人間の顔にあらわれる何千人に一人という恐ろしい嫉妬の相=疑着の相 | hermioneのブログ  かるやかな意識のグリッド(の風)にのる

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バシャーリアン。読むことで意識が変わるようなファンタジーや物語に出会ってゆきたい。

歌舞伎座で『妹背山婦女庭訓』を見ました。若い梅枝が、お父さんの名を継いで六代目「時蔵」になる襲名です。(お父さんは萬壽に、息子さんが五代目梅枝になります。玉突き繰り上がり。)

 

ちょっとドキッとするようなシーンを見ました!

 

 

この演目の「三笠山御殿」という場では、お三輪という庶民の娘が、こっそり愛し合った求女という貴公子を追いかけて御殿までやってくるのですが、そこでは蘇我入鹿の妹である、橘姫というレデイと、彼との結婚式が行われる運び。

 

田舎娘の彼女はイケずな腰元たちにさんざんいたぶられ、『婿君」の広間なんかのぞかせてやるものか、と追い払われるのですが、そこで、(腰元たちにも恋人にも)裏切られた彼女が花道でふりかえります……

 

「三国一の婿取りやした」と、はやす宴席の声が聞こえ、「おめでとうございました」と2度ほど遠くから声がかかる。

 

そこで、彼女の顔がやおら発するのが、

「疑着の相(ぎちゃくのそう」嫉妬に狂った時、何万人に一人の割合で人間の顔に表れるというすさまじい悪相)です。

 

 この顔の女性の生き血と、もうひとつ蘇我入鹿を倒すさだめの鹿の生き血を、鹿笛に合わせそそいで吹くと、大敵入鹿を倒せる、という設定になっていて、お三輪はそのすさまじい表情でふりかえるのです。

 

そして、その血がほしいだけで、舞台正面にあらわれた謎の男(松緑)にいきなり殺されてしまいます……

 

 

 

🌟はい……古代らしい、血の呪力ですが、この「疑着の相」がどんなものか、いま1度見たかったのです。いままでに多分梅幸さんのそれと、数年以内には玉三郎さんのそれを、そしてお父さんの五代目時蔵さんのそれを見ています。

 

 心のいたいけな田舎娘の、悔しい、という表情を可哀想の基調で見せたのが玉三郎さん。

 先代梅枝(おとうさん)は典雅なすなおな乙女が裏切りを知ったときの えっ、と唖然とした表情。

 

 

🌟今回はもっと生々しかったです。

 

新しい梅枝さんは、一瞬なに? というような表情でふりかえり、あっ、とコトの意味を悟った瞬間には、痛恨ではなく、眉も目もぽかん、と大きく持ち上げて、いっさいの判断が失せてしまった表情を顔にはりつけ、なにかに憑依されたように見えました。

 

🌟うーん、これはすごい。

じりじりと怒る、とか、くっ、許せない、とかそういう表情ではないです。もっと深いところに食い込んでしまった何かのショック。

 

(この新・梅枝さんは、昨年、狐女房を演じたときの非現実的な浮遊感で絶賛されました。その舞台は見られませんでしたが)

 

 

🌟きょうの「疑着の相」は目の奥に貼り付いてしまいました。

 ひとは、自分でなくなったとき、ひとでなくなり、こういう世界にぽん、と入ってしまうのだ、と。

 

そしてそれは「ほんとうの自分」「自分で自分を解説できない自分」なのだと。

 

 犯罪を犯した人が、そのときのことを覚えていないとか、なんであんなことをしてしまったのかわからない、と言いますが、何かその異次元への脱出の瞬間を、梅枝さんのあの顔で見てしまった気がします。

 

まさに狂気への一瞬の昇華でした。無時間とはこれだ……