僕の周りには、エコロジーの問題にイマイチ反応の薄い人が多い。
というのは、
自然について、普通の人より多くのことを知り、経験しているがために、
「人間ごときが偉大な自然を破壊できるわけがない」
という風に考えるからだ。
これは、たしかに正しい。
でも、「環境問題の本質」としては間違っている。
今回の記事は、
僕が大学の卒論で「エコプロダクトデザイン概論」として書いたことでもあるが、
環境問題の本質とは、
「自然がどうのこうの」ではなく、
「人間の脆弱さ」
なのだ。
人間はたくさんのモノを生み出してきた。
そして、自然はそれに対し、純粋に変化と反応をしたに過ぎない。
自然は崩壊することはない。
なぜなら、自然という大きなシステムにとっては、
「ある生物の死」などなんでもないものだからだ。
実際に、過去の歴史では、
環境の大変動、生物の大絶滅が何度も起きた。
でも、あいかわらず生物は存在している。
自然のスケールというのは、
何万年、何千万年という時間軸だ。
今の状態など、1万年あれば回復するだろう。
そんなスケールだから、人間が自然を破壊できるわけがない。
でも、人間は人間を破壊した。
人間は、自分が生み出した変化のスピードに、
自分たちの変化のスピードがついていかないのだ。
もっとカンタンにいうと、
人間の進化のスピードは自分たちがやっていることに対して遅すぎる。
具体的にいうとこういう話だ。
わずか80年前、
これはたった一人の人間が生まれて死ぬまでの時間でしかないが、
私たちは、農薬や化学調味料などなにも使っていない食べ物を食べ、
土や木の家に住み、
動植物たちが排出するものだけに囲まれて生きていた。
ところが今は、
農薬、化学薬品、化学調味料、化学繊維、廃棄ガス、環境ホルモン、ハウスダスト、騒音、振動など、
かつて地球、人間の生息環境には存在しなかったモノばかりだ。
人間の人体は、80年では、その物質すべてに対応する進化(または変化)を遂げられない。
だから、人体は、それを処理することができない。
処理できなければ、それはときに人体を破壊する。
つまり死だ。
たしかに、人体も、それに対応するために変化はしている。
でも、あきらかに間に合ってはいない。
排気ガスを吸って生きていられる人はいないし、
代々海辺に住んでいる人の中でさえ水の中で生きられる人はいない。
それほど、私たち人間の進化のスピードというのは遅いのだ。
これが環境問題の本質だ。
環境問題は完全に、
1,人間と人間が作り出したモノ、
2,そしてそれに対して自然が起こしたリアクション(=変化)
からの「人間への破壊的な影響」の問題なのだ。
わかりにくいなら、身近な例で想像して欲しい。
たとえば、
1は、
料理をしたら、ひどく脂っこいモノができ、消化できず気分が悪くなってしまった。
2は、
シーソー(足場)を思いっきり踏んだら、思わぬ早さで足場が動き、反応できずに転んでしまった。
そんな感じだ。
そんなような経験は、誰にでもあるだろう。
こんな小さなことでさえ、私たちは自分の作りだした変化に対応できず、実際に病気になったりケガをしたりする。
環境問題は、それがもっと大きなスケールで起こっている、ということだ。
環境問題で私たちが心配すべきなのは、
「自然」ではなく、
私たち「人間」なのだ。
自分たちがやっていることが、自分たち自身を破壊しないだろうか?
ということだ。
自然は滅びない。
自然はただ変化するだけだ。
滅びるのは、人間だ。
そこを勘違いしては、いけない。
環境問題の解決法は、
・人間が生み出すものを人間の対応可能な変化内に留める
又は、
・人間の進化のスピードを上げる(これは現時点ではほぼ不可能)
のいずれかでしかないのだ。
でも、今の環境問題への対策で、はっきりその本質が分かっている人がどれだけいるのだろうか。
というのは、
自然について、普通の人より多くのことを知り、経験しているがために、
「人間ごときが偉大な自然を破壊できるわけがない」
という風に考えるからだ。
これは、たしかに正しい。
でも、「環境問題の本質」としては間違っている。
今回の記事は、
僕が大学の卒論で「エコプロダクトデザイン概論」として書いたことでもあるが、
環境問題の本質とは、
「自然がどうのこうの」ではなく、
「人間の脆弱さ」
なのだ。
人間はたくさんのモノを生み出してきた。
そして、自然はそれに対し、純粋に変化と反応をしたに過ぎない。
自然は崩壊することはない。
なぜなら、自然という大きなシステムにとっては、
「ある生物の死」などなんでもないものだからだ。
実際に、過去の歴史では、
環境の大変動、生物の大絶滅が何度も起きた。
でも、あいかわらず生物は存在している。
自然のスケールというのは、
何万年、何千万年という時間軸だ。
今の状態など、1万年あれば回復するだろう。
そんなスケールだから、人間が自然を破壊できるわけがない。
でも、人間は人間を破壊した。
人間は、自分が生み出した変化のスピードに、
自分たちの変化のスピードがついていかないのだ。
もっとカンタンにいうと、
人間の進化のスピードは自分たちがやっていることに対して遅すぎる。
具体的にいうとこういう話だ。
わずか80年前、
これはたった一人の人間が生まれて死ぬまでの時間でしかないが、
私たちは、農薬や化学調味料などなにも使っていない食べ物を食べ、
土や木の家に住み、
動植物たちが排出するものだけに囲まれて生きていた。
ところが今は、
農薬、化学薬品、化学調味料、化学繊維、廃棄ガス、環境ホルモン、ハウスダスト、騒音、振動など、
かつて地球、人間の生息環境には存在しなかったモノばかりだ。
人間の人体は、80年では、その物質すべてに対応する進化(または変化)を遂げられない。
だから、人体は、それを処理することができない。
処理できなければ、それはときに人体を破壊する。
つまり死だ。
たしかに、人体も、それに対応するために変化はしている。
でも、あきらかに間に合ってはいない。
排気ガスを吸って生きていられる人はいないし、
代々海辺に住んでいる人の中でさえ水の中で生きられる人はいない。
それほど、私たち人間の進化のスピードというのは遅いのだ。
これが環境問題の本質だ。
環境問題は完全に、
1,人間と人間が作り出したモノ、
2,そしてそれに対して自然が起こしたリアクション(=変化)
からの「人間への破壊的な影響」の問題なのだ。
わかりにくいなら、身近な例で想像して欲しい。
たとえば、
1は、
料理をしたら、ひどく脂っこいモノができ、消化できず気分が悪くなってしまった。
2は、
シーソー(足場)を思いっきり踏んだら、思わぬ早さで足場が動き、反応できずに転んでしまった。
そんな感じだ。
そんなような経験は、誰にでもあるだろう。
こんな小さなことでさえ、私たちは自分の作りだした変化に対応できず、実際に病気になったりケガをしたりする。
環境問題は、それがもっと大きなスケールで起こっている、ということだ。
環境問題で私たちが心配すべきなのは、
「自然」ではなく、
私たち「人間」なのだ。
自分たちがやっていることが、自分たち自身を破壊しないだろうか?
ということだ。
自然は滅びない。
自然はただ変化するだけだ。
滅びるのは、人間だ。
そこを勘違いしては、いけない。
環境問題の解決法は、
・人間が生み出すものを人間の対応可能な変化内に留める
又は、
・人間の進化のスピードを上げる(これは現時点ではほぼ不可能)
のいずれかでしかないのだ。
でも、今の環境問題への対策で、はっきりその本質が分かっている人がどれだけいるのだろうか。
