memo
disk6-1を聴きながらモンロー研究所の水晶をイメージする。
最初はリモートヴューイングのような視覚的なものを期待していたが無理っぽいのでただそれを感じてみることに集中する。
若干(0.03秒くらい)のクリック~
左上から白っぽい光が差し水の流れのようなもののなかにいるように感じる。
若い女の子(こども)がいる。じぶんがこのなかでその子のように若返っていくという印象。
ヴァイブレーション(F)が降りてくる
終盤になっていざなぎとアマテラスと富士を思い愛の感情でつながってみる。
ああ、そうだ、わたしたちは常に一緒なんだった。別に離れ離れになったりはしない、という安心感と
むしろ、他(自分以外の固体)と分けて考えられるのは人間の特性だったことを思い出す。
なぜ、わたしたちはこれほど忘れるということに通達しているのか?」
の質問に、
「個それぞれの使命、それを十二分に果たす権利=自由が与えられているからだよ」といういざなぎからのアンサー。
となりの世界(あの世)においてはチーム或いは複数でひとつの意思として成り立っているのに対し 、
この地上の人間システムにおいては一体がひとつの自由意思を持ってインパクトの焦点を決定付けられる、ということか。
新たなツール
ヘミシンクをやりはじめた意図には体外離脱はなかった。
むしろ、体外離脱はこわいイメージがあり、
自分の中身が留守している間にべつの霊に体をのっとられたらどうしようという不安のほうが離脱する好奇心よりも大きい。
でも、なんだか一度自覚しているなかで失敗している以上、その経験で得た怖さを克服したいという思いがあり、技術的に体外離脱というものにチャレンジしてみることにした。それで今日「体外への旅」cdを購入注文。
あと、まるのひさんのいう「意外さ」に好奇心をおぼえ「soコード」を注文。
内的世界も外的世界も個体にとってイーブンなんだろうけど、
いまじぶんにいったいなにがおきているのか知りたい。
だから今度は外へ出て行ってみたいんだろうな。
(*soコードは個人的には使用頻度が低いと判断し、すでに手放した。)
OBEのほんのちょっとの記憶
目の前に部屋のドアがある。
けれど、自分は目を瞑っているはずだ。
え、今何時?
そうだまだ眠っているんだった。
じゃあ、この目の前にあるドアはなんだ?
目を開けてみる。天井が見える。
目を瞑ってみる。またドアがある。
あれ?、じぶんはいまどっちに立って(寝て)いるんだろう。
ドアに集中してよく見ようとしたら寝転んでいるほうのじぶんの意識に吸い寄せられるように目が覚めた。
確かに今、わたしはドアの前に立っていたんだ、という記憶。
目覚め際のほんのちょっとのOBEの記憶。
