知の侮辱(2)・・・森林はCO2を吸収しない | お手伝いさんたちのブログ

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中部大学 武田邦彦先生のブログの中で、音声収録のみのものをテキスト化して掲載しています。
テキスト化及び掲載にあたっては先生から許可を頂いています。

知の侮辱(2)・・・森林はCO2を吸収しない (2/5)


このことを「知の侮辱」の最初に書こうと思ったのは、理由があります。今から10年ほど前でしょうか、小泉純一郎内閣の時です。当時、政府に「科学技術戦略会議」というのがあり、ノーベル賞学者や東大教授が多く名前を連ねていました。



ある学問のシンポジウムで、私が環境と国際関係の話をしたのですが、それをお聞きになっている人の中に科学技術戦略会議の議員の先生がおられました。実直な先生でしたから、私が「森林はCO2など吸収しないのに、このような科学的な間違いが蔓延するのは科学者として残念だ」ということを言いましたら、話の後で真っ先に手を上げられて「森林がCO2を吸収しないって本当ですか?!」と言われました。





その時、私は懇切丁寧にその理由を説明しましたが、十分には理解されなかったと思います。それでも、「これは大変なことだ。本当に武田先生の言われることがただしければ・・・、科学技術戦略会議では吸収すると言っていた!!大変なことだ!」と言われました。


「科学技術戦略会議」とは「正しい科学技術の認識のもとで日本国家の方針を決める」という会議ですから、そこで科学技術に反することが前提になるとは考えてもおられなかったのでしょう。

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1997年の京都議定書で、日本は国際的に大きな不利を被りました。このことを少しでも回復しなければならない環境省は、日本が削減すべきマイナス6%(6%は形式的な数値で本当はマイナス19%)を実質的に減らすために国際会議で「森林吸収分を参入する」という交渉をしました。


ヨーロッパ勢は日本だけが不利だったのですから「ま、しかたないか」ということで「科学的には無関係だが認める」というコメントを出しています。いわば国際的にも日本の恥をさらしたことになります。


これに基づいて政府は国際的な間違いを国内に持ち込まざるを得なくなり、「森林の働きでCO2を減らす」という非科学的方針を打ち出したのです。これに乗ったのが、森林関係のお金を取ることができる林野庁や森林総合研究所、森林関係の学者などでした。


すべてはお金で動く時代ですから、その人たちが一斉に「森林はCO2を吸収する」と言い始め、マスコミはそれに追従し、ついに子供たちまで科学的な間違いを教え始めたのです。学問的に間違ったことが社会的な常識になったのです。

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これについて私が名古屋市の経営アドバイザーになった時に、一つのもめ事がありました。当時、名古屋市は(どういう理由か)CO2の削減を市民に指導していました。その一環として名古屋市でもっとも賑やかな「栄の交差点」に大きな「CO2監視計」を市民の税金で作っていたのです。


私が正しい経営のアドバイザーとして「CO2の濃度を測定しても意味がないですよ」と言いましたら、担当室長は色をなして「先生!なに言っているのですかっ!そばに樹木があって昼間は光合成でCO2を吸収するから値が低くなって、夜は光合成が止まるのでCO2が増えているんですっ!小学生や中学生にCO2と樹木のことを教えるのに役に立っていますっ!」と言いました。


これこそロンドン天文台長が「現代社会では自分の学問に忠実な学者は絶滅した」と言った意味なのです。社会に誤解が蔓延し、それに学者が合わせて生活をする。だから、誰も学問的に間違ったことでも指摘できなくなるのです。


昼間にCO2が減って、夜、光合成が止まるのでCO2が上がるのは確かですが、それは「樹木がCO2を吸収する」ということにはなりません。樹木がCO2を吸収するのなら「昼と夜の合計」を測定して、その増減を調べなければならないのであり、「昼と夜の差」を調べても結果は得られないのです。


もちろん、栄の交差点はオープンな場所ですから測定自体がCO2の増減を調べることはできないという基本的な問題もあります。



「科学的な心」というものの一つは、「何を測定したら何が判るか」ということですから、残念ながら名古屋・栄のCO2計は「子供たちの科学の心を破壊する」ものなのです。これでは先生方が一所懸命「科学の心」を教えても、子供は成長しないでしょう。



お金で子供の発達を阻害するという典型的な例の一つだったのです。

(平成24年2月5日)

--------ここから音声内容--------



ええと、あの「知の侮辱」の例はですね、いくらでもあるもんですから、どれからいこうかなと思いましたんですが。やっぱりあの、「森林はCO2を吸収しない」という、科学的事実からいきたいと思いますが、それはどうしてかって言いますとですね、今から10年ほど前に、小泉純一郎の内閣のときだったと思いますが、「科学技術戦略会議」っていうのが内閣にあってですね。そこにノーベル賞学者とか東大教授の多くがですね、名前を連ねておりました。





ま、そういう状況の中で全然違うとこですが、私がある学問のシンポジウムでですね、「森林はCO2など吸収しないのに、このような科学的な間違ったことが社会に蔓延してるのは、科学的に残念である。科学者として」と、そういう話を致しましたら、そこにですね、ちょうどその科学技術戦略会議の議員の先生がおられたんですよ。




その先生は割合と正直な先生なので、ビックリされましてですね、「森林がCO2を吸収しないって、本当ですか!?」と言われたんですね。私はそりゃまぁ一応、懇切丁寧にご説明しましたが、ま、お年を召していたこともあるんでしょうね。それからやっぱり、国家が嘘をつくということを信じられなかった、というような顔をされてましたけども。




ただ、一応私がそう言った、ということはご理解されてですね、「これは大変なことだ。ほんとに武田先生の言われる通りだったら、大変だ!」と、まぁいうふうにですね、何度も言われたことを記憶しております。「科学技術戦略会議」っていうのはですね、「日本でも科学技術については正しい認識をして国家の方針を決める」っていう会議ですから。そこでですね、こんな易しい問題、間違って議論しててですね、それが科学技術戦略会議ってことはありませんですね。





しかし、これは生い立ちから政治的でありまして、1997年の京都議定書で、日本は国際的に不利を被りました。日本だけが不利を被った、と言ってもいいんですね。ま、それを補正するためにですね、国際会議で日本がですね、「森林の吸収分を認めてくれよ」と、こう頼むんですよ。これに対して、ヨーロッパ勢は“ま、しょうがないかな”というんでですね、えー、「科学的には無関係だから」というのは、公式にはコメント出してますね。ま、国際的な恥を晒してるわけであります。





ま、そういうことしたわけですから、今度は国内を騙すということで、「森林の働きでCO2を減らす」っていう基本政策が出るんですね。これはもう森林関係者、全部乗っちゃうんですよ。これはま、お金が取れますから。林野庁とか森林総合研究所、森林関係の学者、ま、こん中には良心的な学者が、何名かおられたと思うんですが。お金の力には抵抗できませんから、同意するんですね。




で、一斉に「森林がCO2を吸収する」ってことになります。マスコミはもちろんそれに追従しますし、教科書に載って、子どもたちに間違いを教えるわけですね、残念でした。今でもそういう人がいるかもしれません。ちょっとこの頃は冷静になりましたから、ま、少しは揺り戻してるとは思いますけどね。



このことで私はですね、思い出があります。名古屋市の経営アドバイザーになったときですね、名古屋市がどういう理由かCO2の削減の指導をしてるんですよ。なんで、名古屋市が指導するのか?名古屋市政にはCO2関係ないんですけどね。一応、ま、何か仕事が必要だったんでしょう。




栄という、東京で言えば銀座みたいなところの交差点にですね、「CO2の監視計」があったんですね、市民の税金で。私はまぁ、経営アドバイザーですからね、正しく言わなきゃいけませんから、「CO2の濃度を測定して、温暖化に関係ないから意味ないですよ」と、こう言ったんです。




そしたら、担当室長がですね、ちょっと色をなしましてね、「何言ってんですか!」と。「先生はそんなことも分かんないんですか!?近くに樹木があるんです。昼は光合成でCO2を吸収して値が低くなって、夜は光合成が止まるのでCO2が増えてるんですよ」と。「これをもう見たら、小学生や中学生が樹木がCO2を吸収するっていうの、分かるんですよ」、っと言ってるんですよね。

もちろん、そんなことを名古屋市がやんなきゃいけないかってことに、まず問題あるんですね。だけど、まぁそりゃ、いいとしましょう。



ま、これこそが、私が最初に天文台長が言ったことを紹介しましたが、「現代社会では、自分の学問に忠実な学者は絶滅したんだ」という、まぁ彼の嘆きですね。社会に誤解が蔓延したときに、学者がそれに合わせる、そして社会の常識になると、誰も学問的に間違ったことを指摘することはできない、というですね、恐ろしい社会ですね。恐ろしい社会ですよ、ほんとにこれは恐ろしいと思います。正に「魔女狩り」というのは、中世の「魔女狩り」はそうでしたね。私がこういうことを思い出す度に、“あー、「魔女狩り」のまた嫌な社会になったか”というふうに思います。




えーちょっと難しいんですが。これは子どもたちに、ちゃんと教えなきゃいけないことなんですが。ま、もちろん光合成しますから、昼間にCO2が木のそばでは減ってですね、夜は光合成が止まるのでCO2が上がるというのは、それは確かなんですね。しかしこれは、樹木がCO2を吸収するという実験でも何でもありません。




樹木がCO2を吸収するなら、「昼と夜の合計」を測定して、その日ごとの増減を調べて、ま、1万年ぐらい調べれば、あるいはその樹木の吸収分が出てくるかもしれません。「昼と夜の差」というのは何の意味もありません。木がそばにあっても、木がなくても、昼と夜の差は同じです。ただ、木がなければ平坦であって、昼が減って夜が増えるということはなく、樹木が近くにあると昼が増えて(減って?)夜が上がるということはあります。つまり、樹木が昼吸収した分、夜、放出しますから。合計は変わらないわけですね。





しかし、もう一つの問題は、もちろん、こういうオープンな場所でそういうことを測定してもですね、空気中のCO2の拡散という問題がありますので、もともとCO2の増減は調べられないということがあります。



今、日本では、理科系、文科系と分けているために、このことはですね、おそらく文科系の方がこれを聞くとちょっと難しいかもしれません。これ難しいのはですね、日本人の場合こう考えますね、「私は文科系だから、こういうことが分からない」と諦める人がいます。それはそうじゃないんですね。学校で「理科の心」を教わらなかったからなんですよ。




もちろん私もね、実は漢字をもし教わんなかったら、新聞読めません。だから教育っていうのはですね、受けなければ分からないんですよ。もともと、その人に備わったものもありますけどね。だけど本当は、こういうことは簡単に理解できるんです。ところが、理科系、文科系分けてしまいますのと、それから、理科の本質を教えずに計算の仕方を教えちゃうもんですからね。そういうことで、こういうことが理解できないわけであります。



えー、「科学的な心」っていうのはいっぱいあるんですけど。その一つはですね、「何を測定したら、何が判るのか?」ということを教えるんですね、子どもに。そうすると子どもたちはですね、「これを測定したら、これが判る!」とかいうことになって、「魔女狩り」みたいなことは起こらない。つまり、「普通のおばさんが、突然魔女になるってことはないんだ」ということを知るんですね。




ま、その意味では、名古屋の栄のCO2計っていうのは、「子どもたちの科学の心を破壊する」もので、私はもう許し難いんですけどね。こんなことでね、血圧上げてたら、もうこの世は住んでいけないのでしょうがないから、「チッ、何あなた言ってんですか!?」なんていうんで、終わりましたけどね。



だけど、言わばその室長とは、喧嘩別れになったわけですが、私は徹底的に喧嘩すべきなのかな? えー、日本の子どもたちを守るためには、喧嘩すべきなのかな・・・と思ったりもしますね。えー、非常に残念な感じが致しますが、これも「知の侮辱」って言うかですね、まぁあの、ほんとに人間の知恵というものが侮辱されてるなぁと、感じる瞬間でありました。


(文字起こし by danielle)