イラスト&ショートストーリー製作工場 -11ページ目

「やれやれな恋の相談」

どんどこしてどっこいしょな恋の話をしていたら

「やれやれな症状が少し出てきたのだけれど

どうしたらいいでしょうか? 

結婚しても大丈夫ですか?」

と、ある男性に相談された。


僕はやれやれな症状は仕方ないことだから

そうなったら受け入れるしかないし

やれやれは特別なものではないと答えた。


しかし、その時の相談相手の顔が

ひどく疲れて見えたので本人が思っているよりも

かなりやれやれ度が進行しているな

と僕は思った。


そのことを本人に言うと

症状がかえって悪化することがあるので、

僕はそのまま黙っていたのだ。


前にも言ったけれど、

やれやれは当人の考え方次第で変わる。

相手に見返りを求めなければ

けっして発症することはないのだ。


でも、そんな風にできる人間はめったにいない。

だからやれやれな状況になるのは

「当たり前」と考えられればいい。


そう考えたら楽になると

僕は前回説明したつもりだったが、

かえって、いろいろなひとの

不安を煽ってしまったらしい。

ごめんなさい。


でも、これはけっして他人事ではないのだ。

状況によっては、あなたも被害者、

あるいは加害者にもなりえる。

いや、いや

だれもがすでにどちらかになっている

と考えた方が正しいかもしれない。


夫婦であればなおさら

一緒に生活すれば当然なことなのだ。

そこで、症状がさらに悪化しないような

予防処置が必要になる。

つまり、理屈はインフルエンザと同じ。


うがいや手洗いを毎日するように

「愛しているよ」とは日本人の性格上、言えない。

しかし「ありがとう」とか「美味しいよ」くらいは

だれにでも言葉にはできる。

つまり大事に至らないための処置。

これを小まめにやる。


僕の場合でも、そんな甲斐もなく

「何でどうして? 信じられな~い」

を妻が発症したりします。

だから100%とは言えない。


若いころなら、キッスが一番(のワクチン)ですが

年齢を経ると、かえって疑われたり怒られたり

たまに殴られたりしますので

気を付けて下さい。


それでも最終的には理屈抜きに「ごめん」を使えば

なんとかなります。



 

「やれやれな恋に落ちたら」

どっこいしょで、やれやれな恋については

幸せな結末をあまり期待しない方がいい。

なぜなら、どんどこしてどっこいしょで

やれやれなことが、日常だからである。


概ね結婚して2、3年目で発症するケースが多く

治療期間も長くなることが普通で

お医者さんも「そういうものです」と大概言う。


しかし、時に嬉しいこともある。

たとえば、朝の通勤前に

年少組の娘を幼稚園におくった時

「やさしいパパと結婚する」と言われたり、

マンションのエレベーター前で

両手いっぱいに買い物袋を抱えていた時に

若い女性に「大変ですね」なんて

降りる階を押してもらえたりすると、

ちょっと幸せな気分になる。これ大事。


そんな、ほんの些細なことに幸せを感じられなければ

やがて厄介なことになる。

どんどこしてどっこいしょで、やれやれな恋は

我慢することが大前提なのだ。


小さなことに、いちいち不平不満を感じていたら

「なぜ、どうして?」が進行する。

一番いいのは忘れることだが

神経質な性格でなくても

毎日顔を突き合わせていると

これがなかなか難しい。


やがて我慢することが幸せなのか

我慢しないことが幸せなのか、わからなくなる。

そうしたことが往々にしてある。


しかも、それを生涯をやり遂げた人

途中であきらめた人がいて、

それぞれの感想を聞くと

「良かった」「悪かった」の答えがマチマチで

正解なんてないから質が悪い。


なので、今現在、やれやれな恋が

重篤になっている人には申し訳ないが

「大変だよね」としか言えない。

ただ、言えることは


「さて、その行くすえは・・・」なんて

悠長に言っていられないあなた。

自分が「とても不幸だ

と考えているかもしれないけれど

どちらかというと

「普通」とだけ言っておきます。



たとえば、プルートも言わば

「やれやれな恋」の犠牲者のひとり。

「どっこいしょで、やれやれな恋の不幸な結末」

「どんどこしょどっこいしょな恋」をすると

経験したものでしか、わからないくらい

辛い思いをすることがある。


それはおじいちゃんおばあちゃんが、

どっこいしょして立ち上がった後に

腰を叩くくらいでは

おさまりがつかないくらい

かなり、やれやれなことなのだ。


恋とは盲目で代償をいとわないないもの。

最初に口にしたのは誰だか知らないけれど

そんな風に言われている。


確かに恋人に頼まれたら

結構大変なことでも喜んでやることがある。

たとえば、ガールフレンドが

友人の結婚式の二次会に行き、

自宅に帰る電車がなくなってしまう。

当人から「どうしよう?」

そんな電話がかかってきたら

翌日仕事であっても

東京から名古屋に向かって東名高速をどんどこと

ひた走ったりもする。

それがどっこいしょな恋というものだ。


そのパワーが、ある時

ふっと「あれ?」となる時がある。

「明日、仕事なんだよな・・・」

そう感じた時から、やれやれの症状が

フツフツと出始める。


症状の重さや潜伏期間は人それぞれで

中には奇跡的に発症せずに

幸せな人生を送る人もいるが、

たいがいは掛かる。


だから、やれやれの症状は

むしろ当たり前と考えた方がいい。

問題はやれやれでおさまらずに

「何で」「どうして」と疑問符が文末に付き

次行で「信じられな~い」となることだ。


そうなってくると

相手への思いより自分への思いが勝ち、

「どんどこしてどっこいしょで、やれやれな恋」

の終わりとなるのだ。


僕はこの一連の症例を

「どっこいしょで、やれやれ、

何で、どうして? 信じられ~ないで、恋の終り」

そんな風に呼んでいる。



呼び方が長いけれど

この手の恋愛を経験したひとなら

きっと、わかってくれると思います。