イラスト&ショートストーリー製作工場 -16ページ目

「男が引退を決意するとき」

“599本のホームランを打ち、シーズン半ばにして、

現役を引退するプロ野球選手のインタビューにて“


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地元地方局の小綺麗でグラマラスな女性インタビュアーは、

実況カメラの前で、現役を引退した男の労をねぎらいながらも、

新人にありがちな実直さと興味本位から、

「それでも、なぜ、あと1本を」と言葉を男に投げかけた。

引退試合後のテレビ中継での話だ。


観客が疎らになった球場を見回しながら男は、

「プロの世界は厳しいからね」

と前置きをした。

そして、インタビュアーの胸元をチラ見してから、

こう続けた。


もし600本を打ったとしたら、ボクは、

650本は行けるだろうと思うタイプ人間なんだ。

チームは最下位だし、打率の低い俺がいつまでも4番

というわけには行かないだろう。

まして600という数字が特別な意味を持つわけでもない。

762本のバリー・ボンズには俺の年齢からして到底及ばないしね。

要は、

俺自身のふん切りの問題なのさ。それに。


「それに?」

彼女はあらためてマイクを差し向けた。


「それに、キミみたいなカワイ娘ちゃんに、なぜここで引退なのか

生涯、理由を聞かれることになるからだ」

と男は笑い、マイクを手で遠ざけると、

「ついでに、今晩、もう一打席立たせてもらいたいもんだ」

と彼女に耳打ちをした。


彼女はクスリと社交辞令的に笑い、

何事もなかったようにマイクを自分に戻した。

「そうですね。なるほど、惜しまれてやめる方が、

ファンの記憶に、いい意味で残りますよね」

そして彼女は返事を促すように、男にマイクを差し向けた。


男は肩をすくめると、全米に向けた実況カメラに向かい、

「その通りだ」と答えた。

いやはやこれは、本当の潮時だと男は思った。


「贅沢な悩み」

朝夕の電車通勤が大変なことは都心に通うひとなら、

だれでも理解できることだ。


僕は東西線を利用していて、通勤ラッシュを避けて

始発電車に乗っている。

それでも始発駅から僕の利用する駅に電車が着く頃には、

座席はすべて埋まってしまっている。


まぁ、ギュウギュウ詰めよりはマシだ。

そうして、眠い目を擦りながらドアに凭れて立つのが

毎朝のルーティンだ。


ところが、会社の同僚である彼は、

そんな僕とはかなり事情が違っていた。

彼は緑豊かな郊外に住み、ラッシュ時間帯にも係わらず、

まったく通勤で苦労したことがないそうだ。

東武伊勢崎線の遠方ではあるけれど、

8時台の電車であっても駅から座ることができ、

そのまま半蔵門線経由で大手町駅で降りる。

通勤は乗り換えの必要もない。


彼の話を聞いて、「キミが羨ましいよ」と僕は言う。

すると彼は肉球を舐めながら、

「そうでもないんだな」と苦笑いをした。


200キロを超す巨体の彼が、7人掛シートに座っていると

3人分を占領してしまい、周囲に気を使うという。

それでも座席に座る4人は、ラピングされたカツサンドみたいに

キュウキュウだけれども、文句の一つも言わない。

みんな下を向いて寝たふりをしているそうだ。

まぁ、ベンガルトラの彼がいくら周囲に気を使っていても、

まわりの人間はそんな風に取らない。


彼が居眠りをしていると左右の牙が剥き出しで、

それだけで、まわりは彼を起こさないよう細心の注意を払う。


だからどんな通勤ラッシュでも、彼のまわりには、

ちょっとした空間が出来てしまうのだ。


そんな彼も最近では座りっ放しが辛いと、ぼやく。

長時間座っていると、どうにも足腰が痛むらしい。

座席から立ち上がるのに、苦労するそうだ。


僕が「贅沢だよ」と言うと、

「まぁな」と彼は鼻面を長い舌でペロンと舐めた。


「若ければこんなこともないけど」

彼は身体をブルンと身震いさせてから、小さく笑った。


それなりに、みんな大変なんですよね。


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(東武伊勢崎線をご利用の方、実際には彼はトラではありません)




「雨、時々晴れて」

もし、世の中に「晴れ女、雨男」といった事象が実在するなら、

そんな二人がデートした時の天気について、

僕たちはどう考えればいいのだろうか?


これまでの僕の経験から言わせてもらえれば、

単純に「曇り」ということはなかった。


晴れだったり、雨だったり、晴れ後曇りだったり、いろいろ。

世間で言うところの、彼女は「晴れ女」で、

一方の僕は「雨男」と周囲から呼ばれていた。


「明日の天気は二人の感情のバランスによります」

と、モニターに映る気象予報士は天気図を指し示しながら

そう解説した。


もし、あなたがこのまま彼女と口げんかのまま放置したら

このように高気圧が西の海上に移動して、

日本列島に低気圧が停滞気味になり、

雨が降ったり止んだりの、ぐずついた天気になります。

気のきいた気象予報士なら、きっとそんな風に

丁寧に説明を付け加えてくれるに違いない。


「このままにしたら?」と僕は聞く。


「もちろん、のち雨です」

「そうなったら謝れば」


「雷を伴う風雨に注意して下さい」


「なら、デート止めよっかな。理由をつけて」

「それが一番良くありませんね、それこそ南洋上に低気圧が

発達した状態と考えて下さい。あとあとが大変です」


「のち、台風ですか?」


「進路しだいで、被害大です」


「なるほど」と僕。「なら、どうしたら」


「仕方ありませんね」

気象予報士は天気図をテーブルに広げながら、ため息を付いた。


「よろしくお願いします」


「やれやれ、梅雨時に天気を聞いてくるアイスクリーム屋さん

とまったく同じだ」と空を眺め、期待値が少なからずあるとぼやいた。


ということで、僕は気象予報士のアドバイスを受け
週末の天候が荒れないよう、絵文字入りのメールを

彼女にせっせと送った。


その結果というと、
台風にはならなかったものの、温帯低気圧となり

やはり雨だった。


それでも、午後には雲の合間から陽がさしたりして

虹も見ることができた。
まんざら雨も悪くないかもしれない。


「不要な雨などありません」

気象予報士は僕にそう言った。






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But there's one thing, I know



the blues they sent to meet me won't defeat me.



It won't be long 'till happiness steps up to greet me.



(J・B・トーマス「雨にぬれても」より)