日記 がんばれと言えない医者
みなさん、ご存じですか?
『頑張れ』、という言葉の重みを。
夢を追いかける人に、医者は『頑張れ』と言えます。
けれど、『どうしても言ってはいけない時もある』。
今現在の医療において常識となりつつありますが
医者は、死に面するような病気の人が心くじけそうになっても、
『がんばれ』と、もっともポピュラーな応援は、簡単にはできないのです・・・・・。
それは、実はとっても辛いことですし、難しいことです。
目の前で、患者さんがつらそうにしている。
ならば、『がんばろうよ』と言いたくなるのは人の常。
大切で、大事で、助けたくて、死んで欲しくなくて、・・・・
それでなくても、何とか心を救ってあげたくて・・・・
それでも言えない・・・がんばるとは大きな言葉なんです。
がんばる
この言葉の何と奥深きことか・・・
頑張るとは、頑なに気を張っていく。と、書きます。
頑張るとは、時に努力を意味します。
頑張るとは、時に耐え忍ぶことを指します。
頑張るとは時に、その人のどうにもならないことであってもその人に努力を要求します。
夢には、努力が必要です。だから、がんばれ。は、正しい応援の仕方なのでしょう。
ただし、医療現場では違う。
今、現在、生きて暮らしている患者さんはすでにみんな、がんばっている方たちです。
普通に暮らしていては忘れてしまいがちですが
生きるということは、並大抵のことではないんです。
そんな、患者さんたちに、私たちは、『がんばれ!』なんてことは軽々しく言えない。
だってそうでしょう?
頑張って、頑張って、がんばって!・・・それでも心が折れそうな人に・・・『頑張れ…』なんて、ただの重しになりかねない
頑張れとは、頑なに気を張っていくと書く、
ぴんぴんに張った糸をさらに引っ張れば切れてしまうように
そんな張りつめた心に、それ以上の重しをのせることは・・・我々にはできない。
『どうして!?私は、もうこんなにも頑張っているのに!?』
その通りです。
けれど、医者はそんなとき、言えるkとだってあります。『がんばれ』とは、言えませんが
応援することはできるのです。
だから、いつもこう言います。「一緒に戦っていきましょう」。
そういいます。
一人では頑張らせない。僕たちは集団で生活する生き物です。
僕たちは、社会を作ってみんなで暮す生き物です。
僕たちは、一人ではか弱い、一人では生きていけない。
だから、けっして「ひとりで無理してほしくない」、
医者は、患者さんの『味方』であることで、応援するんです。
味方を作ってください。
たとえ、それがネット上だけの存在でも良い。
すべての『頑張っている』人へ、抗うのに疲れたら、立ち止まって味方を探してください。
あなたを心配してくれる人が、必ずどこかに存在するはず。
ぼくは・・・・・
ぼくは、すべての頑張っている人の味方です。
夢を追いかける人たちへ―頑張ってください。
だけど、本当に疲れた時は、がんばるとか・・・がんばらないとか・・・・そんなことは忘れて
思いっきり、自分の味方をみつけて・・・・『共にあることを実感してください』
『あなたは決して一人じゃない』・・・『僕らは繋がっている生き物です』
説明しとかないと
今日掲載した
事件二日後に関して一つ
最初にCross- side Judas
と入っていると思います。
基本的に、クルクルは、その章の主人公の視点で描かれますが
他の章の主人公の視点が時々介入してくることがあります。
それは、他の章の伏線も兼ねているわけです。
このシーンを覚えていて、また違う章で似たような場面があったとき
ああ、ここではこう言ってたけど、こういうことだったのね、と新しい発見ができるようにしてあります。
まぁ、まだ一章を掲載中なので、そういう楽しみ方はまだできませんけど。
また、第二章の掲載が始まったら探してみてください。
特に、このシーン。
交差した部分を見て、その章の全文が読み終わった後、もう一度読み直すと・・・・
これ以降は、その時の『細かすぎて伝わらない作者のこだわりコーナー』にて、いずれ書くと思いますので
よろしくお願いします。
日記 新塵碕行長寿化計画
はじめに執筆状況絵おご報告・・・
以前にもご報告しましたが
第二章はすでに書きあがっており
現在、第一章をこちらで掲載させてもらっているわけですが
現在第三章をやっとこさ書き始めたところ
執筆は楽しい
このKuRU/KuRUという作品を書いていて面白いところは
全章、あわせて
はじめてやっと一本のまとまったストーリーになりつつ
かつ、
章ごとに、小説のジャンルと主人公が変わるということなんです。
いろんな、ジャンルの小説をひとつの物語の中で書けるというのは結構楽しいものでして
くるくる展開を変えていくのが新鮮で、書いてて飽きが来ないのがとてもいい感じなわけですが
同時に、変わらないものがありまして
それが時間軸
同じ時間軸上で、それぞれの章で各主人公が別々の動きを見せるので
ほかの主人公の走行妨害にならないようにするのが結構大変
この世界の舞台は2008年の12月という設定なので
手帳のカレンダーのページを使って休み時間に誰にも気づかれずにプロットを書き
京都、大阪、兵庫など、関西圏にて舞台のモチーフとなる景色の映像を確認して
思想とか概念とか、伝奇的な雰囲気を出そうとすると伝説や逸話の考察とかも結構むつかしく
やんや、やんやと、大まかなストーリーの基礎を組み立てたのが結局大学一年生の夏休みだったため。
結構詳しく詰め込んだメモ帳に書いてあることも、結構忘れ気味。
そうすると、時間上のキャラの詳しい動きをどうするつもりだったのか、とか
ややこしくした分だけ、今になって苦労しているわけです。
この第一章に関しても、真相編あわせて400文字原稿用紙にすると240ページほど
書くだけで五日をかけてありますが
苦労して書いてでも、楽しいから文句などありません。
そう言えば、どっかに書いてありましたが、本物の小説家さんたちってこの倍以上くらいはすらすら書くらしいですね。(どっかてどこだよ?)
驚き、なんという・・・タイプや筆のスピードなんか神速なんだろうな
さすがにプロは違うな、と感心する一方
楽しんで書くことが一番と、思うわけです。
まぁ、そんなたいそうなもの書いているわけじゃないから
ゆっくり書くとしましょうか。
趣味で書いてますし、できればこれがライフワークになれば、老後もボケずにすむかもしれん。
多趣味と友人を多く持つことが、ボケずに長生きする秘訣だと医学的にもわかっているわけですから。
あれ?でもこの趣味結構インドアだよな。外にも何か趣味を持とう。
武道関係のスポーツをメインにやってきたから、他のがいいな。
うん、とにかく僕の長寿化計画の一端として
これからも、僕のブログをよろしくお願いします。