「村上春樹的ドラキュラな話」
「あなたは神を信じますか?」
それは唐突な質問だった。
駅の改札口で午後5時に待ち合わせをしていた僕は、
黒い服に黒のソックス、黒い靴に青のバッグを肩に掛け
赤い本を手にした、とても黒好きな女性に呼止められたのだ。
年齢は20代前半くらい、髪をまとめ化粧も控え目で、実に地味な感じだった。
駅前での、この手の声かけは、宗教の勧誘とか、
キャッチと呼ばれるセールスだろうと思ったので、
「信じませんね」と、はっきり答えた。
どんなに彼女がチャーミングであっても
壺を売り込まれるのはゴメンだからだ。しかし、彼女は違っていた。
「それでは、霊は信じますか?」と聞いてきたのだ。
僕はそんな切り返しを予想していなかったから
「存在するような気もする」と素直に答えてしまった。
すると彼女は目を輝かせて、「神は信じないけれど、霊魂は信じるんですね?」ときた。
ここまできたらシラをきることもできない。
「昔、霊のようなものをみたことがある。子供の頃だったけど。
だからいないとは、言い切れないな」と言った。
彼女は、ふ~んと言い。
「村上春樹さんのカンガルー日和を読んだことがありますか?」
と突然話を変えた。
これもあまりに唐突な質問だが、
僕もいくらかは落ち着いてきたので「ありますが」と腕時計を見ながら答えた。
実際、待ち合わせ時間を10分過ぎているのだ。
「待ち合わせですか?」と彼女に聞かれて
「そうです」と素直に答えてしまう。12年間の義務教育の習慣は、
だれも抜けないものだ。聞かれたことは、無視できない。
僕は再び腕時計を見て、時間がないことをアピールした。
「もう少しいいですか?」
と彼女に聞かれて、あまりに低姿勢なので、
「友達がくるまでなら」と答える。
実際、そんなに待つこともないだろうと思ったし、
何より村上春樹氏の話が気になっていたのだ。
だからあえて「カンガルー日和がどうかしました?」と僕から切り出した。
「その本には短編がいくつかあります」
僕も細かな話は覚えていないが、確に短編集である。
僕は頷いた。「それで?」
「あの中にドラキュラがタクシードライバーをしている話があります」
確にある。「そうだね」
「あの話って、本当に存在すると思いますか?」
彼女は赤い表紙の分厚い本を胸に抱えて、真剣な眼差しで僕に尋ねた。
「ありえないな。作者の創作さ」と僕は答えた。
「実は私、彼に血を吸われてしまったものなのです」
と彼女は言った。
その瞬間、気のせいかもしれないが、
周囲の気温が下がったような気がして小さく身震いした。
「へぇ、夕方でもドラキュラに血を吸われた人間が出歩くことがあるんだ」
と言った。
「ええ。正式には、私はドラキュラではないの。
ゾンビのようなもので、普通の人には危害を加えないし、
ガーリックトーストも好きよ」と彼女はチャーミングに微笑んだ。
「で、キミはここで何をしているのかな? 献血のお願いかい」
彼女はクスリと笑って「ミサの参加をお願いしているの」と答えた。
「ミサ?」僕は両手をポケットに突っ込み、肩をつぼめた。
「そう」彼女はそう言うと青のバッグの中からA4の紙を取りだし、僕に渡した。
「そこに書いてある場所で、今夜、神聖な儀式があるの。
さっきも話したけど私はゾンビのようなものだから、
このままではいけなくて、霊魂になる必要があるの」
見ると、とあるホテル名と日時が書いてあった。
「生憎、今日は友達とこれから飲みに行くんだ」
と僕はチラシを彼女に返した。やはり宗教の勧誘らしい。
「残念ね」
と彼女は言い「この世界とのお別れに、
少しでも霊魂が存在することを伝えたかったのに」と呟いた。
「お別れ?」
「そう。私はその儀式で今夜、よみの国に召されるの」
僕はそれってヤバくないかと思いながら、
「まさか死ぬなんてことはないよね」と聞いた。
すると彼女はニコリと笑い「何を言うの、私はすでに死んでいるのよ」と言った。
僕たちの話はそこまでだった。
実はこの後、友達が来て、彼女は人混みに消えてしまったのだ。
「どうしたんだよ、今の彼女。ナンパか?」
と陽気に話しかける友達に
「カンガルー日和、おまえ、知ってるか?」
と僕は聞いた。
真剣に尋ねる僕に、友達は戸惑いながら首を横に振った。
「今度、黒づくめの服装で、赤い本を手にする女性に駅前で会ったら、」
僕は周囲を見回し、友達の耳に手をあてて言った。
「そいつは間違えなく幽霊だ。」
2013-01-14
「地底人は夜に現れる」
週一の朝のごみ出し。袋二つ分だよ。
ほとんどがコンビニで買った弁当の空箱とか、ペットボトルなんだけれど、
それにしても量が多い。ほんと僕が出したものだろうか?
朝、アパート前の集積所に持っていくのも、かったるい。
でも、そうしないと翌週が大変なことになる。
小中学生の頃に、映画やテレビアニメによく地底人が登場した。
古くはジュール・ヴェルヌの「地底旅行」だったし、
記憶にあるのは「ゴジラ対メガロ」のシートピア人。(海底人だけど)
実は僕たちが暮らす地上の下に、地底人たちがいて、
僕と同じような独り暮らしの独身男が、こっそり、ごみを地上に置いていく。
何しろ、地底ではごみ焼却場はないだろうし、
ごみを燃やすって、かなり煙いからね。
そうして僕はゴミ袋を両手にして、思わず、部屋を見回したのでした。
「ドラマみたいな言葉(セリフ)」
ドラマみたいなセリフを一度でもいいから、言ってみたい。
「きみのことは一生忘れない」
隅田川に架かる夕暮れの橋で、僕は彼女に最後の別れを告げる。
彼女は何も言わず背を向けて歩きだし、
僕の脳裏に、ふたりの思い出がフラッシュバックして、
思わず呼び止めたくなる。
でも、かたく口をつぐむんだ。
そこで、そうだ。
東方神起の曲をかけよう
『どうして君を好きになってしまったんだろう?』
あたりがいい。
僕は彼女が街の喧騒の中に消えていくのをそのまま見送る。
本当は二人っきりの場面がよかったけれど
都会では人がまったくいない場所なんて、ないから仕方ない。
カメラがリフトアップして、上から見下ろすように
撮影するのがいい。
僕はポケットから煙草を取り出し、火をつけ
彼女の消えた橋の真中で、空を仰ぎみる。
カメラが切り換り、日の暮れかかった空に星がひとつ映し出されて
再び、カメラが僕に寄る。
僕はため息といっしょに、煙を「ふーっ」と吐き出してみせる。
いい感じじゃん。
それから、それからは・・・
彼女とは違う方向に歩きだす。
うつむき加減でさ。
そこで、
ふっと、僕はひとの気配に足を止める。
カメラが僕の背後にパーンする―――
★
もちろん、現実には振り返っても彼女はいなかった。
そこに感傷的な音楽はなく、車の騒音ばかり
最後の僕の言葉は、「じゃあね」だったし、
それまでに、何度も彼女に別れる理由を聞いていた。
おまけに、僕は煙草が吸えない。


