ヨハネ黙示録11:18後半 (新共同訳)
死者の裁かれる時が来ました。
あなたの僕、預言者、聖なる者、
御名を畏れる者には、
小さな者にも大きな者にも 報い をお与えになり、
地を滅ぼす者どもを 滅ぼされる時が来ました。
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BibleNavi:p1565
聖書の中で、神はご自分の民に、彼らが何に値するか
に従って報酬を与えている。
旧約聖書を通して、従順であることは地上での生活に
報酬をもとらすことがよくあった(申命記28章)。
しかし、従順さは必ずしもすぐ報酬に結びついたわけで
はなかった。もしそうだとすると良い人間は常に富み、苦
しみは必ず罪のしるしであるであることになってしまう。
もし忠実な行いすべてについてすぐ報酬を得るとしたら、私達はすぐに自分をかなり良い者と思ってしまうだろう。やがて私達は、たくさんの善行を全くの利己的な理由で行うようになる。
神が、
地上で行ったことについて報酬を下さることが事実であ
っても(20:12)、私たちの最高の報酬は、神の臨在の中
での永遠のいのちなのである。
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正直なところ、わたしには、
「神さまの報酬」の具体的なイメージが まだ弱いような気がします。
数年前
「神からの報い」 (ブルース・ウィルキンソン著/中村佐知訳いのちのことば社版)
という本を読んで、1週間ほど 新鮮な気持ちと期待とで過ごした。
どんな地味な仕事でも、どんな汚い仕事でも、誰が見ていなくっても、
誰に認められなくっても、イエス様が見ておられるんだ!
そして、それは いずれ必ず報われるのだな( *´艸`)!
などと、都合よく?されど 真剣に思わされ、頑張れたのだった。
しかし、案の定・・わたしは、7日ともたなかったのだった。。(´д`lll)
この「神の報酬」の理解を深めることは、大切なことなのでしょう。
遠足の日の前の晩はなかなか眠れなかった子供のように、期待と
喜びで胸がふくらむように日々を過ごせたらなんと素晴らしいだろう。
”神がキリスト・イエスによって上へ召して、
お与えになる賞を得るために、
目標を目指してひたすら走ることです。” (ピリピ3:14)
パウロ先生もはっきりと仰っているのですから、感謝です。
「報い」を得るために 「賞」を得るために 走っているし、歩いている。
空しく歩んでいるのではないことを 深く心に刻めますように。
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少し長いけれど全文、引用したく思います。
新聖書辞典p1376-1377
●むくい 報い
聖書には、一般の理想主義者が考えるような、報いを
期待する心すべてを下劣と見る偏狭さはない。むしろ、
その概念を手がかりとしながら、信仰を向上させる神の
配慮が行き届いている。 (アァメン)
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報酬また報いに関する語源は、名詞、動詞、形容詞など
多数あり、それぞれの含蓄も多少異なる。
旧約で 「報い」と翻訳される名詞としては、
労働賃金を指す最も一般的な用語である
(ヘ)サーカール (イザ40:10、62:11、エゼ29:18-19)。(略)
相手の行動への応答を表す
(ヘ)ゲムールと(ヘ)シッレームと(ヘ)テムーラーがある。
(イザ35:4、ヨエ3:7/4:7、オバ15節、参照Ⅱ歴32:25)、
(申32:35、参照詩篇91:8)、(ヨブ15:31)
どの言葉も良い意味での報いと悪い意味での報いであ
る刑罰について用いられる。
新約聖書では、
労賃を意味する(ギ)ミスソスが最も頻繁に用いられるが
(マタ5:12、マコ9:41、ルカ6:23等)
当然の支給物を指す(ギ)ミスサポ゙ドジア(ヘブ10:35、11:26)。
(ギ)アンタポドシス(コロ3:24)、(ギ)アンティミスシア(ロマ1:27、Ⅱコリ
6:13)なども「報い」として訳出されている。
基本的に言って、
良い意味での報いとは、
労苦や努力に応じた好ましい結果、あるいは
労働に対する正当な報酬を意味する。
(箴12:14、伝4:9、参照ヨブ7:1-2、ルカ10:7、ロマ4:4)
一方、悪い意味では、
怠惰や悪行に対する当然の結末 或は 刑罰を指す。
(ヨブ15:31、詩篇91:8、ルカ23:41)
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聖書では、この概念を神と人との関係にも当てはめ、
神からの報いと報復とを理解しようとする。
(ヨブ4:6-9、ロマ2:6)
つまり、神に従順な者に対して大きな祝福の報いが
約束されている のに対して、
(創15:1、Ⅱ歴15:7、詩58:11/58:12、マタ10:41-42、マコ9:41、
ヘブ11:6、参照申28:1-14)
神に逆らう罪人には神の刑罰が下される。
(申32:35、Ⅱサム3:39、イザ59:18、Ⅱテモ4:14、Ⅱペテ2:13、参照 詩28:4)
この視点を失うと、人は不信仰に陥る。(参照 詩73:2-3)
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神のさばきを信じる者は、身勝手な報復を焦ってはならない。 (箴20:22、参照 箴24:29、ロマ12:17-21)
一方、
因果応報論を絶対的信条とし、すべての苦境と苦難が
罪と悪行に対する神のさばきであると断定することは、
ヨブの例からしても間違いである。
(参照 ヨブ1:1、13-19、2:3-8、ヘブ12:5-7)
さらに、神からの報いは、当然に要求できる報酬というよりも、むしろ 謙虚に喜んで受け取るべき贈り物であるという点も忘れてはならない。 (参照 詩127:3、Ⅱヨハ8節)
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旧約における「報い」は、良きにつけ悪しきにつけ、
一般的に この世のことと見られている (伝9:5、エレ31:16)。
しかし、新約聖書では、
偽善者が求めるような地上的な栄誉や名声ではなく
(マタ6:2、5、16)、 むしろ、
キリストの再臨後に新しい世界で受ける神からの賜物
が待望される。
(マタ5:12、46、6:1、ルカ6:23、35、黙11:18、22:12、
参照 Ⅰコリ3:14、9:17)
この終末的な報いを得るために信仰者は努力しなけれ
ばならない。
(参照 Ⅰコリ9:24、Ⅱテモ4:7-8)
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神は 人の行為に応じて報いるだけでなく、
あふれる恵みによって加算し (参照 マタ20:14-15)、
キリストと共に神の国を相続させてくださる 。
(ロマ8:17、コロ3:24)
また、
キリスト者に約束される最大の賜物は、
キリストにあって復活し、いつまでも神と共に住む「永遠のいのち」である。
(参照 ルカ23:43、Ⅰテサ4:17、默21:3-4)
ここにおいて低俗な 報い への期待は完全に凌駕されて
いる。 (参照ルカ17:10)
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アァメン