「文字」による記録が遺されるはるか以前から続く皇室について、「男女平等」だの「女性活躍」だのといった(輸入あるいは近代政治思想的)文脈や、儚く移ろい易い「人気」で語ることの愚かさよ。

 

 

 

 

 

以下、愛子内親王殿下を上げるでも下げるでもないことをお断りしつつ・・・

 

 

●「人気」があるに越したことはないけれど・・・

 

巷間、「愛子天皇待望論」なるものが存在するらしい。

 

それ自体は、皇族のお一人として愛子殿下の「人気」を示すものであり、喜ばしいことではあります。

 

 

でもね、愛子殿下が天皇になられるのは良いとして。

 

愛子殿下が「天皇の母」となられる、つまり「愛子天皇」の御子息方が次の天皇となられるかもしれない、それは良いのでしょうか?

 

 

例えば、愛子殿下の皇配となる(世に言うパートナー)男性が存在するとして、その氏素性を、アナタは一切問いませんか?

 

(下世話な表現になってしまいますが)どこの馬の骨とも知れない人が「天皇の父」となることを、アナタは良しとするのですか?

 

「女性天皇」(過去にも存在した)は良いけれど、「女系天皇」(過去には存在しない)は認められない、とは、そういうことを言っているのです。

 

 

そこら辺に触れることなく、あるいは曖昧にしたままで喧伝される「愛子天皇待望論」は、純朴に過ぎるか、深謀遠慮があるか、のどちらかだと思います。

 

特定メディアが執拗に繰り返す“愛子様上げ”や“秋篠宮家下げ”は、おそらく後者でしょう。

 

 

●「女性天皇」と「女系天皇」は明確に違います

 

3月30日の配信で、こんな記事がありました。

 

 

 高市首相の答弁を受けて『週刊新潮』4月2日号が「『愛子天皇』を封印した高市首相の言行不一致」という記事を掲げている。

 

 皇位継承問題の経緯をまとめたものだが、大事な問題も提示している。例えば所功・京都産業大学名誉教授がこう指摘している。

 

「『皇位は皇統に属する男系の男子』が継承するとした明治以来の皇室典範を戦後の新典範も踏襲しています。しかし、それ以前にそうした規定はありません。明治維新で国際社会に仲間入りした日本が、独立を維持するため軍事的にも強い近代国家を目指し、男性中心の社会構造になったのです」。

 

 つまり右派が金科玉条のごとく掲げている「男系男子」は天皇制の長い歴史の中では最近といってもよい明治以降に出てきたものというわけだ。だから象徴天皇制をめぐって本格的な論戦が行われれば、皇位継承を「男系男子」にという立場で簡単に決まってしまうものではないかもしれない。

 

 

 

「ふつう」に生きてきた人にとっては自明のことと思いますが、(文字に書かれた)規定がなかった、はイコール「決まり」がなかった、を意味しません。

 

世には、当たり前過ぎるからこそ明文化されない、ということがあるのです。

 

「不文律」というヤツですね。

 

 

〈「男系男子」は天皇制の長い歴史の中では最近といってもよい明治以降に出てきたもの〉などという解説は、端的に言って、間違いです。

 

ついでに言えば「天皇制」という言葉だって、明治以降に出てきた(その後一般化した)ものではないですか?

 

 

歴史上8人10代存在する女性天皇は、政治的背景含みの中継ぎでした。

 

むしろ、「安定的な皇位継承」のためにこそ存在した、と解するべきものです。

 

 

繰り返しますが「男系女性天皇」(父方を辿ると天皇につながる)は歴史上存在しました。

 

しかし「女系天皇」(母方でのみ天皇とつながる)は存在しません。

 

 

これも繰り返しになりますが、女系天皇は認められない、とは、「愛子天皇」は良いとして、「愛子天皇」の御子息が(父方の氏素性を問わず)天皇となることは、それは認められないでしょ、の意味ですからね。

 

 

●「日嗣の御子」は「憲法」以前の存在

 

4月2日には、こんな記事もありました。

 

 共産党の田村智子委員長は2日の記者会見で、近く再開する皇族数確保に関する与野党協議に関し、女性天皇の容認を含めて議論すべきだとの考えを改めて示した。「憲法の下での天皇制度と考えれば、当然女性天皇が認められるべきだ。男女で扱いが違うという在り方自体がいいのか」と述べた。

 

 

 

「へ〜」ですね。

 

ですが、元来「皇位継承」を望んでいるとは思えない共産党が「女性天皇」に積極的だということ、それ自体に胡散臭さを感じ取ってほしいものです。

 

「憲法の下での天皇制度」という表現のウラにあるものを読み取りましょう。

 

 

だいたい、今、皇室典範を改正するとして、既に成人しておられる愛子殿下を皇位継承者とするのは、いささか乱暴に過ぎるのではないですか?

 

それこそ、共産党お得意の「人権尊重に反する」というものです。

 

現在の女性皇族(妃殿下・内親王)の方々は、将来的に宮家当主となるとか、まして天皇となるとか、そんなつもりはないでしょうし、もともと「そういうふうに育てられていない」わけですから。

 

 

●「初」を全否定はしないけれど・・・

 

もちろん、時代とともに変化を求められることもあるでしょう。

 

変わらないためにこそ変わらなければならない、というのも真実です。

 

 

それでも、今はまだ、(「初」の女系天皇につながりかねない)女性天皇を認めなくとも、(実質的な意味で「前例」にならい)男系で嗣いでいく方法(旧宮家からの養子縁組)があるのです。

 

そのどちらを選ぶのが“より保守的”と言えるのか、改めて問うまでもありません。

 

 

いまぼくが見ているのは、単なる入れ物に過ぎない。

本当に大切なものは、このなかに入っている目に見えない何かなんだ。

 

『星の王子さま』にある言葉ですが・・・

 

 

「日の本の国」の「日嗣の御子」⎯⎯

 

その存在は、諸外国の事例とか、近現代の法令とか、そんなもので語れません。

 

ましてや、たかだか数十年の刹那を生きるだけの市井の個々人が、軽々に語っちゃいけない“何か”なんだと、私は思っています。

 

 

 

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参照過去記事。お時間あれば。

 

 

ワタクシ自身はと言うと、たかだか70年余の歴史しかなく(しかも、その制定過程に種々の疑義があり、ゆえにこそ)様々な不備・矛盾をはらんでいる現行日本国憲法よりも大切なものがあるでしょう、という立場です。

 

それはつまり、1000年のオーダーで続いてきた「男系による日嗣」には「そういうもの」としての大いなる意味があり、大切なものだと考えている、ということです。

 

 

 

マスメディアの報道は、持ち上げる時はひたすら持ち上げ、潮目が変わると、今度はどこまでもこき下ろす、というのが常です。

 

今は「愛子天皇」を願う声ばかりを大きく扱ってますが、実際そうなった日には、何を言い出すか分かったものじゃありません。

 

実際、美智子様も雅子様も、秋篠宮家も、ある時は上げ、またある時は下げてきました。

 

その度に、皇室と国民との間の「紐帯」が、どれほど傷つけられてきたか。

 

しばしば指摘されるように、メディア界隈の片隅には、あるいは中心には、愛国者のフリをして人心を惑わす者や、保守の仕草で皇統断絶を企む輩が潜んでいるのです。

 

 

 

こちら、さらに古い記事でありますが、我ながらケッサクです。

 

 

 

 

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何でもかんでも疑うとか、あれこれウラを勘ぐってみるとか、そんな必要のない世の中であってほしいけれども・・・

 

 

辺野古ボート転覆“事件”を起こした「ヘリ基地反対協議会」が4月2日なってようやく「謝罪」記事を上げました。

 

 

辺野古沖での船舶転覆事故に対する謝罪と対応について

 

 

 去る3月16日、辺野古沖での修学旅行の海上視察中に発生した船2隻の転覆事故により、乗船していた高校生と船長の2人が亡くなるという取り返しのつかない事態を招きました。

 

 何よりもまず、亡くなられた高校生に心からお詫び申し上げます。平和を学び、命の尊さを知るための活動の場で、あろうことか私たちがその尊い命を守りきれなかったことに対し、深く重い責任を感じております。

 

 家族を突然奪われたご遺族の皆様、被害にあわれた皆様、大切な友人を亡くされた高校生の皆様、多大なるご心労をおかけした学校関係者と保護者の皆様、ならびに関係各位に対し、筆舌に尽くしがたい悲しみを与えてしまいましたことを、深くお詫び申し上げます。

 

 私たちは今回の事故の責任団体として、各機関による事故原因究明に全面協力するとともに、被害者の皆様及びご遺族への謝罪と償いに全力を注いでまいります。

 

 事故原因について、私たちから発表できる段階になりましたら、改めてご報告させていただきます。 

 

ヘリ基地反対協議会

 

 

 

一体いつ「私たちから発表できる段階」になるのか不明なのだけれども・・・

 

 

「下向いて時間稼いでいれば、皆そのうち忘れてくれる」

 

同志社国際高校、日本基督教団、共産党、社民党、オール沖縄、ついでに、その背後(中心)にいるかもしれない外国勢力、等々の面々は、そう考えているのかもしれません。

 

実際、基本彼らとオトモダチであるオールドメディア(極一部除く)は、徹底して「報道しない自由」を行使しています。

 

 

ただ、それこそ、時代は変わっていますよ、というやつでありまして。

 

 

報道されない情報であっても、それを得る方法はいくらでもあります。

 

自ら取りに行き、吟味したうえで、真偽・正邪、善悪・美醜を判断しましょう。