。。
延々と続く階段の50m先に頂上がやっと見えてきたが、、、あれを見ると、気持ちが折れそうになる。。。
気合を入れ、階段とにらめっこしながらもくもくと登っていくと、頂上の手前20mのあたりでで女の子がボクの後ろの方を指差していた。
振り返ると、コースを示すリボンが、脇にそれるトレイルについる。
この子がいなかったら間違いなく頂上まで行っていただろう。
「謝謝」とお礼を言って、トレイルへ。
この下りはなかなか急だが、トレイルがスリッピーでないため、全体重を重力に預け、いままで下りで楽しめなかったフラストレーションを爆発させて激下る。
途中には50kmの選手が多くいたが、「そーりー、そーりー」言いながらとにかく下りまくった。ここまで80km近く走っている足とは思えないほど良く動く。
かわしていく選手の中に100kmの選手であることを示す赤いゼッケンの人がいたが、依然何位かわからないしとにかく下った。
傾斜が緩やかになり林道をしばらく進むと望宝川村 79.8KMのエイド。ここはドロップバッグがおけるポイントで、ジェルを2,3個ウエストバッグのポケットに押し込み、べスパとジェルを水で流し込んでリスタート。ここで、9時間45分くらいだったと思う。11時間切りはムリしなくてもいけると思い、己の手綱を緩めたが、ふたたびトレイルに入ると、いけるうちにタイムを稼ごう、と考えに変わっていた。
・・・つづく♪





















