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口コミ 死刑について考えてみる

ブログネタ:死刑について考えてみる 参加中
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正直申しますと、このテーマに関してはまだ、考えがまとまっておりません。

死刑についての独自の論を展開しようと思っても、戦争なんかと同じで情報が交錯しすぎて何が正しいのか、正直僕の未熟な目では捕らえきれません。

なので、この際、この場を借りて本当に考えていこうともいます。たぶん結論は出ませんけど。






■公共としての死刑の意義について考えてみる。

死刑の一つの意義として挙げられているのが、重刑による犯罪への牽制
人間は、ペナルティがあり、それが大きくなると、自制が働くので犯罪を犯しにくくなるという原理です。
これで言うなら、一番わかりやすいのは、
飲酒運転にかかわる法律なんかが、この物ズバリを得て
効果を上げている。
飲酒運転は確かに減った。


だが、


これをひっくり返す話もある。アメリカ合衆国において、死刑を廃止した州の犯罪率が、死刑のある州を下回っているのだ。


つまり、

死刑に抑止効果はない・・・という意見がある。

だが、これにも正直異論がある。


では、本当に、死刑をなくしたから犯罪率は減ったのかといえば
それは誰にもわからない。
こういう人もいる―もともと犯罪率の少ない州で死刑を廃止しただけだ
そうなると、話は鶏が先か卵が先かの話になってくる。

しかし、それを言うなら、死刑をなくしたから犯罪率が減ったという因果関係を否定するわけではないので・・・


結局のところ、この論争はデータ不足のうえ、今のところ、結論などでるものではないと考える。






■人間倫理としての死刑の意義



1、人間としての死刑
単純に、人間が人間を殺していいか?―という話だ。
はっきり言ってしまえば、良い訳がない。
正直、そんなことがまかり通れば、普通に暮らしてはいけない。
誰も幸せになれない。それは、結局戦争状況下と同じだ。
自分の精神をも殺してしまう。
アメリカが、イラクに侵攻した時、出兵した多くの兵士が、その特殊環境課にて精神病を患った。
PTSDと呼ばれるものだ。単純に言えば、―トラウマ―というやつの酷い物だと思ってくれればいい。
ただ、PTSD患者は、その後異常行動を起こすことが多い。
殺人事件に発展することもあれば、
急激に自己嫌悪に陥り、自殺するケース
はたまた、自分が常にだれかに狙われているという錯覚に陥り、外に出られなくなる人だっている。
兵士は、殺される側でもあるが、同時に殺す側でもある。
生き残ったのだから、結局のところ殺す側になったのであろう。
だが、殺す側とて、ただではない。自分を完全に破壊して帰ってくる。
人を殺すことは、自分を殺すことでもあるのだ。


殺していいはずがない。殺してはいけない。殺されてはいけない。

なにより、被害者になる可能性がある身として―殺されてたまるか。

ここで言うなら、死刑は倫理上、存在不可だ。
あってはいけない刑なのだ。


■死刑にまつわる人々にとっての死刑

1、被害者にとっての死刑
この刑が存続している最大の理由かもしれない。
被害者にとって、たとえば肉親が殺されたなどというものに関して
どうする?
否定できるか?
それはいけない事だと―そうは言えても、
それで被害者の心の在り方が収まるか?
別に、法律上の意義として死刑が存続する理由に
昔の日本にあった仇討の心情があるわけではない。
もし、あると思っていたら大きな間違いだ。
けれども、被害者にとっては、それを期待しているのではないのか?
当然、被害者の心の傷が、死刑によって癒されるわけではない。
むしろ、傷を深くするだけかもしれない。

そもそも、これを死刑うんぬんで語るのは無理があるのではなかろうか?


被害者の心の傷をいやせるのは、人であって、システムじゃない。


そうでなくても、国家は人ひとりの心の傷をいやせるなんていうシステムを生み出すことは不可能であろうし・・・・

2、加害者にとっての死刑
以前書いたこともあるけど、人間の良心は生半可なものじゃない。
罪は、加害者の起した結果であり
それに対して、罰は加害者のためのものなのだ。
つまり、加害者が望む死刑もあるのだ。
罪を犯した自分のことが許せない・・・故に自分に罰を与える。
そういうことをして、自分の心の安定を図ろうとする心理がある。
ただ、罰を与えても、それで誰かに許されるわけではない。
自分への罰は、曖昧すぎてわからないものだ。
だから、国家がはっきりとした形で罰を指定し与えてくれているのだ。
そういう考えからすれば、
死刑というのは

『おまえが死ねば、許してやろう』

と言うことになりかねないが、
実際、死刑になったからと言って世間的に許された犯罪者はいないことから、こんな物は、社会的に何の影響力もない建前みたいなものなんだろうか・・・。

当然、イノセントであれば、死刑など望むわけもない。
死刑は単なる悪法となしてしまう。


3、死刑執行人にとっての死刑

死刑執行・・・日本ではそれは絞首刑である。
絞首刑・・・首つりになった死体がどうなるかご存じだろうか?
マンガやゲーム、またTVドラマであるような・・・『あんな美化』されたものではない。

首吊りの死体は、まず全身に筋肉が弛緩し、その内容物は重力に従い下へ下へと押し出されていく
当然、糞便は尻穴から流れ出ていくし
    尿は、もちろん下へと垂れ流される。
血流は、下のほうにに溜まり、上は青く、下は黒くなる。

絞首刑とは
そういうグロテスクな状態にする事だ。


死刑執行人は、この事実を自分の手で行わなければならない。

死刑執行時のボタンは二つあるといわれている。
死刑執行人の二人が同時に押すことによってそれはなされる。

そうすることで、どっちがやったか分からないようにして、罪の意識を分散化させるのだそうだ。

それほど、死刑執行人はリスクを得ている。
ある意味、最大の被害者は死刑執行人であり、
その上で、彼らの仕事はこれである・・・・。





■ここらへんで・・・・

これに加えて、再犯の論議や、社会悪について、裁判長の判断についてなど語らなくてはいけないのであろうけど・・・・


ごめんなさい・・・僕には結論を出すことがやっぱりできません。


そうではあるけど、僕が思うに
      死刑があるかどうかは
              人の思い次第だ。

お葬式の時、父はよくいったものだが
お葬式は、死者を弔うためと銘打つが
結局のところ、残された人々の心の在り方のためにやっていることだ
という。


この考え方は様々な所にある
天国や地獄・・・神様の概念だってそう
すべては、今生きている人間の心の安定のためにあるのであって
世界は死者を中心として回ることはほとんどない。


死刑に関しても
死刑になるような犯罪に巻き込まれた
加害者、被害者、その他もろもろの人たちの
心の在り方が最も安定する方向によって、その存在意義は変わってくると思う。

誰も望まなければ、それは無く。
誰かが望めば、あることを否定できない。


ぼくは、法律のことをどうこう考えるより、
そうやって、人の思いによって死刑の存在を認識した方がいいんじゃないかな・・と思う。

そして、それを判断するのは集合的無意識と言うやつだろうけど・・・・・
それだって、結局は、人の思いと言うやつなんだから。

小説を読みやすくするため  

小説を読みやすくするため、文字サイズを変更しました


第一章のほうはまだですが、現在掲載中の第二章に関しては


すべて変更完了。


これからも、読みやすい環境を考えつつ、カスタマイズしていきます。

小説 第二章 多重存在 2-7 ドッペルゲンガー

・・・旦那。


本当に頼りになる。


どうやら、俺より詳しそうだ。




「事件は、お前の言う昨日の夕方『身元不明』遺体以前から続いてる。」

「吉野巫女だ。間違い無い。」

「公式にはそうなってるんだ。仕方ないだろう?とにかくこの連続殺人事件はお前が見たもので7件目。一日一殺、七日前から続いている。」

「で、他の被害者の身元ってのは?」

「身元不明だ。理由は分からない。

だが、ネット板の方じゃこう噂されてる。

遺体の身元が、生きている人間だから発表できないんじゃないか?ってな。」


すんません、意味がわかりません。


遺体が生きてる人間って言うなら、そりゃ遺体とは呼べねえよ。


「そう言う意味じゃない。

警察側がな遺体を見つけたら、

まず最初にやることはどこの誰が殺されたかって事。

お前が何を持って、その遺体を吉野巫女だと知ったかは知らないが、

警察も確実で科学的な手法を用いて、尚且つ迅速に身元の確認はしている。

そして、被害者にあたりを点けて被害者宅に確認しに行ってみるとさ・・・、

いるわけだよ。

その被害者のはずの人間が普通に生きて生活しているんだ。

当然、あたりは間違いって言うんでもう一度身元確認をしたんだが、

やっぱ、該当する人はその人くらいでさ。

で、ある刑事があまりに不思議に思って、一度その生きてる人の血液サンプルをもらってDNA鑑定してみたんだよ。

それが遺体と一致しちまった。

さて、こんな事件が立て続けに七回も起れば、お前、メディアでどう報告する?」



ああ、それではたしかに『身元不明』で、『連続殺人事件』と考えるのが妥当だ。


こういう異常な出来事を堂々と世間に公表するわけにはいかないだろうなぁ。


しかし、ともすればこの異常は何だつーの?

いや、それこそ俺がここで考えるよりずっと頼りになる人が一人いるじゃねぇか。

そう、確か瑠璃が言うにはあんたは、そういう分野の仕事を引き受けてるんだよな。



深戒櫃代の旦那。



「で、どうなんだい?なんか心当たりあるんだろ、旦那。

スペシャリストってやつだもんな」


「ない」


瞬殺!
閃光の如く否定された。



「そもそも、お前は勘違いしている。

確かに、俺のかかわる事件は、『魔法使い』だの『怪異』だのが関わることが多いが、

別に俺はそれらについて詳しく知っているわけじゃない。

唯一、まだ知識があるのは怪異の中でも日本古来のものだけだ。

だいたい、異常かもしれないが、そもそも本当に『魔法使い』だの『怪異』だのが関わってるのかすら解らないだろう?

まぁ、それでも・・・・」



と、旦那は思案してくれている。

なんだかんだで面倒見がいいんだ。この人は。


「なんだよ。旦那。何か思いついたか?」


「いや、似た様な話・・西洋のであるよな。

なんか都市伝説的な。

んん、どうも思い出せない・・・。」


ええっと、あったっけ?

そんなもん。

同じ姿形の人間がいて・・・・。

ああ、あれか一時期、俺が生まれる前に日本でもはやったっていう―。


「ドッペルゲンガー」




◆ ◆ ◆




まぁ、旦那がそう感じたのは無理ないことだと思う。



俺は普段は寄り付きもしない学校の図書館へと足を向けていた。


ドッペルゲンガ―を、オカルト的な本で見つける。


ドッペルゲンガー・・・ドッペルとはドイツ語で英訳すればダブルとなる。その名の通り



二重存在。一般的に、瓜二つであるが、邪悪な存在とされ、その姿を見たものは近

いうちに死ぬという。



死期の予兆。


うん、まぁ、あってはいるよな。



実際本人は死んでるわけだし。


けれど、ドッペルゲンガーなんて言うものは怪異としては低俗なうえ

『なんの影響力もない』らしい。


なにより、矛盾するところがある。


ドッペルゲンガ―には、行動に二つの特徴がある。


―1つ、ドッペルゲンガ―の人物は周囲の人と会話しない。
―本人と関係のある場所に出現する。



ともすれば、今回の事件では、吉野巫女は俺のことを警察にちくったし、

普通に生活しているというからには

特定の場所だけにいるってわけでもないのだろう。


「やっぱ、こういう場合手っ取り早い解決策つうのは・・・・」



そのドッペルゲンガ―疑惑のある被害者。


・・・俺が知ってる中では吉野巫女。



こいつに直接会う必要がある。



とはいえ、相手は俺をちくった相手、

俺とあったってまともに答えてくれッカわかんねぇし、

何より逃亡中の罪罰ユダ君が復讐するのではないかとポリ公どもが家のあたりをうろついてるだろう。



「まっ、大したことねぇな。」