第三章 幸福在処 在りし日の記憶 その2 ―小説
あの・・・。
ごめんなさい―流さん。
「ん?」
そうです・・・
私には難ししゅぎて全然ついていけませんでした!
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなしゃい!」
最後にちょっとかんじゃいました。
自分から話を聞くと言っておいて、なんという失態です。
ぐぐぅ、
うう、
これでは久野君の言うとおり、バカ小羽、あほ小羽です!
流さんは、しばし、口元に手を当てて考えた後。
「つまり、小羽。俺は魔法使いなんだ。」
おお!
ま、魔法使いさんなんですか!
「うむ、よって魔法が使える。
そして弦候堂の家は、魔法が使えることをとてもとても大事にしておるのだ。」
ふむふむ。
なるほど・・家訓のようなものですね。
「しかしな、魔法が使えない者には少し厳しい家でもある。」
うん、と頷いて、流さんは向かい側のホームの親子の母親の指さして言った。
「ああやって、母様はニコニコして、本当に笑顔の絶えない人だった。
本当に優しい人だ。
俺は、どうやら、才能の薄い方らしくてな、父様は、本当に厳しい人だったが、
母様は、ああやっていつもニコニコして、俺をかばってくれた。
励ましてくれた。
俺は、あの笑顔が何よりも好きだったのだ。だから、すごく頑張った。」
そうやって、流さんも、微笑みます。
それはどこまでも安らいだ笑顔。
その表情の奥に、優しい記憶が見え隠れします。
「つまらぬ才能しか持たなかったが、人並み以上になるまで努力した。
魔法が使えるようになった。
母からもらったものは数えきれぬ・・・例えば、ビー玉とか、歌とか・・・・」
流さんは、着物の、襟にすっと手を当てて言います。
「この服も母様が作ってくれたものだ。
女性ものの着物と馬鹿にするやつもおったが、俺はこの服が好きだ。」
「似合ってますよ。その着物、私好きです。」
「であろ?俺もそう思う。」
でもな・・・、そう言って、しばらく流さんはうつむきます。
着物の、襟をそっと名残惜しそうに話して、今から電車で向かうさき、線路の向かうを眺めながらぽつぽつとつらそうに話し始めます。
わたしは・・・・
「いつのころからであろうなぁ・・・
徐々にだが、母様は俺に触れてくれぬようになった。
いつの間にか、名前を呼ばれぬようになった。
目を
・・・逢わせてもらえなくなった。」
ぎゅっと、握った流さんの手を強く、でも壊れないように・・・・
彼の言葉が心に突き刺さります。
それは、彼だけの孤独の言葉・・・誰よりも大好きだったお母さんに拒絶された子供の言葉。単純な好意、恋よりも純粋な愛。
それを否定されても、この小さな手は未だにそれを離せない。
必死に必死に、
消えないように、
飛び去らないように、
大事に大事に握りしめている大切で、掛け替えのない思い。
握られた手から徐々に伝わる体温が一つ一つを私に教えてくれます。
「話しかけても、まるで聞こえないかのように無視されるようになった。
母様の部屋から、俺の映った写真立てがなくなってた。
俺が、母様にあげた絵は台所で燃やされていた。
ある日、俺の部屋がなくなっていた。
俺の靴がない。
この服以外の服がない。
俺は、この服を洗う時は裸で過ごした・・・
捨てられぬように、
・・・自分で洗った。
食事が出なくなった。
冷蔵庫から自分で食べるようになった。
食器がなくなった。
俺の・・
俺の・・・・
俺がこの家にいる証拠がなくなっていってた・・・どうしてであろ?」
どうして?
「どうしてであろ?・・・俺はいてはいけない子なのか?」
ママ、どうして?
「母様は、俺がいらなくなったのだろうか?
才能のない俺に愛想を尽かしたのだろうか?
俺はやっぱり必要ないのだろうか?」
どうして私を捨ててしまったの?
「俺は・・・・」
私がいらなかったからでしょうか?
第三章 幸福在処 3-15 在りし日の記憶 その1 ―小説
「西宮で一度乗り換えですねぇ。」
駅のホームで、二人で待つ電車は、西側からやってきます。
放課後と言っても、午前中で終わった授業のお陰で、
お日さまは、まだてっぺんのほうでぴかぴか光っています。
その日差しの中、影は、小さくまとまって、、ホームの屋根に隠れています。
流さんが、手を放してくれません。
心配そうに見上げてくるその瞳が、どうしようもなく申し訳なくて、早く電車が来ないかなぁ・・・と
やきもき。
そんな時、流さんが、
なぁ・・・って。
「小羽は、俺の事を聞かんのだな。」
「流さんは、自分から話してくれるじゃないですか?」
「何を言っておる・・・俺は、なんであの公園にいたのか・・なぜ捨てられたのか・・・いや、それどころか、自分は何者かもしゃべっておらんのだぞ?」
「流さんは、流さんと名乗ってくれました。」
「そんな事を言っているのではない・・・そんな俺に何でそこまで一生懸命になってくれるのだ・・・。お前・・変だ。やっぱり変だ。」
うん・・・
と、そこで一息区切ってから流さんはもう一度、こちらを見上げます。
その瞳は、少し強く見えました。
「あのな、小羽。それでも話してよいだろうか?」
「聞いていいんですか?」
「聞いてほしい・・・。」
ぎゅっと、握られた手に、力が伝わります。
聞かせてください・・流さんのこと。
ああ・・・。
と、流さんは、うなずくと、
対面のホームの今の私たちと同じように手をつないが親子を見て懐かしそうに言いました。
「俺の暮らしていた家―弦候堂は由緒正しい旧家。
古い古い家でな。
たどれば、平安初期にまで遡る。
弦候堂の家は昔から『まじない』の家で、
同じまじないを生業とする御三家
『古刀』『弓端』『槍弥』の内の分家の一つだ。
『古刀』には『柄原』『鍔儀』『鞘路』『刃砥』、
『弓端』には『古矢』『弦候堂』『羽白』、
『槍弥』には、『竿縞』『剣換』
と、それぞれ分家がついておるから、
俺の家の弦候堂の主家は、『弓端』と言うことになる。
『まじない』の家と言うのはな、才能がすべてなのだ。
『まじない』の才能。
一族の原初に起きた偶然の奇跡を連綿と受け継がせていくことが家の存在理由。
それが、『まじない』の家に生まれた者の存在理由でもある。
ひいては、俺の存在理由だ。
俺は、『まじない』が出来なくてはならない。
『まじない』を途絶えさせてはならない。
でもな、それを不幸に思ったことはないぞ。
それは、ただの古い風習ではないのだ。
ちゃんとした理由がある。
それは、何時かの遠き未来のためなのだ。
いつか生まれるはずの、我々の未来にある故郷に辿るためにどうしても必要。
そうでなくては、我々も対消滅してしまう。
『まじない』の血統が途絶えてしまった『柄原』は、悲惨だ。
あのような忌児を生み出してしまう。」
