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お役に立ちません。

本・漫画・映画のレビューブログ。
本は月に10冊ほど、漫画は随時、
映画はWOWOWとTSUTAYAのお気持ち次第(笑)

有頂天家族/森見 登美彦
¥1,575
Amazon.co.jp

古来より、日本には3種類の存在がいた――

弱っちいけど頭の働く人間、傲慢な天狗、阿呆の血を持つのんき狸。

おとぼけ狸4兄弟と、酒乱天狗の赤玉先生、半天狗美女の弁天の織り成す群像劇。


死ぬほど面白かった。

今年ナンバーワン。

たぶん。絶対。


全てが素晴らしいので文句のひとつもございません。

”面白ければ良いのだ”という、気持ちのよい明るさが一貫したテーマと描かれてるのがいい。

明るいメッセージが一貫しているっていうのは貴重。

だけど、切なさ、やるせなさも散りばめられ、魅力的なキャラクターが所狭しと飛び回る。

狸御殿、平成たぬき合戦ぽんぽこなど、狸モノは数あれど、

文句なしにその最高峰。


要はレトロなジャパニーズドラマをファンタジックに描いた物語。

サザエさんとか、ドラえもんみたいな。

今まで、森見さんと万城目さんと見分けがつかなかったけど(笑)、

これ読んで森見さん一歩リード。

描きたいものがハッキリしているから。


物語のまったり感もいいんだけど、まずは何をおいてもキャラクター。

キャラクターがとにかく魅力的。

主役の狸が可愛すぎて死ぬ。


本当は切れ者なのに、享楽的で、阿呆で、家族や隣人をすごく愛している。

きちんと主人公している、いい存在。ヒロインに食われてないし。

”夜は短し~”は、ヒロインがあまりに可愛すぎて、主人公食われてたからね。


でも今回もヒロインはすこぶるキュートです!

森見さんは可愛い女の子を書かせたら天下一品。

”夜は短し~”の純粋系天然娘とはまた違って、

わがまま放題、ファム・ファタールな大人少女がなんともいえない存在感。

しっとりとした大人美女なんだけども、奔放で自分に素直な、こどもっぽい面も持っていて、愛らしい。

だけど、それだけじゃなくって、チリッとしたスパイスも効いている。

ぎらついた悪意はないものの、お気に入りの狸を食べてしまうような、

悪ではないけど、なんだかわからない切なさを持っているのが、一筋縄でいかなくていい。

この存在感は 永遠のジャパニーズ悪女、不二子ちゃんに匹敵すると勝手に思ってる。


赤玉先生もまた最高。

ていうか、このキャラがいるからこそ、出色の物語だと思う。

威張り散らすし、お風呂には入らないし、言うこと聞かないだめだめ天狗なんだけど、

こういう、どうしようもないひとを排除するんじゃなく、ただイエスマンとして受け入れるのでもなく、

絶妙な距離感で、一員として受け入れてるのがとにかくいい。

最近の話って、若人の仲良しググループだけ、あとは敵、っての多いからね。


たとえば、うる星やつらのチェリーとか、どらえもんのジャイアンとか、

ながーく続き、誰からも愛される王道物語には、

はた迷惑な人なんだけど、何故か憎めない人物、ってのが出てくる。

こういうキャラを作れるのは、よっぽど力量がないと無理らしく、相当出来のいい物語じゃないとみかけない存在。

かつ、古き良き日本な存在。

役に立たない、いるだけで問題を起こす人なんだけど、周りがそれを同等の存在としてきちんと受け入れている。

口うるさい近所のじいちゃんとか、ガキ大将とか、まさにそんな存在。

だけど、最近の物語じゃまず見かけない存在。

森見さんも現代っこだから、身近にそういう存在がいて、こういうキャラクターが書けたのか、

それとも、レトロ趣味な人だから、好きな昔の本に元ネタがあったのかわからないけど、

こういうキャラクターまで書ける人なんだ、っていうのはもの凄く貴重な存在。

他のキャラもまたかわゆし。

長男はテンパリ生真面目男なんだけども、その几帳面さ、真面目さもきちんと受け入れられている。

次男は蛙。

蛙に変化したら戻れなくなった、というネタとしてかなり笑える存在なんだけども、

その理由を含めてなかなか深くていい存在。

井戸の中から出てこない蛙だから、みんながグチやらなにやら零しにくるってのもいい感じ。

近所の無職のおじさんなんだけど、なんだか接しやすくて、

みんな積極的に口には出さないけど、好いているってとこだろか。


こうやってみると、ほら。

古き良きジャパニーズドラマを、森見ワールドで表現したかったのがハッキリと分かる。

ご近所、ご家族で、いがみ合いながらも仲良く支えあうホームドラマ。

ひたすら気弱な弟も可愛いし、お母さんは偉大だし。

一点気に入らないとすれば、母親が息子に慕われすぎて、マザコンか!?

と勘ぐってしまう点だけども、

まぁ、これは裏読みしすぎというか、若干底意地の悪い見方なので問題なっすぃんぐ


物語も面白い。

牧歌的で、のんびり狸たんや、お役に立たない天狗さん、わがまま人間が、縦横無尽に駆け抜ける。

ファンシーなんだけども、のんびりまったりしていて素敵。

だけども、それだけでなく、牧歌的→切ない話に展開していくのがスゴ技。

”父親は鍋になった”なんて、ネタとして思わず笑ってしまったんだけど、

読み勧めていくうちに、これが結構へヴィかつ、重要な要素に。

金閣、銀閣っていう悪ガキも、はじめはろくでもない、可愛らしい悪戯ばかり仕かけていたのに、

段々洒落にならない展開になっていくのも、

ただ牧歌的なだけでなく、物語の深みを与える存在として、すごくいい展開だと思う。


で、こういう展開でありがちな、シリアスに持っていこうとしてやりすぎて失敗、違和感てのがないのがすごい。

当初ののんびりとした雰囲気をぶち壊すことなく、上手に使ってる。

でも結局、狸鍋は出るにしろ、”悪いやつは殺して成敗”な激しい展開は出てこず、

安心して読める。


てか、最近流行の話を、本でも漫画でもざっとみると、

こういう、ちょっと駄目な人が主人公で感情移入しやすく、

全体的にハッピーで朗らかな物語、ってのが好まれてると思う。

昨日テレビでやってたからエヴァとかたとえに出しちゃうけど、あれが社会現象になってしまった時代って、

相当病んでたんだと思う(笑)

今はこういう、だめなんだけども、それが受け入れられて、ちょっと不思議で穏やかな物語が好まれる時代なんだろうな。

どうしようもない不況が、一応、表面的にしろ一段落したのもあるだろうし、

徹底的に不安定で先行きの読めない時代だからこそ、牧歌的で穏やかな物語が好まれる、

ってのもあるだろし。


最後に、好みの別れそうな要素が、今回は上手に処理してあるのもポイント加算です。

森見さんの特徴であり、かつ、好き嫌いも生んでいた、レトロで硬派な文体ね。

この本ではなんともいえない、絶妙の味をかもし出している重要な要素。

文学的な言い回しだけど、センテンス切りにものすごく気を遣っていて、テンポ良く読める。

背伸び感は払拭され、完全に自分のものになっていて、

「ぷうぷう」

「ふうふう」

「ぎうぎう」

「かわゆい」

など、頻繁に差し挟まれる独特のオトマノペやら、死語な言い回しやらが、ものすごく可愛い。

こういう、軽くて可愛らしい言い回しが意図的に、頻繁に差し挟まれるからこそ、

固い文体なのに、読みやすい、軽妙さをかもし出している。

嬉しいことに、有頂天家族は続きが出るそうな。

気の早い話ですが、是非これをライフワークとして何冊も書き連ねていただきたい所存。

新世界より 上/貴志 祐介
¥1,995
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新世界より 下/貴志 祐介

¥1,995
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遠未来、日本。激減した人類は呪力と呼ばれる超能力を手に入れ、牧歌的な生活を謳歌していた。

しかし、それは閉じられたユートピアに過ぎず、一歩町の外に出れば、悪夢のような生物が闊歩している。

グロテスクなまでに二極化された世界はどうして作られたのか?


作品解説。

ナウシカを書こうとしたら漂流教室になってしまいました。

おわり。


で、全てが言い表せる話。

世界観はすごく好みだけど、あまりにグロテスクすぎる点と、記号的なキャラクターという点

以上2点において、好きじゃない。


遠未来だけど、昭和初期みたいなレトロな雰囲気、

呪力(=魔法、超能力)を学校で習う、というゲーム的な面白さ、

なおかつ、そこに妖怪話のように、奇妙な生物を盛り込み、

その冒険がやがて、世界の根幹の秘密に関わっていく。

うーん。

山盛りだくさん。面白い。お腹いっぱい。

これでキャラクターが生きてさえいれば…!

物語の骨子は、性悪説で、人の憎悪と争いという業によって、人類のみならず、世界が改変されてしまいました。

というもの。

だけど、主人公たちが勇気を忘れず、真実にもめげず、頑張って世界をよりよくしていきます!

まだまだ、人間には絶望しないぞ、きらきら!

というメインテーマがありつつ、あくまで作者目線=世界構成は、限りなくグロテスク、という。


物語の要素としては、


1、ハリー・ポッター的な、異能力を学校で習うという、エンタ要素

2、図書館戦争に代表されるような、”本て素晴らしいのよ”メッセージ

3、マン・アフターマンで描かれた、とんでも生物

4、手塚治虫時代の超能力少年漫画要素

5、遠未来だけど、昭和初期(ALLWAYS)ぽく仕上げたら面白いんじゃない?=団塊の世代、以降ターゲット

6、戦略ゲームの要素

7、大人対こども


という、とても元ネタや狙いが分かりやすいもの。

作者は40代なので、おそらく、子供時代に冒険活劇漫画に憧れ、

その憧れを維持したまま、今流行りの要素(1,2)、現代っこに好まれる要素(6,7)をぶち込みつつ、

同世代、少し上世代にも通じる要素(4,5)も混ぜた高等技。


それを、きちんと消化して自分のものにし、

破綻なく最後までぐいぐい読ませる構成、ストーリーテリングが、このひとのすごい才能。

この分厚さ、説明的過ぎるという難点を持ちながらも、先の展開で興味を引き、

セクシー要素も随所に織り交ぜてサービスしながら読ませるのはさすがエンタ作家。


だがあざとい。

作家には二種類居て、天性の作家と、努力してなった作家とがいるけど、

このひとは後者。

書き始めの頃は相当文章下手だったんだと思う。

やけに説明的だったり、まるで機械を組み立てたような、構成立てといい。

だけど、不断の努力と、話を纏め上げる力で、結局は売れっ子作家になったんだろうな。

ずば抜けたセンスがあるから作家になれるわけじゃないんだよね。

本も結局は商品だから、誰でも読みやすく、心惹かれる要素をどれだけ練り上げて、

読者に親切に作れるかが、筆で食ってく作家に一番必要だと思う。

んで、このヒトはエンタ作品として、素晴らしい技術を手に入れた、と。


話がずれた。


気に入らない要素ナンバーワンについて。


あまりにグロテスクすぎる物語背景。

絶対的な性悪説。

まさに、”万人の万人に対する戦い”をホラーにしました、とう成り立ちが気に入らない。


特に、凄惨な惨殺の歴史を延々紡いでいくシーンは、本当に必要があったのか?と首を捻ってしまう。

人間は放っておいたら憎みあい、殺しあう存在で、

無意識においても世界を歪めてしまう絶対悪だ、っていうのが骨子なんだけども、

そこまで酷くしなくても…と思ってしまう。

業魔の存在や、漏れ出した呪力でグロテスクに作り変えられた悪意の具現化、

更に、化鼠の存在。

むしろ、その発想に吐き気がする。


人間が貪欲で、人類以外にはぞっとするほど冷酷で、というのは分からなくはないけど、

そもそも、そういう発想が出てくること自体が問題だと思うから。


個体間で殺しあうのは人間以外も同じだし、その根本は生存競争で、

生存競争として許される範囲を超えた、憎悪と殺し合いが、性悪説の論拠なんだろうけど、

女王を頂く社会形勢の生物を、人間の倫理基準に照らして”気持ち悪い”と言い切ってしまう発想を

作者が持っていることが根本的な問題だと思う。

それを主人公にあえて言わせることによって、”所詮人間なんて、エゴイスティックでグロテスクな存在”

ということを表したかったのかもしれないけど。


”人類てこんなにグロテスクな、悪意に満ちた存在なんだよ”と、

警鐘を鳴らしているつもりかもしれないけど、

その前に、そういう発想を持ってしまうこと自体が、そのグロテスクな想像の根幹だとなんで気付かないんだろう。


そう、受け入れられない違和感の一番の要素はここ。

作者はこの物語を作りあげることによって、


人間てグロテスクなんだよ。罪深いんだよ。

それを、僕が教えてあげるよ!人間は理性で持って、常に改革していかなくちゃいけないんだ。


といったメッセージを発してる。

けど、そういう発想をしてしまうこと自体が問題だとはちっとも気付いていないようで、イヤ。

ナウシカだったら、


人間は闇に瞬く一筋の光だ!みたいな、

グロテスクだけど、それすらも生きるっていうひとつの形で、苦しみながら、傷つけ、傷つきながらも

それでも生きていこうするから美しい、


って結論だからこそ、人の心を打って、残る物語に昇華されてるわけだけど、

これは、


人間てグロテスク。


で終わっちゃってるから、単なる漂流教室。ホラーエンターティメントで終わってしまってる。

まぁ、漂流教室も面白いし、けなげに頑張るこどもらが、結構希望だったりしていい作品なんだけども。

主眼が、モンスターホラー+人の心ってグロテスク!だからね…

んで、それを和らげるためにキャラクター配備がなされてるわけだけど、ここに更に問題が。


キャラが死んでる。

物語を運ぶ要素以上の働きが無い。

魅力が無い。


愛情と、強さを体現しなくちゃならない主人公はとにかく気が強く、理詰めで人を説き伏せ、

人より優位に立たなくちゃ気がすまない性格で、

他のキャラは、気が強いけど頭の足りない美少女、完璧超人だけど早逝する美少年、

ほら吹きだけど、いざという時は頼りになる幼馴染、凡庸な引き立て役。

この、一言紹介できる性格を少しもはみ出ない記号的人物ばかり。

物語に必要な役割としては十分なんだけど、人間を読みたい、という基本的欲求を満たすには役不足。

初期のポリゴンアニメのキャラみたいな感じ?

まぁ、キャラクターを描けるというのは、それこそ天性の才能だから、

そこまで求めるのは酷かもしんないけど、

話が面白いからこそ、更に上を求めて欲してしまうわけで。


主人公の要素としては、ナウシカ的な、強く猛々しいけども、限りなく優しい、

そんなものを目指したらしいのは分かるんだけど、

時には人を説き伏せ、時には誰よりも頭が良く、

なのに肝心なところでいきなり頭が悪くなるという、よくわからない存在に。

”悲しみを乗り越えられる、しなやかな心の持ち主”

というのがコア要素なんだけども、だったらそれはエピソードで語るべきなのに、

周りが”でもあなたは強いから”と説得する、という方法で語ってしまっていて、

台無しに。


はたして、この主人公がとても好きです、勇気付けられました、というひとはどれだけいるんだろう?


世界観はとても面白かったけど、

以上2点の大問題で、この作者の本は読むのを止そう、と思ってしまった。


ヴィーナス・プラスX (未来の文学)/シオドア スタージョン
¥2,310
Amazon.co.jp

チャーリー・ジョンズが気が付くと、愛するローラや、アメリカはなく、銀色の空の下にいた。
人に似て、人で無い、男とも女ともつかない人々はいう。
「私たちの文明を評価してください。そうすればあなたは戻れます」と。

面白かった!
読みにくい箇所もあったけど、奇想のわりにはキャラクターが魅力的で、
最後の唖然とする仕かけも良かった。

SF嫌いだっていう人は、日常からかけ離れた設定に感情移入できないからイヤだって良く言うけど、
これはその典型かも。
主役は60年代のアメリカ人男性で、その時代のアメリカの風俗もテンポ良く差し挟まれているけれど、
現代ジャパニーズには理解は出来ても共感し辛い。
のみならず、大筋は異世界レダム。
想像するのが困難な奇天烈な装束、奇妙な風貌の人々。
特に、異界の技術説明なんかはちんぷんかんぷん。
昨日のトースターみたいに、実在の科学者の実在の理論ならまだいいんだけど。

だけどかなり面白く読めたのは、上に書いたようにキャラクターが親しみやすかったから。
かなし頭脳名明晰なことを別にすれば、ごく庶民的な男が主人公だし、
なにより、レダム人が和む。
常に丁寧でとても親切、親しみのこもったユーモアを持っていて、
人好きのする人と会話しているみたいな心地よさがある。
紹介されるものは奇妙奇天烈な文化だけど、普通の人間チャーリーに紹介する形なので、
異世界に住む人々の冒険、なんて前提の話よりかは読みやすい。
それに、目が離れていて馬鼻、なんて事を除けばほぼ人間のレダム人。
いつしか、頭の中で普通の人間がイメージされてて、そうしておけば全然読みやすい。
フィロスが特に好きかな。
一番親切で、それでいて謎めいた影があるから。
そして、ほんの少し差別されてる。
この微妙な差異がなんとなく不穏。
その他すべてにおいてレダム人は怒りも憎しみも、およそ暗い感情は持たないようなのに。

しかし、オチがこうくるとは思わなかった。
すっかり、レダムが気に入ってしまってから、思いもよらない、衝撃の真実が明らかにされ、
それによる、チャーリーの耳を塞ぎたくなるような言葉と、
理想的に思えたレダム人の裏側を見てしまうから。
スタージョン、一体どういう頭してるんだろ…
あとがきに、参考書籍が載っているけれど、これ全部読んだとしても、
こんな発想はでてこないと自信を持っていえる(笑)
それになにより思ったのは、こんな突拍子も無いことを考えて、
素晴らしい小説にすることの出来る人物が職を転々としていたこと。
世界レベルで素晴らしい物語が書けたとしても、食ってけるとは限らないんだなぁ、としみじみ。
まぁ、一度売れればオンリー小説家でやってけるわけだけども。

主題の性差ってのは、考えさせられた。
男女の違いについて、イライラしたり、考えたり、”地図の読めない女、話を聞かない男”なんてものを
読んだりはするけれど、
”違いよりも相似の方が多い”
なんてことは考えたこともなかった。
言われて見ればそうかも。
なのに、些細な違い、大きな違い、あげつらってとにかく差別化を図るのは、スタージョンの言うとおり
人類の病なのかもねぇ。

あと、文明は遺伝子によって継承されない、ってテーマもはっとした。
つまり、電力が使えなくなれば、現代の人々は何も出来ないということ。
米の作り方、肉のさばき方、住居を作る、服を作る、
そんなこと、何ひとつとして出来ない。
いくらかの専門職の人は出来るかもしれないけど、大多数の一般人には無理。
ある種のエネルギーが完全に使えなくなれば、穴居人と同じレベルまで後退するしかない。
つまり、人間はほとんど進化していないといっていい。
現代人の赤ちゃんが古代ローマにタイムスリップしたら、何事もなく古代ローマ人として成長していくだろうし、
逆をとっても同じ事。
技術は確かに、発達してきたといえるかもしれないだろうけど、人間それ自体はなんら変わっていない。
むしろ、サバイバル技能や、”生きる力”は後退していると言ってもいい。
そんなこと考えたことなかったけど、指摘されてみるとぞっとする。
50年前は戦争の時代だった。
ということは、これから50年後はどんなことが起こっているかわからない。
そのとき、無事に生き延びていけるのか?とか。
ボーイ&ガールスカウトみたいな、キャンプ技術って必要かもねぇ…

訳者のあとがきでもあったけど、ちらほら見えるテーマは現代日本人にとっては多少陳腐に思えるもの。
つまり、核戦争の恐怖や、両性具有といった。
それはその時代のリアルな恐怖のあまり繰り返され、消費されつくしてしまったテーマなせいでもあるし、
日本の漫画家、小説家が好んで繰り返したテーマでもあるし。
あと、ユートピア幻想にチラリとナウシカを見てみたり。
漫画版のラストは、贖罪のための人類、罪を知らない人類、といった構造だったから。
そこで、罪を知らず、完全に善良なる人類、てのを全否定して破壊しちゃったのが
ナウシカのすごいとこだけど…

少なくとも、『人間以上』よりはずっと読みやすいし、面白かった。
50年近く前に書かれた本なんだよね、これ…
そこから何か変わったか?ていえば、特に何も変わらない。
スタージョン並みの思考力が欲しいなぁ…



いさましいちびのトースター火星へ行く (ハヤカワ文庫SF)/トーマス・M. ディッシュ
¥567
Amazon.co.jp

老バレリーナにお使えする個性的な電気器具たちがある日耳にしたのは、
ポピュラックスなる、不思議な電気製品のCMソング。
それが火星から発信されていることを知り、彼らは火星へと旅立つ。

面白かった!!
すんごい面白かった。
真のストーリーテラーの語る、完璧な物語のひとつだと思う。
タイトルだけは知っていて、トースターという名前の人間のSFだと思ったら、
本当にトースターでびっくりした(笑)

個性的で人(?)のいい電気器具たちの、ほのぼのとした児童向け小説の体裁ながら、
中身はがつんとSFでカッコいい。
トースターやラジオがしゃべるとか、ましてや火星に行ってしまうというファンシーな設定ながら、
それらを形作る設定はしっかりと組み立てられており、
”SFってムズカシイんでしょ””科学なんてわけわからない”てひとこそ、はまれるような、とてもいい筋書き。

アインシュタインと相対性理論、アインシュタインとその発明した幾つかの電気器具なんて事が知れて、
微積分なんで出来ないけど、統一場理論にちょっと興味が湧いてしまうような。

火星へ行くなんて、突拍子もないし、
「そこで電気器具たちは火星へ行きました」なんて強引な展開になるんじゃないかと思ってたけど、
まるでそんなことなし。
多少、飛躍はあるものの、どうやって火星へ行くのか、理論からしっかりと説明されていてごまかしは無い。
架空の物語なりに、しっかりと色々なことが説明されていて、ツッコミ好きなひとでも大満足。

火星の電気器具文明もとてもアメリカーンでよろしかった(笑)
特に選挙のくだりが。

しゃべる電気器具たち、人間を嫌う電気器具たち、火星への旅行、
要素を一つ一つ取り上げると、いかにも子ども向けの甘ったるい匂いがするのに、
こまかなデティールや、練りに練った構成、たくみなストーリーテリング、
そして見事な伏線回収と、トップレベルのワザを拝見させていただきました。
それにしてもトースター可愛い。
特に何か秀でているわけでもないけど、ちょっとだけ人より勇気があって、友達思いで、
自分の見られ方をいちいち気にしてしまう庶民的なとこが。
あと天使たちと風船たちがとてもファニーで良かった。
事務天使、労働天使、クリスマス天使、一ヵ月ごとのクリスマス。
幼い頃ぐりとぐらをとても気に入って、ずっと覚えているように、
何度読んでも、思い返してみてもほっとできるお話。

だけど、この作者のデビュー作、タイトルその名も
”人類皆殺し”…(笑)
そんなハゲシイひとが、こんなキュートな物語を書くとは、人間の才能とはおそろしーもんだね。
暗黒神殿 アルスラーン戦記12 (カッパ・ノベルス)/田中 芳樹
¥840
Amazon.co.jp

ペシャワール城に襲来した妖魔との死闘により、
蛇王の眷属とパルスの壮絶な戦いの幕が切って落とされた。
また、ヒルメスの運命も激流の如く動き出し。

うわっ、やった!やっと、12巻まで漕ぎ付けたぞ(笑)
表紙が『誰?』な感じでしたが、中身読むととても正しい表紙でした。
イスファーン。
彼、大活躍。
長期にわたる物語展開の中で、作者が主人公に飽きて、彼を擬似主人公に据えたのかと思った。
それぐらい大活躍。
勇猛ぶり、あんまりモテなくて、相棒はわんこ(狼)なところ(笑)、
ギーヴに分かりやすく噛み付く、珍しいメインキャラなところ。
つまり、このシリーズの中では珍しく庶民的なキャラで好感が持てるというわけ。

出だしはすごくハラハラしたけど、
すっきり気持ちのいい落ちが付いていて良かった。
美味しいところを持っていくキャラがまた出来ました。
それぞれのキャラが、それぞれに美味しいところを持っていくのに齟齬の無いのが凄い話だ。
そのぶん、徹底的に不幸な人がいるからいいのか…

まー何度もいっているように、一気読みしてたらさすがに飽きてはきたんだけど、
それでも力量ある作家だから、まだまだ見どころ満載。
昨日も書いたように3人のお姫様のアイディアが。

ひとりはヒルメスの愛人にしてファム・ファタール、
ひとりはルシタニア人の愛人のグラマーで世話焼きな庶民派、
ひとりは魔将軍の未来の嫁にして最強の武人。
このうち誰かがパルスの正当な血を引いているなんて、なんてどきどきわくわくな。
どのひとも相当にドラマチックだし、それぞれ魅力的だから。
特に、ヒルメスの愛人フィトナが本当のお姫様だったらなかなかに一大事。
いよいよアルスラーン王とヒルメス王のパルスをかけた一騎打ちが見られるの!?みたいな。
レイラにしても、蛇王とアルスラーンのパルスをかけたキーになるし。

しかし、ラストは唖然。
なんか、こういう重たいラストが田中芳樹的ブームなのか??
このタイミングで、こんなひどい仕打ちを受ける理由が、エステルのどこにあったんだろう。
自分の力を把握しないお人よしは馬鹿を見るってこと?
このエピソードの前に、イラッとくるような(あざとい物語のリードエピソードとして)ナルサスの仄めかし
があるんだけど、つまりはそれにひっかかるのか?
アルスラーンの長所にして最大の短所、優しすぎるところが、
エステルの惨状のように、この後最大の危機を招くとか?
素直馬鹿というか、真っ直ぐでとてもいいこなんだけど、想像力が結構足りないエステル、
好きなんだけど、これはちょっと可哀想…
どうなるんだ、これは。
魔軍襲来 ―アルスラーン戦記(11)/田中 芳樹
¥820
Amazon.co.jp
パルス全土を暗雲が覆っていた。
首都を襲う妖魔、魔山に閉じ込められた雄将たち、そして、蟲惑的な愛人と出会ったヒルメス。
アルスラーンは難関を乗り切れるのか?

見所はふたつ。
魔の山に閉じ込められたクバート、ジャスワント、メルレイン、トゥース、イスファーンらの戦い。
美貌と迸る才気、何よりも野心を秘めた孔雀姫フィトナとヒルメスの邂逅。

いよいよ表舞台に出てきた魔物の軍隊が最強すぎ。
今まで、どこの国との争いもそんなにハラハラしなかったけど、
今回は流石に誰か死ぬかも、と思ってしまった。
だってナルサスいないしね…
そもそも、みんな普通の人間で、魔法も使えないのに魔物と戦わなくちゃいけないという展開で、
このラスト。
もう駄目じゃんとか思ってしまった。
本腰で描かれる将軍たちは結構個性豊かで楽しめる。
特にトゥースとイスファーンが好きかも。
トゥースは鉄鎖術という珍しい戦術でけっこう存在感あったほうだけど、
それにしても3姉妹を嫁にしてしまうというのはインパクトあった(笑)
一目ぼれで惚れられすぎでは(笑)?
パルスは一夫多妻制の国なのか?みんな呆れてるのは、姉妹はないだろ、ということなのか?
イスファーンは、はじめからやけに狼を強調するなと思っていたけど、
こういう展開を見越しての説明だったわけか。
1巻出てから相当経ってるけど…
わんわん(狼)ブラザーズがらぶ過ぎる。

それとフィトナ。
登場シーンもインパクトあったけど、美味しいとこてんこ盛りな新キャラで結構好き。
美女で頭良くて、ファム・ファタールで、ヒルメスゲットして、
その上、もしかしたらパルスの正当な王女かもしれないなんて。
色々と都合の良すぎるキャラだけど、悪くない。
一応、”ヒルメス、幸せになれよ”と思っている身としては、レベルの高いフィトナが現れてくれて良かったな、と。

しかし、このラストは恐ろしいね…
なんて絶望的なんだ。
えっ、これで終わるの!?とびびってしまった。
それまでに充分ハラハラしてたのに。

偽史というより、完全に普通のファンタジー領域に入ってしまったけど、
いよいよ大詰めで、クライマックス入りそうな感じ。
まぁ、絶対2010年以降完結だと思うけどね…
完結するのならね…
ディパーテッド
¥1,349
Amazon.co.jp

マフィアのボスに気に入られ、幼い頃から手を掛けられ、長じては警察に潜入した男。
対して、警察官だが、特別任務としてマフィアへおとり捜査を任じられた男。
警察とマフィアのだまし合いは、どちらが勝利を迎えるのか。

スコセッシは初めてだったんだけど、面白かった!
マット・ディモンがマッチョに戦うシリーズと何故か勘違いしていたんだけど(笑)

大筋としてはありがちな設定なんだけども、それがすっごく面白い。
きちんと才能のある人が、ありがち=誰もが面白いと思える王道の設定を充分に
生かしきれると、こんなにも楽しいエンタ作品になるんだなって思う。

根はいい奴なのに、素行悪く見え、マフィアになってもちっとも違和感のないディカプリオと、
いかにもいい奴そうに見えて、実は真っ黒なマフィアの隠し玉のディモン。
見た目、性格と中身の対比がまず最高に面白い。
こういう劇的設定はどきどきするし、見ている人の想像力次第で人間関係もキャラも深みが出ていい。

警察とマフィアの腹の探り合いもどきどきする。
うわー、ディカプリオ危険だよ!とか、
ディモン、なんて用意周到なやつなんだ。危なすぎる、とか。
二人を取り囲むキャラも深みがあって、(なにしろマフィアはジャック・ニコルソンだし)
クライムサスペンスの醍醐味を存分に味わえた。

ラストももちろん、どきどきわくわくが保たれて、充分意外で満足できた。
ちょっとさみしかったけどね。

ベタな展開、派手な演出、いかにもハリウッド!て感じなのに楽しめたのは久々。
じっくり考え込む物語もいいけど、
誰が見ても楽しめるエンタ作品てのはやっぱいいもんだなって思う。

にしても、ディカプリオ頑張ってるよね。
タイタニックのイメージが強すぎてどうなるんだ?なんて、ほんと余計なお世話だった。
いい演技してるじゃん!
童顔でも、ちゃんとこういう、不良な役イケるんだねぇ。
下積み長いからなぁ。
一回みたことあるんだけど、初めは子役で、なんか変なモンスターB級映画の、主人公の幼馴染だったのに。
ディモンははじめから器用だった(笑)
旌旗流転・妖雲群行 ―アルスラーン戦記(9)(10) カッパ・ノベルス/田中 芳樹
¥880
Amazon.co.jp
国王としての執務にいそしむアルスラーン。
忙しい毎日に、隣国シンドゥらから援軍の要請が来た。
また、神殿に派遣されたファランギースらは、新たな怪事に巻き込まれる。

もうこのへんでかなり嫌になってしまった。
はじめは、偽史ふうのダイナミックな物語展開が面白かったし、
”不幸な王子が、優秀な仲間と共に王位奪還を目指す”っていう本筋がとても好きだった。
でも、その本筋は解決してしまって、今や、王となったアルスラーンが慌しく国を治める日々。
その時点で、物語の先を知りたい気持ちが半減してしまっているのに、
内容のレベルも下がってきている…
なんか、いやいやながら書いているような部分が目について。

章題の”怪物たちの夏”とかね。
敵の怪物が何故かサウナで密談していて、
「おまえ役所に休暇届だしとけよ。集会行くんだからな」(意訳)
ってとこだけでもいきなりギャグなのに、
それが都合よく王の耳に入るとか。
無理矢理感を越して、悪ふざけにしか思えないんだけど…

悪役の、馬鹿な行動もちょっとどうかと。
ナルサスや、味方側を引き立たせるためであっても、馬鹿すぎる人は気持ちが冷める。
金仮面のひとだけどね…主に。

偽史ものとして読んでいたときは、メインキャラクターの典型っぷりが気にならなかった。
でも、今やきちんとした官職について、正当な施政者として立ち働くキャラクターに
初期ほどの魅力は感じられない。
恵まれない環境を打破しようと頑張るからこそ、読んでいて楽しいんであって、
手に入れるべきものを大体手に入れた状況って物語としてつまらないんだよね…
良くも悪くも全く性格も関係性も変わらないところもマイナス。
ナルサスとアルフリードの凍結した関係は一体いつまでこのままなのか。とか。
マンネリの良さもあるかもだけど、記号的魅力(天才、美女、とか言葉で片付けられる特徴)
以外が乏しいキャラだから、さすがに飽きてしまう。
もっと生き生きとした、人間らしい中身が感じられればいいんだけど。

メイン以外のキャラに焦点が当てられて、
アーサー王だけでなく円卓騎士ひとりひとりの物語を読んでいるような感じは嫌いではない。
でも、そんなもの外伝でやればいいのに。
ただでさえ存在感の薄い主人公なのに、他キャラの話が延々続くから、
全体として散漫な印象を受けてしまう。
まぁ、それら各エピソードがガッチリ繋がっていくからいいっちゃいいんだけど。
上に書いたように、それぞれのキャラクターにもっと生き生きとした魅力があるんなら、
そういう脇役メインの話も楽しめるんだろうけど。

既に忘れかけていた、タハミーネの実子は誰なのか、ってくだりは面白いと思う。
つまり、新キャラレイラ。
この人は嫌いじゃない。

実力があるし、基本的にそのへんの作家より面白いから読み続けてしまうんだけど、
だからこそ、物語の鮮度は守って欲しいなぁ、と思う。
だらだら続けずに、きっちり納めるべきときに納めるのもセンスだと思うんだけど。
まぁ、こういうライトノベルは、少ないページ数の本をたくさん出していくものだから仕方ないのかなぁ。
とはいえ、20年近く続いている物語ってちょっとどうなの。



王都奪還・仮面兵団 ―アルスラーン戦記(7)(8) カッパ・ノベルス/田中 芳樹
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ギランにて豊かな資源と新たな兵力を獲得したアルスラーン。
アンドラゴラスの正規軍とは別に王都奪還を目指す。
また、ヒルメスも独自の軍を用いて王都奪還を狙っていた。

昨日散々言っておきながら続き。
だってやっぱり気になるし。
基本、シリーズ物は完結まで読まないとスッキリしない…

いよいよ、王都奪還が成就するんだけど、
パルス正規軍はアンドラゴラスが、事実上遊撃隊としてアルスラーンが(ただし認められていない)、
また、そのどたばたの間隙を突いてヒルメスが、それぞれ王都を狙う構図。
こういうの考えられるところがこのひとの面白いところ。
本気で歴史や用兵が好きで、山のような資料を読み込んだからこそ出切る技かと。
しかし、意外性に固執するあまり、意外すぎて逆に拍子抜けな結末が。
アンドラゴラスに訪れる。
えー、となんか気が抜けてしまった。
なんか、たぶんこの話の中で一番人間離れしたひとの退場理由がこんなん??
その他がストレートに来ていたら、面白い意外性に思えたけど、
”意外な展開”ばかりでここまで来ているから、なんだかなぁ、って思ってしまう。
あと、当時リアルタイムでこの話楽しみにしていた人は、
ようやくアルスラーンが本懐を遂げるまで待たされて待たされてこれ!?みたいな(笑)

”仮面兵団”の方は完全に新章突入。
全てを失ったヒルメスが痛々しくも清清しい。
元々は血筋は完璧なる正当筋なのに、このひと苦労しすぎだよねぇ。
手に入れた平穏はたった3年間だったし。
その3年間を経て、若干ひとが変わってしまった感が。
でもこの仮面兵団のアイディアは面白い。
わくわくする。

パルスは取り戻したけど、次は近隣諸国との戦国時代編へ。
これはこれで楽しみなんだけど、
いよいよ、蛇王ザッハークが物語の表舞台へ顔を出し始めるんだよね。
実はこれが個人的に気に食わない。

偽史ものとして楽しんでるのに、
魔王の存在のせいで、一気にそのへんのお気楽ファンタジーと同じ匂いがしてくるんだよね…
せっかく、風俗描写とかも詳細になってきて、リアル感がとても楽しかったのに、
それを一気に台無しにしてしまう。
物語の一番大きな筋だとは分かるんだけど、どうしても余計なエピソード感が否めない。
これから、こっち方面の話が進んでいくから、昨日の”5巻までがいい”になってしまう。

征馬孤影・風塵乱舞 ―アルスラーン戦記(5)(6) カッパ・ノベルス/田中 芳樹
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隣国の王位争いを無事納めたアラスラーンはいよいよ王都奪還へ赴こうとするが、
今度は北の隣国トゥラーンが急襲してくる。
その対応に追われている間、銀仮面は王の証の宝剣を手に入れようとする。

この巻で好きなのは表紙です(笑)
知ってる人は、↑の表紙がいかにファニーかわかることでしょう。

この巻が、一番中身がドラマチックでびっくりするかも。
アルスラーンより印象の強烈な、父王アンドラゴラスの超人的活躍&冷酷な行動が。
銀仮面卿の仄かなロマンスが。

アンドラゴラスがちょっとした隙を突いて逃げ出したくだりはびっくり。
最強過ぎない?
王としての前に、人間として超人だよね…
いくらなんでも、助け出すべき人が自力で逃げてきて、しかも、主人公を放逐してしまうなんて
めちゃ意外な展開だった。
主人公の不幸で孤独な境遇は結構好き。
応援しちゃうもんね。
その次の展開も、明るい港町で、いままでの砂にまみれた世界と違って気分一新。
若干展開に飽きてきたところだったから、外伝風で楽しい。

けども、敵役がちょっと唐突で役不足かなぁ。
最強すぎるナルサスの敵役と見せかけて、全然、役不足。
まず、なんで、志を違えたのかが全く描かれていないから、説得力に欠けるし、
憎悪の強さはともかく、行動がちょっと馬鹿すぎて閉口。
体よく放逐されてしまったアルスラーンが、逆境を利用して最高の後ろ盾を手に入れるのは
歴史物なんだ、って視点から見ると、スカッとするけど、
普通の創作物語(偽史とも考えず)としてみると、ご都合主義が気になる。
そうそう上手いこと海賊とか来ないだろ?とか。
このへんから雲行きが怪しくなってくるんだよね…
散りばめられた秘密や、先行き、キャラが気になって読んでしまうけど、
物語そのものの面白さがバランスが崩れ始めて、飽きがくる。

特に、キシュワードのエピソードはやばすぎ。
強引過ぎるよ。
どれだけ突っ込めばいいんだ。

まず、キシュワードの部屋に手紙があったのはいいとしよう。
でも、なんで、あんな見つかりやすく、落ちやすいところにあったのが今まで見つからなかったのか?
そして、あんなナイスタイミングで、どうやって王妃は分かったのか?内容まで。
超能力者?超能力者なの?!
王もなんで、一緒に来てるんだ。
伏線の回収に失敗したとしか思えない。
”あの手紙は結局見つかりませんでした。”で別に普通に納得してたのに。

ラストもうひとつ。
マルヤムの王女さま。
このひとのエピソードは一途な恋で好きなんだけど、もうちょっと丁寧に描いて欲しかったなぁ。
ヒルメスの対応あたりを。
どれだけクールな男なんだよ…
まぁそこが格好いいんかもしんないけど。
ヒルメスのダークヒーローっぷりってすっごくおいしいから、読者人気も高いと思うんだけど。
色恋はやっぱり読んでて楽しいから、メルレイン含めてじっくり書いて欲しかった。
まぁ、通常の作家なら相当数ページ裂きそうなこのエピソードすら、
あっさり書き飛ばしてしまうのが、田中芳樹のいいところなのかもしんないけど。

というわけで、アルスラーン戦記がすっごく面白いのは5巻までかな。