今、仕事で東京に来ています。一ヶ月ほどの滞在ですので、

久しぶりの独身生活という感じです。


ちょっと寂しいですが、落ち着きますね。


2,3日前にノンヘミ状態で夢をみました。


しかも結構覚えていました。


以下夢の話↓


家の窓が小さく振動していました。


なんだろうと思って、外を見ると、徐々にどこかから、

ものすごくでかい異星人の宇宙船が現れました。


それも無数に。


初めて至近距離で見たので、UFO好きで、UFOが来ても僕は絶対に怖くないし、

喜んで乗せてもらうよ!ぐらいの気持ちの準備は出来ていたはずなのに、


それでもやっぱり未知のものに対する恐怖を感じました。


どんな宇宙人なのかは見ることができませんでしたが、


なんとなく感じたことは僕たちと同じ人間型というでした。


友好的だと思うのですが、よく分かりません。


宇宙船も滑らかな円盤という感じではなく、

機械がむき出しのゴツゴツ感がある宇宙船でした。


これで終わりです。


そして本日見た夢は、


どこで出会ったかしりませんが、


なぜか椿鬼奴と不倫をしてました。


最後まで行為はしていませんが、危ういところでした。


そして、なぜか鬼奴が僕に惚れてしまい、


家庭も持っている僕は、

めちゃくちゃ後悔しているという感じでした。


あー夢でよかった。





特に今日はこれといったことはないんですが、


たまたま数字の数え方を調べていました。


よく小学校の頃に、友達と言い合いになると、少しでも自分を大きく見せるために、

お前の何億倍も俺はスゴイ!何兆倍もさらにスゴイ、何京倍も・・・


と言い合って最後には無量大数(むりょうたいすう:10の72乗)という単位で終わるわけですが。


宇宙の年齢と言われている150億才を秒になおしても、約432垓(ガイ)秒なんで、


無量大数という呼び方があっても、

通常では使うこともないぐらい超巨大数なんですが、


これ以上の単位はないと思っていましたが、


まだまだ上の数の呼び方があるみたいなんですね。


なんと無量大数の上は・・・


洛叉(らくしゃ)


以外と普通。

と思ったら、まだあります。


倶胝(くてい)


これで終わり?


と思ったらまだあります。


阿ゆ多(あゆた)
那由他(なゆた)
頻波羅(びんばら)
矜羯羅(こんがら)
阿伽羅(あから)
最勝(さいしょう)
摩婆羅(まばら)
阿婆羅(あばら)
多婆羅(たばら)
界分(かいぶん)

・ たくさんあって

阿麼怛羅(あまたら)
勃麼怛羅(ぼまたら)
伽麼怛羅(がまたら)
那麼怛羅(なまたら)
奚麼怛羅(けいまたら)
べい麼怛羅(べいまたら)
鉢羅麼怛羅(はらまたら)
尸婆麼怛羅(しばまたら)

終わり?


まだあります。


・ いろいろあって

不可思転(ふかしてん)
不可量(ふかりょう)
不可量転(ふかりょうてん)
不可説(ふかせつ)
不可説転(ふかせつてん)
不可説不可説(ふかせつふかせつ)


そして最後の呼び方は

不可説不可説転(ふかせつふかせつてん:10の37 (かん)乗)


乗数でしか表現できないぐらいのすごい数ですね。


世界を見ると、まだこれより大きい数字の呼び方がありました。


1googolprex=1不可説不可説転の270那由多乗

検索エンジン大手のグーグルはこれを間違って申請した名前と言われています。


先生・・・もうわけ分かりません!!


適当に数えたら無量大数以上の数の呼び方は約120個ありました。


他にも、読み方は分かるけどいったいどんな数字が分からないものがあります。


それは

「劫」(ごう)です。考え方が二つあり


芥子劫
40里四方の大きい升に芥子粒(けしつぶ)を満たし、100年に1粒ずつ取り出していって、全部なくなった時点で「一劫」


盤石劫
40里四方の大きい石を置き、天女が100年に1度舞い降りてその羽衣で拭いていき、石が擦り切れて無くなった時点で「一劫」


もうなんなんでしょうね?


数字というよりなんだか分けが分かりません。


もうデカイ数字過ぎて、無限すぎてもう0なんじゃないの?と思うぐらいです。



ここで不思議に思うんです。


使いもしない、なんでこんな巨大な数の読み方を考える必要があるのか?


想像できることは存在するという話ですが、


こんな巨大な数を想像できるということは、存在しているわけで、


どこに存在しているんだと思うと、おかしくなってきますよね。


どういうことで、こんな巨大な数が存在しているのか?


無限というものの認識に必要なのか?


そもそも無限なんて認識できるのか?


小ささにもかなりの呼び方があり、

これも意味がわからないぐらい小さなものまであります。


どういうことなのか?


人間の体を構成している素粒子の数を数えても

恐らく 1不可説不可説転 までは行かないと思います。


不思議ですよねー。


考えたら、恐ろしく小さな数えることもできない、

個数の素粒子が集まって、目に見えるものが存在してるのですが、


有限なものに見えるのに、目の前にあるものは、

すでに無限個に近い物が集まって存在している。


なんだか不思議な感じがします。


そべてに無限が組み込まれているような。


なんでそんな構造なんだろう。


巨大数を考えていると、小さな単位も同じぐらいあるので、どちらもほぼ無限にあり、


宇宙には有限というものが存在しないようにも思えてきます。


でも目に見える物はちゃんと数えることができる有限。


でも無限で構成されている・・・


なんなんだ、わけが分からなくなってきた。


この数の呼び方は仏教での呼び方だそうです。


でも、なんだかこの宇宙のモデルは量子力学に似ていますね。


最新の科学がやっと昔の宗教の教えに追いついた?


やっぱりこれが真実なのかな。



ちなみに、一番小さな数の呼び方は 

涅槃寂靜(ねはんじゃくじょう:10のマイナス24乗)です。





今の世の中をみていると、相当行き詰まっているなと。


根本の原因はなんだ?


それはおそらく貨幣経済を基盤においているところからきていると思います。


お金が悪いわけではないですが、お金を元にしていることにより、


独占欲が生まれ、競争が生まれ、格差が生まれ、争いが生まれる。


その究極の発展形が今なのではないかと。


これを打開する方法は・・・


いきなり日本規模ではむりなので、コミュニティーを作り、


その中でのお金の価値を低くする。

まずお金を完全に無くすのは数十年かかるでしょうが、お金の価値をもっと下げる。


モデルは田舎です。田舎は助け合っています。


お金も最低限ですみますし、食べ物は多く採れた物は分け合って、


自給自足、お金は最低限のインフラ料金で事足ります。



これをモデルとして、


生活に必要なものは無料で手に入る環境を作る。

最初は食べ物、



かといって、山にこもって原始時代の暮らしをするわけではなく、


科学と自給自足を融合し、快適な自給自足を実現する。


食物、電気、ガス、水道これらはすべて無料で手に入る環境にする。


ここで問題が、どうやって電気を?どうやってガスを?


これには最新のテクノロジーに精通した技術者が必要です。


公害を出さずに電気を取り出せる機械、しかも燃料補給もいらない、


同じくガスに変わる効率的に熱を取り出せる機械とかを生み出す。


おそらく日本人はそれを兵器に利用するのではなく、


平和に利用できる精神を持っている数少ない民族ではないかと。


異端と言われる科学では、それを実現できるような話がたくさんあります。


それを真剣に研究し、それでインフラを作り、


食物も最新の農業科学を利用して食べ物を作る。


ここで暮らす人は、食べ物の生産、設備の管理など

全て無報酬で奉仕活動をしてもらう、


労働時間もなるべく短く、家での時間を長く。


それによって、お金の価値を極端に下げていくことを実現し、


最終的にはすべて環流させて自己完結できる社会をつくれれば、


お金はいらなくなりますね。


エネルギーが足りて、食うに困らなければ、争うこともなく、奪い合うこともない。

それをするための競争などはいらない、


みんなが能力にあった各分野で奉仕活動をすることにより、

純粋にその分野で質を高めるという競争はあるかもしれないが、

それは争いを生まない。


みんなが足りていると、奪い合いも発生しない。


良いことだらけですね。


かといって共産主義万歳ではないですよ。

もっと高度な自治機能がある状態を目指さないといけないです。

日本がそれに一番近い状態だと思っています。


これを本気で実現するにはどうすればいいか?


分かりませんが、


人がいりますね。

まずはそれに賛同してくれる人、異端でもいいのでを技術や知識を持っている人、

農業に明るい人、土地などを提供してくれる人、


面白そうだなと思う方はメッセージでご連絡下さい。


次世代の世界のために、真剣に考えて一緒にやっていきましょう。