- ヴィーナス・プラスX (未来の文学)/シオドア スタージョン
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チャーリー・ジョンズが気が付くと、愛するローラや、アメリカはなく、銀色の空の下にいた。
人に似て、人で無い、男とも女ともつかない人々はいう。
「私たちの文明を評価してください。そうすればあなたは戻れます」と。
面白かった!
読みにくい箇所もあったけど、奇想のわりにはキャラクターが魅力的で、
最後の唖然とする仕かけも良かった。
SF嫌いだっていう人は、日常からかけ離れた設定に感情移入できないからイヤだって良く言うけど、
これはその典型かも。
主役は60年代のアメリカ人男性で、その時代のアメリカの風俗もテンポ良く差し挟まれているけれど、
現代ジャパニーズには理解は出来ても共感し辛い。
のみならず、大筋は異世界レダム。
想像するのが困難な奇天烈な装束、奇妙な風貌の人々。
特に、異界の技術説明なんかはちんぷんかんぷん。
昨日のトースターみたいに、実在の科学者の実在の理論ならまだいいんだけど。
だけどかなり面白く読めたのは、上に書いたようにキャラクターが親しみやすかったから。
かなし頭脳名明晰なことを別にすれば、ごく庶民的な男が主人公だし、
なにより、レダム人が和む。
常に丁寧でとても親切、親しみのこもったユーモアを持っていて、
人好きのする人と会話しているみたいな心地よさがある。
紹介されるものは奇妙奇天烈な文化だけど、普通の人間チャーリーに紹介する形なので、
異世界に住む人々の冒険、なんて前提の話よりかは読みやすい。
それに、目が離れていて馬鼻、なんて事を除けばほぼ人間のレダム人。
いつしか、頭の中で普通の人間がイメージされてて、そうしておけば全然読みやすい。
フィロスが特に好きかな。
一番親切で、それでいて謎めいた影があるから。
そして、ほんの少し差別されてる。
この微妙な差異がなんとなく不穏。
その他すべてにおいてレダム人は怒りも憎しみも、およそ暗い感情は持たないようなのに。
しかし、オチがこうくるとは思わなかった。
すっかり、レダムが気に入ってしまってから、思いもよらない、衝撃の真実が明らかにされ、
それによる、チャーリーの耳を塞ぎたくなるような言葉と、
理想的に思えたレダム人の裏側を見てしまうから。
スタージョン、一体どういう頭してるんだろ…
あとがきに、参考書籍が載っているけれど、これ全部読んだとしても、
こんな発想はでてこないと自信を持っていえる(笑)
それになにより思ったのは、こんな突拍子も無いことを考えて、
素晴らしい小説にすることの出来る人物が職を転々としていたこと。
世界レベルで素晴らしい物語が書けたとしても、食ってけるとは限らないんだなぁ、としみじみ。
まぁ、一度売れればオンリー小説家でやってけるわけだけども。
主題の性差ってのは、考えさせられた。
男女の違いについて、イライラしたり、考えたり、”地図の読めない女、話を聞かない男”なんてものを
読んだりはするけれど、
”違いよりも相似の方が多い”
なんてことは考えたこともなかった。
言われて見ればそうかも。
なのに、些細な違い、大きな違い、あげつらってとにかく差別化を図るのは、スタージョンの言うとおり
人類の病なのかもねぇ。
あと、文明は遺伝子によって継承されない、ってテーマもはっとした。
つまり、電力が使えなくなれば、現代の人々は何も出来ないということ。
米の作り方、肉のさばき方、住居を作る、服を作る、
そんなこと、何ひとつとして出来ない。
いくらかの専門職の人は出来るかもしれないけど、大多数の一般人には無理。
ある種のエネルギーが完全に使えなくなれば、穴居人と同じレベルまで後退するしかない。
つまり、人間はほとんど進化していないといっていい。
現代人の赤ちゃんが古代ローマにタイムスリップしたら、何事もなく古代ローマ人として成長していくだろうし、
逆をとっても同じ事。
技術は確かに、発達してきたといえるかもしれないだろうけど、人間それ自体はなんら変わっていない。
むしろ、サバイバル技能や、”生きる力”は後退していると言ってもいい。
そんなこと考えたことなかったけど、指摘されてみるとぞっとする。
50年前は戦争の時代だった。
ということは、これから50年後はどんなことが起こっているかわからない。
そのとき、無事に生き延びていけるのか?とか。
ボーイ&ガールスカウトみたいな、キャンプ技術って必要かもねぇ…
訳者のあとがきでもあったけど、ちらほら見えるテーマは現代日本人にとっては多少陳腐に思えるもの。
つまり、核戦争の恐怖や、両性具有といった。
それはその時代のリアルな恐怖のあまり繰り返され、消費されつくしてしまったテーマなせいでもあるし、
日本の漫画家、小説家が好んで繰り返したテーマでもあるし。
あと、ユートピア幻想にチラリとナウシカを見てみたり。
漫画版のラストは、贖罪のための人類、罪を知らない人類、といった構造だったから。
そこで、罪を知らず、完全に善良なる人類、てのを全否定して破壊しちゃったのが
ナウシカのすごいとこだけど…
少なくとも、『人間以上』よりはずっと読みやすいし、面白かった。
50年近く前に書かれた本なんだよね、これ…
そこから何か変わったか?ていえば、特に何も変わらない。
スタージョン並みの思考力が欲しいなぁ…