セイヤ(三星)
大手3社(平和・西陣・三共)でシェアの8割以上を
占めていた頃、残りの枠を準大手と呼ばれるメーカーが
奪い合っていました。
ニューギン・京楽・マルホン・大一・三洋
ですね。
その他はマイナーメーカーと呼ばれ、主に一発台の開発で
細々と存続していたような気がします。
三星・銀座・高尾・竹屋・太陽電子・藤商事
なんかがそれに該当するのではないでしょうか?
全国的な設置状況はわからないのですが、少なくとも関西では
大体、このようなイメージがあった気がします。
(サミーやまさむらなんかは存在すら知りませんでした)
セイヤはマイナーメーカーだった三星を一気に準大手にまで
引き上げた大ヒット機種といえるでしょう。
一発台の入賞部(中央の3つ穴の真ん中)へ至るまでのルートに
天穴下のクルーンを経由させるというアイディアにより、単調になり
がちなゲーム性に、一発台とは思えないメリハリをつける事に成功
しています。
登場初期は役物内の風車がポイントだと思われていました。ここに
絡んで真ん中に落ちるのが王道ルートだと思われていたからです。
ところが、実際には風車に絡むのではなく「弾かれた玉が役物端
の釘に当って中央に向う」のがメインルートだったのです。
この釘をプラスにしない限り、よほどのイレギュラーが発生しないと
玉は中央には入賞しなかったのです。
この部分の調整次第で、クルーン入賞率自体は店側が自由に決め
る事が出来ますので、地域性や客層に釘一本で柔軟に対応できると
いう一発台とは思えない対応力がありました。
実際、自分が主に打った店はクルーンはいりまくりだったのですが、
220個連続で外した事がありますから・・・
(といっても、投資は20Kでした)
でもって、その隣の店は大体3分の1で中央に入るような釘をしてい
ました。(端の釘が露骨に内側に寄せてありました)
多分、この2つの店で打たなければ自分はずっと風車だけ見ていた
と思います。
■レーザースペーシー7(平和)
□大当り確率270分の1
表示部は透明板を重ねており、そこに光を通す事で
カラフルな図柄が表示されるという、まさしく「レーザー」
のような美麗さがあった。
稼動していないときも常にチカチカと表示を繰り返して
いたのは、従来機には不可能なカラー表示をアピール
する為だったのでしょうか?
表示部の話題性だけではなく、初のおまけチャッカー採用
による、大量出玉でも人気を得ました。
おまけチャッカーは元々ニューギンが考案して、平和と同時
申請を持ちかけたのです、本家の2000発機「サンダーバーズ」
の存在を忘れさせるようなインパクトがありました。
■初のおまけチャッカー機として華々しくデビューした「レーザースペーシー」
同時に1300発機「レーザーⅡ」、ヘソが1個戻しの「レーザー
スペーシーEXA」等も登場しました。
■10カウント機最後の大物「ブラボーレーザーⅡ」
■ヘソの払い出しが1個という異色機「レーザースペーシーEXA」
しかし、この表示部分はどうやら耐久性の面で問題があったよう
で、表示欠けが頻発していました。
特にBARは、未完成3つ揃い(BA・BA・BA等)は小当たりになっ
たのですが、揃っていても小当たりにならなかったり、揃っていな
いのにアタッカーが開いたりという現象が頻発していました。
内部的な抽選に問題はなく、表示部分での欠陥ですから気にする
事もないのでしょうが、どの表示部のどの図柄がかけているのかを
把握するまでは気が抜けなかったりしますw
■ハレー彗星ロボQ(西陣)
羽根物は当初「ヒコーキタイプ」とも呼ばれて
いました。ゼロタイガーの影響で、登場する
ほとんどの機種が、そのデザインを模倣して
いたからです。
三共「ギャラクシーダイバー」
西陣「ゼロアタック」
三洋「グラマン」
京楽「スーパーワンダー」
といった感じですね。
そういえば三共の「キングスター」はその独特の
動きから「UFOタイプ」と呼ばれていたりしましたw
しかし、羽根物がジャンルとして定着するようになり
きちんとした規定が出来上がると、今度はそれを元に
様々なデザインの機種が登場するようになりました。
ロボQはそんな背景を元に開発されたのでしょうか?
当時の羽根物の代表とも言える人気を得ました。
当時ヒットしていた映画スターウォーズのC3POを
イメージするロボットの盤面。役物奥にはR2D2らし
き人形が配置されています。
それまでの羽根物は下段に直接落ちた玉だけがV
に入賞する可能性がある・・というものがほとんどで
した(上段で奥に行くとその時点で外れ)が、この台は
奥に行った玉が全て下段に落ちて手前のVを狙う。
という、斬新なアイディアが採用されていました。
役物奥の人形も只の飾りではなく、「下段に落ちる時に
丁度足の部分に当たって玉の動きを変化させる」
という重要な役割を持っていたのです。
役物内で玉の動きをじっくり確認できる機種というのは
実はこの頃にようやく生み出されたのだと思います。
又、飛行機だけに限らず様々なモチーフを役物に採用
する事により、羽根物はパチンコの主力機種として長ら
くその地位を確立するようになったのでした。
■おまけ動画
*エスパーさんから転載許可を受けています
保安官ワイアット(西陣)
昭和60年頃に突如現れたスリークッション権利物。
その先陣を切ったのは三洋と京楽が共同で開発した
「サンタナ」と「グランドホーク」でした。
権利発生とパンクが頻発する権利物に「右打ち」という
手順で出玉を安定、権利発生ポケットをローテーション
させるというアイディアで、それまでの遊べるジャンルか
ら、一撃性へと変貌させました。
残念ながら先発機は「止め打ち」によって攻略されてし
まいましたが、その後は西陣が積極的に開発を行ない
当時一発台の設置を認めていなかった静岡県を中心に
「ポスト一発台」
として、人気を得ました。
中央の役物に入賞すると、人形手前の「B・A・C」のいず
れかのポケットに振り分けられます。
通常時にAに入賞すると人形下部のデジタルが作動して
「7」で止まると大当りとなり、右打ちで権利を消化します。
スリークッションの本領が発揮されるのは実はここからな
のです。
権利が終了すると、次回の権利発生ポケットは「B」入賞
となり、容易に得る事が出来たのです。
当然次はCへ移動して、これが終了するとAに戻ります。
入賞ポケットがローテーションで移動する事により実質
3回1セットの出玉が狙えたわけです。
といっても、この頃の権利物は8Rしかない上、回転体等も
存在せず、フルに出玉が取れても3000個程度しかありま
せんでしたけどね。
今の機種と比べると、しょぼいように思えますが当時はこれ
でも充分「大量出玉」だったのです。
又、当時の営業形態は権利終了後交換でしたので、打つ
場合はほぼ現金投資でした。
その為、役物への入賞は頻繁に発生する調整でしたので
大量出玉ながら、遊べるスペックだったように思えます。
この頃の権利物は、デジタルに頼らない「役物によるアイデ
ィア勝負」の機種が多く存在しており、個人的には好きなジャ
ンルでした。
シャトル21(藤商事)
アレパチ・・・・現在ではもうほとんど登場しなくなった
マイナージャンルなのですが、かつては
アレパチが10台あれば経営が成り立つ
と言われた程、抜群の売り上げを誇った時代がありました。
名前位は聞いた事があるのではないでしょうか?
アレジン(藤商事)
元々はアレンジボールという、手打ち台の数字合わせのような
ゲーム性(16個の玉を打ち、下部の数字のポケットに入賞させ
る。規定の並びで数字が揃うと払い出し)だったのですが、強烈
な連荘性であっという間に爆裂機種というイメージになってしま
いました。
そして、アレンジボール(手打ち)→アレパチ(電動ハンドル)へ
変身した最初の台が(恐らく)シャトル21だと思われます。
太陽電子の「アトミック」とほぼ同時期にホールへ登場し、
一発台として共に人気を得ました。
初めて見るゲーム性に最初はとまどったものの、打ち止めまで
の時間が従来の一発台よりも優れていた為、全国的に設置され
たのではないでしょうか?
数千円で一発も役物に入らないタイプよりも、とりあえずデジタル
が回転してくれるだけ、大当りの楽しみ(期待)がある。
一発台にゲーム性が加わった瞬間だったのかも知れません。
大当り確率は60.5分の1となかなか良心的だったものです。
打ち止め個数が4000個(1万円)だとすると千円で6回転が大体
のチャララインとなります。
あんまり回らない台なんだなぁ・・と思われるかも知れませんが、
役物は当時人気だった一発台「スーパーコンビ」(三共)のものを
そのままパクっていました。
本家は数千円で1個入るかどうかの世界ですから、その気分が
味わえるのなら安いものだと・・・当時は思ったりしていましたw
但し、この台はデジタルが揃ったら大当りなのですが、大当り中に
デジタルが回ったら、そのままパンクしてしまうという危険な一面も
持っていました。
その対策としてデジパチのストップボタンのように、「リセットボタン」
が搭載されており、「ゲーム切り替え(16発玉を打つと、一度入賞した
ランプがリセットされる)の間のスタート入賞は無効」というアレパチの
特性を利用して、強制リセットでデジタルが回らないようにする事も
可能でした。
しかし、このタイミングが結構曖昧だったため、連続入賞で
大当り→即パンク(勿論保障はなし)
という、悲惨な状況があちこちで多発していました。
元々アレンジボールの仕組みをそのままパチンコに
転用したのがアレパチですから、そのスペックを最大
限に活かせたのが、一発台としての活用だったわけです。
当時一発台として活躍したアレパチの一部を・・・
■タックル(太陽電子)
大当り確率512分の1
とにかく回してなんぼというアレパチらしいスペック。
デジタル下にある、小さなアタッカーが誘導役となる。
■ワイワイワイ(太陽電子)
■大当り確率500分の1
精算ボタンを利用して、デジタルのズレを調整できる事が
発覚。本来の確率を100分の1まで引き上げるこの攻略
効果は当時最大級のものでした。
太陽電子の機種はこの後も度々、カウンター巻き戻し等の
攻略法が頻繁に発覚していました。
最終的には「バカつき浜ちゃん」のメーカー関与により、遂に
パチンコーメ-カーから除名処分となったものの、特許問題
をたてに新会社として復活。現在のタイヨーエレックに至ります。
規制により一発台が禁止になると、今度は連荘性を取り入
れて人気を得たわけですが、再び規制が入るとそれまでの
人気が嘘のように、あっという間にシェアを失ってしまいました。
最盛期には藤・太陽電子だけではなく三共・大一・ニューギン
も開発を行なっていたくらいですから・・・
■おまけ
*nobさんのブログ から転載許可を頂いています










