9月8日(土)→10日(月)のこと
今回の記事は、パレの容体が危ない状態になってから、息を引き取った後までのことが書いてあります。
辛いことも書きます。
気分が悪くなる方もいらっしゃるかもしれません。
辛い方は読まないことをおすすめします。
ごめんなさい。
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9月8日のことは、9月9日 の記事になります。
この日の朝のパレは、もう下半身の麻痺も出ていて、とても辛かったんだと思います。
それなのにバカな飼い主のせいで早く処置ができず、たくさん辛い思いをさせてしまいました。
この日、酸素ケージに入った時、パレは全く立てなかったわけではありません。
よろよろとは立てるのですが、ふんばりが効かず、だんだん足が開いて、ぺタっと座る…そんな感じでした。
酸素ケージに入れられた時もイヤだったのか、はじめは出口側のケージに頭をこすりつけて、出たいアピールをしていました。
私はそんなパレに話しかけ、ビニール越しに頭をなでてやることしかできませんでした。
だんだんあきらめたのか、体がしんどくなってきたからなのか、頭は床につけないスフィンクススタイルで寄りかかっていました。
看護師さんによると、胸が苦しいから頭を起していた方が楽なんだそうです。
そして病院側の計らいで、パレに3時間付き添わせてもらいました。
気がついたら3時間も経ってしまっていたのですが、パレも眠たそうにしていたし、どこかで帰らなければならないし、翌日の面会に希望をつなげて、その日は帰りました。
そして9日(日)は、パレの呼吸も落ち着き、足の麻痺もない状態にまで回復していました。
一命を取り留めたと思って、とても嬉しかったです。
でも、それが生きているパレと会った最後でした。
パレはもしかしたら自分がもう長く生きられないと知っていたのかもしれません。
私が面会に行った時、水を飲んでくれたのは、私を励ますためだったのかもしれません。
こんな私でも、喜んでくれていたのかもしれません。
本当に、いい子でした。
その日の夜遅くか、10日(月)の未明、パレはひとりで息をひきとりました。
ツンデレさみしがりやなのに、一人で逝かせてしまいました。
ついていてあげたかった…。ごめんね、パレ。
火葬する時、死後硬直がとけ始めていたと聞き、何時くらいに亡くなったのか考えてみましたが、やっぱりそれくらいの時間だったのだと思います。
調べてみたけど、やっぱりパレは苦しんで死んでいったのかも…と思うようになり、これ以上考えるのはやめようと思います。
真相は、パレしかわからないことです。
パレの亡骸を家に連れて帰り、火葬するまで、母も来てくれて3人で過ごしました。
連れ帰ったばかりの時は、瞳は開いていたんだけれど生前のキレイな瞳と同じで、それ以外は眠っているようでした。
鼻もピンクだったし…。
でもだんだん時間が経つにつれて、鼻や、口元や、耳の中など、肌が見える所はグレーっぽくくすんできました。
「いつまでも離れたくない」という思いと、「キレイなうちに焼いてあげたい」という思い。
パレが死んでしまったことを信じられないでいましたが、そんな変化を見ることで少しずつ受け入れられたのだと思います。
9月7日(金)のこと
夜中に吐いて以降は比較的落ち着いていた様子のパレ。
オシッコはできたようですが、ウンチはできませんでした。
ごはんも拒否していました。
胃薬を飲ませるのに抱き上げると、弱々しい声で鳴いて抵抗します。
薬は飲んでくれるのですが、衰弱しているのがわかりました。
この頃はもう、見ているのが辛いくらいグッタリしています。
午前中は用があって病院に行けなかったら(今思えばなんとか都合つければよかった)、15時過ぎ、またパレが泡のような胃液を吐きました。
夕方の診察が始まると同時に病院へ連れて行き、ちょっと強めの皮下注射と胃薬注射を打ってもらいました。
先生はパレが入院中吐かなかったので、昨日の時点ではそれを打つか迷った末に打たなかったそうなのですが、今日になってもパレの嘔吐が続くので、昨日打ってあげればよかったと言っていました。
それで様子を見る為、この日は絶食絶水で、明日の朝から薬とフードを再開してみるよう指示されました。
全然食べようとしないパレが、心配すぎます。
体重は4.65kgでした。
元気な時は4.8kg前後だったので、だいぶ落ちてしまっていました。
この日も注射したからか、パレはちゃんと自分でトイレにいきました。
あとは時折場所を変え、好きな所で横たわっているパレ。
今思えば、心筋症の症状はこの日の夜中から出始めてきました。
その時は歩き方もだいぶおぼつかない感じになってきていましたが、私は絶食続きのせいだとばかり思っていました。
もしかしたらこの時、血栓ができ始めていたのかもしれません。
呼吸も少し早いように見えました。
この夜は吐かなかったけど、夜中に一度、苦しそうに鳴いて私を起しました。
吐かなかったけど、吐きたそうに口周りをペロペロしていたパレ。
苦しかったのを、教えてくれたのでした。
朝になったら、パレがストレスをどんなに感じようが、病院に行かなければと思いました。
それでも朝になるのを待っている状態ではなかったのに…。
パレは辛いことを教えてくれていたのに、私が助けてあげられなかったのです。
9月6日(木)のこと
日中はパレが心配で仕方ありませんでした。
夕方になって病院に電話してみたら
「お迎えきてもらって大丈夫ですよ~^^」
と、受付の方の声。
…ということは、バリウム検査して、結果が良かったのかと思い、安心して病院に迎えに行きました。
ところが。
全然、安心じゃありませんでした。
バリウム検査をしたことで、注射の甲斐もあってカチカチのウンチは出たらしいのです。
でも腸が普通より少し広がっている部分があること
(ウンチのせいかもしれないけど、腸が拡張する病気の場合もあるとのこと)と、
胃がひどく荒れていて、潰瘍ができたような状態になっていることがわかりました。
胃の方はずっと吐いていたから荒れたかもしれないけど、パレはストレスに弱いタイプだから慢性のストレス性胃潰瘍かも…と言われました。
私は、まさかそこまでひどくなっていると思っていなくて、
むしろ治療の光が見えて今日はパレを連れて帰れる♪と勘違いしていたので、ひどく動揺しました。
パレにストレスと言うと、心当たりがありすぎたのです。
パレが我が家に来てから、引越しなどの環境の変化も度々ありました。
飼い始めた時に私がずっと家にいる生活で、それに慣れてしまったため、お留守番がストレスになってしまいました。
今年に関して言えば、1月の引越しと7月の私の入院で、1か月くらい母に預かってもらいました。
本当に、パレにはかわいそうなくらい負担をかけていました。
パレにさみしい思いをさせている分、私が家にいる時は遊んだり、寄り添ったり、微妙な距離を保ったり…気にかけているつもりだったけど、着実にパレに負担になっていたんだと思います。
とにかく今は胃も腸も荒れているので、胃薬を処方してもらい、消化にいいというフードを出してもらい、一晩様子を見ることになりました。
パレと一緒に帰れたのですが、心配で心は落ち着きません。
ちなみに入院中、パレは吐かなかったそうです。
一日中検査して疲れただろうし、イヤな思いもしたパレ。
グッタリした様子でした。
薬を飲ませるのに抱き上げたら、抵抗して「ニャー
」って言いましたが、調子の悪い体に触られるのが嫌だったんでしょうね。
それでも薬は上手に飲んでくれました。
それ以降はごはんを出しても食べようとしてくれず、水も飲んでくれませんでした。
グッタリした様子でずっとケージの中とか、カーテンの裏で静かにしていました。
でも時々、私のそばにも寄り添ってくれました。
こんな辛い思いをさせるまで気付かなかった私なのに、一緒にいてくれることが嬉しかったです。
同時に申し訳なくて…。
今からでも、なんとしても治してあげよう!って心に誓いました。
帰ってきてからは、元気がないけど落ち着いているように見えたパレですが、23:30ころ、また吐きました。
ごはんを食べないのも悪いし、ごはんの所まで歩いてくるのが辛いのかな?と思ってパレの目の前にウェットをちょっと指につけて差し出しました。
パレはクンクンしただけで食べてくれなかったのですが、そのすぐ後のことでした。
ニオイを嗅がせて、パレを気持ち悪くさせてしまったのかも…。
今まで水っぽい嘔吐物だったのが、黄色い液になっていました。
さらに夜中の1:30ころ、泡みたいな胃液を吐きました。
この夜、私は自分が予想している以上にパレの病状が重かったんだとわかりました。
さっき治すぞ!って誓ったはずなのに、私は、ただ苦しそうなパレを見守ることしかできませんでした。
