「カバさんがバカなんて僕には思えない」
カバさんは、まわりのみんなからバカにされやすい。
太っちょでずんぐりむっくり
見てくれが悪いからだ。
大きなお口を開けると
上下左右の4本の歯が大きくて
なんだか、間抜けな感じ。
だから、人間の子供たちにまで
「自分のなまえを10回言ってみて」なんて
いじわるをされたりする。
でも僕は知っている。
カバさんは、実は動物の中で一番強いと言われていて
あのワニさんだって近寄れないんだ。
なのに、いばったりしない。
カバさんは一日の大半を池の中で過ごす。
水から目と鼻を出して、じっとしている。
とても平和主義者なんだ。
ひとにバカにされても、ひとの悪口を言わない。
寝て起きたら、そんなことは
どうでもよくなるんだって。
ある日、僕はそんなカバさんに
柵ごしに、小さく聞いたことがある。
「いじわるするひとにやり返したくならないの?」って。
すると、カバさんは大きなあくびをして
こう答えたんだ。
ボクは叩かれたりするのが
痛いことを知っているから、そうしない。
それにボクが叩いたら
痛いどころじゃないからね。
だってさ。
「1990年代の昔の、駅前でガールフレンドと待ち合わせることの問題点」
彼が20才の頃の話。
彼女と待ち合わせた駅前で
1時間以上も待ち惚けをしていた頃
待たせた当の彼女は
最寄りの駅から電車に乗ることができず
駅の改札前で、ないてしまったらしい。
当時は
携帯電話なんて便利なものはなかった。
事前のふたりの約束だけが頼りだった。
だから彼女は
彼に連絡の取りようがなくて
途方にくれてしまったらしい。
結局、その日
ふたりはデートができなかった。
でも、よくよく考えれば
彼が気を使えさえすれば、
そのようなことにはならなかったんだ。
その点、駅員さんたちは親切だった。
駅員さんは4人掛りで
必死に彼女のお尻を押したのだけれど、
彼女を電車に乗せることができなかった。
最終的に
彼女にあきらめるよう説得したらしい。
それはそうかもしれない。
少なくとも、週末の金曜で
夕方6時の渋谷駅前での
待ち合わせは基本的に避けるべきであり、
しかもゾウさんである彼女が山手線の
こみ合った電車に割り込むことなど
とうてい無理な話なのだ。
結局、彼女は駅前で2時間を費やし
トボト、いやドスドスと
家に帰ることになった。
先に話したように、普通に考えれば
たとえば彼が彼女のところに行けば
それで済む話だった。
彼女なら
「駅前交番の前で、何時何分」
といった約束をする必要はない。
彼女は、どこにいても目立つし
どこにいても注目の的だからだ。
しかし彼はそうはしなかった。
なぜなら、彼としては
どこにでもいるカップルのように
普通の恋愛をしたいのだ。
そのことが原因で
ふたりは、よくケンカにもなった。
そしてその後、ふたりがどうなったのか。
気になりますかね?
その後、ふたりは
人とはちょっと違った恋愛をして
わりと普通に結婚することができた。
結婚後の生活は
ちょっと不便なことはあるものの
わりと平凡な生活を送っていた。
ふたりは思う。
結婚して17年が経ち
そんな違いがあったからこそ、
「多少の時間はかかったけれど
今もこうして、ふたりでいる
のかもしれない」と。
環境の違いからくるケンカや
気軽に会えないことで
絆が深まることもあるのだ。
この頃の地震で
築30年の借家の耐震が気にはなるが
たいした問題でもない。
家屋が倒れたとしても彼女がそばにいれば
なんてことはないからだ。
良いこともあれば、悪いこともある。
そんな当たり前のことに
今さら、気付かされるのだった。
彼女もまた年を取り、最近では
「冬場は苦手、歩くのもままならないの」
と、長い鼻で膝をさすりながら
そうぼやいた。


