「チョコなボク。アイスなママと一匹の犬」
(チョコ食べていい?)
と、ナナが聞いてきた。
居間で寝転がっていた時である。
「ダメ~」とすぐに答え、
テーブルの上のチョコの蓋を閉める。
(?・?)
ナナのこうした素朴な視線には、いつも困らせられる。
(なぜなの?)と理由を聞いてくるからだ。
「身体に良くないから」
ナナに背中を向けて、テレビを見ながら、そう答える。
しばらくすると、鼻を鳴らして、
(でも、ちょうだい)と、あらためて催促してきた。
どうやら納得できていないらしい。
彼女は徹底した動物平等論者なのだ。
「ダメ。」
(ちょうだい)
「ダ~メ。」
(ちょうだい)
「ダメったら、ダメなの。」
の返事で、(ワン!)とナナが吠えた。
だからボクは「う~っ」と、のたうち回る振りをしながら、
苦しみの声をあげてみせた。「食べたら、こうなるのだぞ」
それを見たナナは首を傾げている。
どうにも理解できないらしい。ばかな犬だ。
「だから、死んじゃうの。わん」
(?・?)
「三途の川を渡って、あの世に行くんだよ。わんわん」
声を大にしてそう言うと、ナナは尻尾を左右に振った。
「行く」の声で、どうやら散歩をイメージしたようだ。
「ち、が、う。散歩はすんだでしょ」
ボクは起き上がり、ナナの前にきちっと正座した。
「ワンちゃんはね。チョコを食べちゃダメなの。わかる?」
ナナの目をしっかり見据え、飼い主として、きちっと言い聞かせた。
目の前で、ナナがお手をする。
言い聞かせた際に、手を前に出したからだ。
「むむむ」
これでは完全に、ナナのいつものペースだ。
最終的にはターゲットを射止めるキャバ嬢的な悪賢さ。
でもチョコは犬の食べ物としてNGなのだ。
可哀そうだが、ここは最後の手段。
ボクは残りのチョコをすべて口の中に放り込んだ。
(チョコは少しずつ食べて美味しいものですから、
けっして真似しないで下さい。)
「はっはっは・・・」
空箱を見せる。
ナナは箱の匂いをひとしきり嗅ぐと(フン)と言い、ソファーに横になった。
やれやれ。
そこに、ママが買い物から帰ってきた。
ママは早々に買い物袋をキッチンに置き、
リビングに座ると、暑い暑いと言いながらカップアイスクリームを開けた。
ナナがムクっと起き上がり、ママのところにすっと走り寄る。
鼻も鳴らすことなく、静かにママの前にお座りした。
「いい子ね。ナナちゃん」とママが言い、
ナナはその言葉と同時に、スルリっとママの膝の上に乗った。
ママを見上げるようにして、哀願の目を向けている。
吠えない。
「お利口さんだから、ちょっとだけあげるね」
ママはスプーンに付いたバニラアイスを与えた。
そう。アイスは多少なら大丈夫なんだよね~
って、そこをわかっているのか! チミは!!
するとボクを見たママが「食べる?」と聞いてきたので、
「別に」と答えた。
「あら、パパったらイジケちゃって~」
とママが笑う。
はいはい。そうです、そうですとも。
こうして男と女たちの溝は深まっていくのだった。


