第二章 多重存在 彼女の記憶その4 -小説
―これ以上は―
―思い出してはいけない―
―覗かないで―
―見せろー
―ガッ―
―ギギッ―
やってきた寒冷前線、
さっきまで温かかった地下鉄の中、
転じて今は妙に涼しい。
冬の空気は澄んでいる。
鼻から入ったさらさらとした空気が、口から湯気を出して漏れ出ている。
島熊山をゆっくりと登る、中国自動車道をまたぐ高架橋の上、
その上を通る大阪モノレール。
静かに見上げれば、星をネットが覆う。
「んじゃ、私向こうだから。」
「送っとく」
「送りオオカミはまだ早いって。いくつだい?ユダ君は」
「気にすることか?まぁ、いらんならそれでいい。お前は誇り高い奴だからな。」
「そうよ、普段へらへらしてるからって、そこは私、軽い女じゃないのさ。えへん。」
うん、それが私だ。
かっこいいっしょ。
惚れやがれ。
「んじゃな、吉野。楽しかったぜ」
そういって、ユダ君は高架橋を来たほうに戻っていく。
ゆっくり、ゆっくりと、その似合わぬ歩調で・・・。
あ・・・
―見てはいけない―
また・・だ。
―あの女を感じてはいけない―
「あのさ~、ユダ君。」
「え?」
ユダ君は振り向く。
どうしよう、やめとこうよ、私。
それは駄目だ。
「今日私を誘ってくれたのってさ。」
私最低だ。
「瑠璃ちゃんのためなんだよね。」
第二章 多重存在 彼女の記憶 その3 -小説
私達は、町を歩き回った。
受験勉強で忙しかった私の知らない間にいろんなところでいろんな変化があったみたいで、
新商品が出てたとか、
新しいビルが出来たとか、
代わりにどこどこの店がつぶれたとか、
なんだか目まぐるしい。
目の前が、万華鏡のように移り変わる。
わけわかんない。
わけわかんないくらい、何も考えてない。
楽しい!
「あはっ」
私は自然と笑っていた。ああ、そうだ。チャームのスペルは[charm]だ。
何でこんな簡単なことを忘れていたんだろう。
―ザッ―
―ダメ―
―気づく、な―
―望むな/望んではいけない―
―ジッ―
都会の摩天楼が輝きだした。
ああ、みれば、どこもかしこもクリスマスシーズンだ。
後二週間以上もあるのに、まるで季節を先取りするかのように並ぶ赤と緑のお決まりのカラー。
おかげで、町に来ればいつだってクリスマス気分。
だとしたら、このデートだってクリスマスイブの予行練習のようだ。
「おそいっすよ~」
「わりぃ」
不思議な話だけどユダ君は歩くのが遅い。
長い手足に、肉つきのいい体。
運動神経抜群で、どちらかと言えば勝気な性格の彼には、似合わない話だ。
最初は女の私に合わしてくれているのだと思ったけど違うようだ。
ぜんぜん、違う。
ユダ君の歩く速さは、女性の普通の歩く速度よりよっぽど遅いのだ。
だから、私がこうやって先を歩く。
先に歩いて、ユダ君を呼びつける。
あは、そうか私はそんなことも知らなかった。
そうか、これは瑠璃ちゃんには悪いけど、私とユダ君にしかできない関係だ。
楽しい。
楽しい!
―楽しいままで、終わるのを望むなら―
―ガガッ―
―私が望むなら―
―違うッ―
―吉野―ガッ―ザ―ジジッ―俺は、ゆ、だ―
―ギッ―
私達は、その後映画を見て、遅めの食事をして帰路につく。
楽しい時間はあっという間だ。
楽し過ぎて、頭がくらくらする。
きっと解放されたストレスがそこらで暴発したんだ。
だから、こんなにぐらぐらだ。
ふらふらだ。
帰りの電車の中、御堂筋線、地下鉄のそれは、都会を抜け住宅街に向かう連絡線へとかわる。
すると電車は地下と地上を往復する。
まるで飛び魚のよう。
暗い地下はまるで水中、『だから息が詰まる』、『動悸が早まる』そうにちがいない。
ああ・・・。
ああ、何を言ってるんだ今更。
そんなはずない。
でも認めちゃいけない。
だってそれはフェアじゃない。
でも、―良い。この瞬間が気持ちい。
遅く乗った地下鉄は静かだ。
この車両には私ともう一人男の子が乗っているだけ、それに酔って何が悪い?
たまの休みで、気がふれたのだ。
私を責められる人がどこにいる?
すべて受験勉強が悪い。
あは、受験生って最高だ。
今の大人たちも受験で苦汁をなめてきた。
だから受験生には妙に甘い。
テレビの中の高校生達が嵌っているっていう万引きだって、
受験生なら気の迷いと言って信じてくれる。
だったら、どんなに計画的でも気の迷いなんでしょ?
それに比べれば私の方がよっぽど気の迷いだ。
そうしてついた、大阪を縦断する御堂筋線最北の駅で私たちは降りる。
地下から這いでてバスを待つ。
「意外と『近かった』んだね。私たちの家。」
「いや、俺のは家ってわけでもないけどさ。」
「何それ。曖昧。」
もう一つ発見、ユダ君は自分の情報には曖昧にしか答えない。
ふふ、この好奇心の塊たる吉野巫女に対してそれが以下に無謀なことか、後に知れ。
「なぁ・・・わりぃ・・・」
「え?」
「ロータリー変わったの忘れてた。」
「はぁ・・・」
「バス乗り遅れたな。最終便。」
「・・・・」
そうっすか。
なら、歩いて帰りましょうか。
―これ以上は―
―思い出してはいけない―
第二章 多重存在 彼女の記憶 その2 ―小説
―ジッー
―ザ―
―誰だ!コイツ―
―シラナイ・・シラナイ・・―
―私は・・シラナイ・・・オレ―
―ユダ君 それは俺だ―
―ジジ―
―ザザッ―
というわけで、あえなく私の皆勤賞は露と消えた。
まぁ、いいよん。私は近くの国公立にはいるのだ。
特別な肩書はいらない・・・第一志望は・・・だけど。
「マジでサンキューです。吉野巫女様。ありがとう。」
「ふむ、よかろう。梅田COCORICOのブルーベリーパイで許してやろうではないか。」
えっへん、と胸を張る。
あそこのフルーツタルトもおいしいけどブルーベリーパイも最高だ。
そんなわけで、ユダ君と一緒に梅田まで出てきたのだ。
私達は、COCORICOで、お茶をする。
あは、なんだか本当にデートらしくなってきた。
「で?ユダ君は何で今日誘ってくれたわけ?」
「うん、まぁ、そりゃいいよ。」
何がいいんでしょう?
「それよりさ、吉野ってかわいいもの好きだよな。おまえ、実は今の学校制服で選んだろ?」
うわ~、さすがユダ君。ピッタンコカンカンだ。
「まぁ・・ね。かばんにつけるストラップとかにはこだわりあるかも。」
「うん、じゃあ。そこらを中心に行ってみっか?そういうのどこの店で買ってんの?」
「なんでーそれ、ユダ君。そりゃデートとしちゃ二流だよ。ちゃんと私を連れまわすくらいの勢いで、知らないところをチョイスしなきゃ。」
「何言ってんだよ。初回デートだぞ?俺は、お前の事をもっとよく知りたいんだ。文句あっか?」
そう、きたか。まずまずの45点だよ。でも赤点だね。当然百点満点採点。
「でも、それじゃ私の事は知れても、私がユダ君のことを知れないよね?そういう一方的搾取っていうの?ダメダメ。フェアじゃないし。私はそういうの望んでないのさ。世の中、双方向ネットワークシステムよ。携帯だって何だってポケベルより普及した理由はそれなんだから。」
「ぽけ?」
「む、知らなかった?ごめん。これじゃ私が一方的だ。つまり、私はユダ君のことをよく知りたいってこと。デートなんでしょ?これ。」
「うん、まぁな」
頼りないなぁ。
遊ばれたりしてないよね?
「わかった。つってもしらねぇぞ?俺の趣味は案外刺激的すぎッカモだぜ?」
「そこは期待しておく。」
うん、そのくらいの方がいい。
学校サボってまで付き合ってるんだから無刺激(つまらない)なんて、まっぴらだ。
そのあと、なんだかんだで結局私のショッピングだ。
というか、ウィンドウショッピング。
クリクリの瞳のライオンマスコットが私に訴えかけている。
いたって真面目な高校生の財布事情は厳しいのだ。
せめて、昼が弁当はであればもうちょっとましなのだろうが、残念な話、私は売店派なのだ。
「なんだよ、かわねぇの?それ、気に入ったんだろう?」
「うう、参考書・・・むむ、でもなぁ。そう、すごく可愛いし、はう」
悩みに悩む。買えない・・・事はない。買えないことはないが、買ってはいけない。かえば・・・あぁ、どうすればいいの?私。
すると、ユダ君は、あっさり私の気に入ったライオンマスコットを手に取り無言でレジに向かう。
「あ、ダメ!そう言うの反則。言ったっしょ?平等平等。フェミニストって言葉は女性優遇主義でなくて、男女平等主義なんすよ。驕るとかいうのは私の先輩になってからやってよ。」
「何言ってんだ。お前勘違いしてね?これは俺のだぜ?お前買わないんだろう。だったら、おれので文句ねぇよな。頼まれたってやんねぇし。」
うそん、私迷ってただけで別に、あ~くそ、なんか悔しい。
「ん?でもそれって・・・ユダ君そんなの欲しいの?」
「あん?可愛いじゃん、コレ。特に目のあたり」
そういいながら、何の臆面もなく笑うユダ君。
「クスッ―」
ダメだ、笑っちゃう。
「なんだよ?おかしいか?」
うん、可笑しい。本当に意外、意外なくらい刺激的。
うん、可愛いユダ君に65点。赤点ぎりセーフだけど、もっと頑張ろうだ。
―いや、違うだろう―
―ええ、違っていた―