Kenjiさんの「ちょこっとザップ」(と私が呼んでいる)小さいけれど、歩幅をものすごくのばしてくれる考えかた、があります。
🌟今回は、○○が変わるだけってなに? と思いながら、聞いていました。そしたら、どこでその「大ターニングポイントが出てきたのかわからないうちに、さらりと川岸を渡っていました。
🌟川岸というのは、こっちがわが「できない」「無理だ」の岸。むこうがわが「できるんじゃない?」というイージーなノリの側。
でもそのあいだには、またぎこせない川がある。
🌟できない側の岸にいると、あっちにはどうやっていけるんだ? あっちにいるひとたちって、どこが違うの? と不可能のほとりに立ちすくむ感じになるのですが————
Kenjiさんも役者になりたい、でも無理そうだ、と「こちら岸」にだけ立っていました。しかし、ふと「いい気分」「楽しさ」に浸ることにしました。そうしたら、
(ここがなぜか説明しづらい)
のですがいつのまにか「川というゼロポイントを越えて、「できるかもしれないな」になっていた。これをKenjiさんは「元気」とも呼んでいます。
🌟つまりこっちがわのマイナス岸にいると、そもそも「元気」がなくて、「できるかも」の目盛りに達しない。そういう栄養不良の問題だったのです。
いい気分を探して浸るようになると、エネルギー水位があがって、いつのまにか川をまたぎ越していた。
🌟○○の答えとは「発想が変わる」
いい気分を選んでいくと————「発想が変わる」不思議。「できるかも?」に上がってくる。
ここのところ、生命の絶妙の計らいでしょうか。
「自分はできる」「成功している」と思考で思おうとしても、唱えても、なかなかこっち岸から脱けられません。
🌟楽なのは「ゼロポイントリセット」(なんかチャラに)すると、ふわっと川を飛び越せる。このへんあまりにもさらっと説明されているので、おいしいものをたべると単純に元気がわいてくるよなぁ、というそんな感じです。
🌟アファの筋トレを思考でするよりも
「いい気持ち」が、そのパワーのもと、グリコーゲンか肝油か。
それでよかったんか?
気分というグラウンドのレベルが上がると、発想が「大丈夫・上手く行く」にずり上がって行きます。そこで、(ちょっとおいしいスイーツを食べながら)気づいたのですが、
これは
「筋トレでがんばって棒高跳びする、ウェイトリフティングで必死にジャークして持ち上げる、のではなく」、ただずり上がっていくのです。
🌟「絶対うまくいく」ではなく、「うまくいってもいいんじゃない?」という余裕・余力、(ついでに予祝)です。
「うまくいってもいいんじゃない?」が「ちょこっとザップ」の秘訣のようです。(エイブラハムの「だったらよくない?」に通じています)
↓ぴったり、まさにこれだ、という比喩を思いつきました。缶や瓶の中に石を入れて、水位をあげて水を飲む鳥!