第一章 自己消失 1-14 電話 ―小説
まぁ、人生そうそううまいこと行くもんではなく、
夢も大きく消えたところで、どこかみぃちゃんの服が置いてる部屋かという疑問を解消するべく歩き回ろうとした部屋を出て、廊下の角を曲がった矢先・・・・・・。
「あの・・・」
みぃちゃんがそこにいた。
下からのぞきこむようにこちらを見ている。
どうやら部屋から出てきたところは見られていないようだ。
いや、そもそもなんらやましいことはないのだから、みられたって構わないわけだが、いや、本当だ。信じろ。
「ああ、できたんですか?夕食」
正直言えば、予想よりずいぶん早かったが、お腹が空いてきているこちらとしては早いに越したことはない。大歓迎だ。
「いえ、もうすぐできるとは思いますが。その前に電話です。」
は?僕宛に?
それはおかしな話だ。
僕はここに来ることを誰にも話していない。
いや、カザトくらいだ。それならどうして・・・・。
ま、兎にも角にも、電話に出てみたほうが手っ取り早い。
僕はみぃちゃんの持ってきた電話の子機を手に取った。
「グーテンモルゲン、ご主人さま。」
「おまえは、フランス人とロシア人のハーフでドイツの血は一滴たりともまじってないだろ。設定は無視かよ?」
電話から聞こえてきたのは、流暢な日本語だった。
流暢という言葉を使うからにはこいつは外国人だ。
前述、僕にこの厄介事をたらいまわしにした人間、Aliceだった。
「え、その通りだけど、あらら、知らないの?ドイツとフランスはお隣さんなのよ。」
知っている。知っているとも。
だが、それがどうしたというんだ?
中国と北朝鮮はお隣だが、別に全員が中国語を当然のように話せるというわけではないだろう。
「で、何の用だ?」
「ん?ご主人さまがちゃんと私めの回した仕事を受けてくれてるか、気になったの。」
「うるさい。勉強しろ。期末テストが近いだろ女子高生、ついでにご主人様ヤメロ」
「電話一本くらいでどうにかなるほど、下手な勉強の仕方してないって。でも、よかった。ま、ご主人さまが、困ってる人を見捨てれないって言うのはわかってたけど、愚痴も言わずに頑張ってるみたいね。」
正直、この時期にお金の入る仕事が来たのは渡りに船というやつだからな。そりゃ頑張るさ。なにより、みぃちゃんは美人だ。断るわけがない。
「本当は、声を聞きたくなっただけ・・だけど」
「毎日聞いてるだろ?一日くらい聞かないほうがいいんじゃないのか?」
「ダメ、そんなんじゃ、今晩のおかずに困るでしょ?」
「・・何のだ!?」
「え?答えなきゃダメ?・・かな。あらら、仕方ないよね。ご主人様の命令だし。恥ずかしいけど頑張るね。あのね、こう、声を聞きナガラ、あっちのほうを・・」
「うるせぇ!だまれ!それ以上しゃべるな!その単語は放送禁止だ!この変態エロ外人!お願いだから、おれの知らないところで事を運べ!」
「わかりました。ご主人様。」
「ご主人さまやめろ!虫唾が走る。」
「うん、わかった。でもそれ、贅沢ものよ?世の中には、お金を払ってでも呼んでほしい人が山といるのよ。特に私のような超がつくほどのロリ美少女には特に。」
「やめろ、おれにはそんな属性ないし、だいたい、お前たちの言うロリはおれたちにとっては普通だ。」
「ま、確かに、日本人てみんなベビーフェイスだものね。欧州レベルから見ればロリだらけだわ」
日本の悪しきサブカルチャーをダウンロードしてくんじゃねぇよ。腐るぞ、てめぇ。
「あ・・・、録音テープ回ってなかった。しょぼ~ん」
「回すな、使うな、みなまで言わすな。空気を読め!バカ野郎!」
「なんてツンデレ!」
「罵倒すらも通じないっッ!?」
くそ!僕はどうしたらいいんだ!?反撃の糸口がつかめない!!!
「ううん、結構傷ついた・・・ごめんなさい」
急にしおらしく、謝るAlice・・・まずい・・・、どう考えても意味不明な流れだが、女の子に謝られると無条件にこっちが悪かったように思えてくるから不思議だ。
「あ、いや、・・ごめん」
確かに言いすぎたので謝っておく。
「だったら録音テープに謝って、録音テープの心が傷ついたわ」
「なんでッ!?て、言うか傷ついたのそっち?」
どこまで僕の純真な心をいたぶるつもりか!?
「ものは大切にしなきゃ駄目でしょ。お家、確か神社だったよね。だったらツクモ神のことはわかるでしょ?」
「ツクモ神が付くほど録音テープに愛着持ってんじゃねぇよ。」
「愛着を持ってるのは中身の音声―」
「地底深くに埋めたはずの話題を掘り返すな!!!」
「ひどく傷つきました・・・・」
「テープがか!?」
「私が・・・です・・・櫃代さん・・・・」
突然、Aliceが出会ったころのしおらしい声で鳴くように訴える。
「ああ、もうッ!!」
フラストレーション劇増しの会話劇に悶絶打ちそうになりながらも、ひさびさに出たAliceの素に怒るに怒れずぶつけどころのない感情が、頭の中をくるくる回る。
と、ひとまず何の意味もない掛け合いはこれで終わり。ああ、もう、最強に可愛いなこいつ、この野郎。
「で、本当にどうしたんだ?」
「あ、うん。本当に声が聞きたくなっただけなの。」
「電話、切るわ」
「まって、まって!わたしもそっち行っていい?手伝いたいの。いいでしょ?」
「分け前減るし、いいよ。だいたい、お前、こっち来たってすることないだろ?」
「うん、それもそうなんだけど・・・ね。仕事をそっちに回しておいてごめんだけど、気になってきちゃって。ほら、だって似てるでしょ?」
「まぁ、確かに芸は似てると思う。でも結果だけだ。全く別物だよ。
事の顛末がそんなに気になるなら、話してやるからさ、ここは、まかしておけよ。」
「うん、そこまで言うなら、そっちには行かないけど。約束ね?ちゃんと話してよ」
「ああ」
「じゃぁ、明日も電話するから、何か進展あったらちゃんと話してね。愚痴じゃダメなんだから。」
そりゃ無茶だ。僕の言葉は、愚痴で構成されているんだから。
アリスは、自ら電話を切った。僕も、子機の電源を切ってみぃちゃんに渡す。
「楽しそうですね」
と、明るい声で言った。顔は無表情。
「冗談でしょ?あのまま話していたら、僕はきっと鬱になってしまう。」
そうは思わないけど・・・とみぃちゃんは呟いて、ぼくを、夕食の待つリビングルームに導いた。
第一章 自己消失 1-13 心象風景 ―小説
やっとのことでみぃちゃんの私室にたどりつく。
扉は、この屋敷にしてはめずらしく洋風で、ネームプレート(なんか、ちょっとかわいい)まで掛けてあるから間違いはないだろう。
なんか・・・ちょっとテンションあがってきた。
(さて、ここからが本番だ。いや、本命と言い換えて間違いはない。誤解を招かぬようあらかじめ言っておくが、これはあくまで、弓端さんを護衛する上でのセキュリティの確認作業であって、けしてやましい気持などあるはずもない。そう、女性の部屋に勝手に上がりこみ調べ物をするのは、本当に、本当に、本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当~に心苦しいのだが、仕方のないことなのである。必要事項なのだ、絶対事項なのだ、確定事項にしてこれはもはや運命だ!!すみません、弓端さん。ごめんな、みぃちゃん。いやいや、しかし、妄想いや、『想像』が膨らむ!ふふふふ、普段は無表情の弓端さんだが、そこにはどんな、心象風景が隠されているのか!そう、部屋は、住人の心を映し出す鏡なのだ!さてさてさって!心躍る!気持弾む!あ~んな無表情な弓端さんでも、女の子なのだ、案外可愛い物好きかもしれない、小物はどんな物を?ぶっ飛んで、乙女チックフリルも考えられないこともないこともないのでないかい!?安心してくれ、、下着を見つけることになってもそれは事故なのだ!なんら問題はない。すぐ戻す。当然だとも!
・・・・・・・・・・・・・
さて、失礼するとしますか)
開けた。
質素、いや、簡素、ていうか、何もない。
いや、服はもしかしたら、衣裳部屋がほかにあるのかもしれないから、置いておくとして、ベッドさえないというのはどういうことだ?
というか、本当に人が住んでるのか?ここ。
外に出て、扉を確認する、ネームプレートは弓端さんのものだ。
まちがいない。
窓の一つもなく、箪笥の一つもなく、小物の一つもなく、目覚まし時計もない。
寝るときはどうしてるんだ?地べたか?
そもそも、インターネットをやってるようなことを言ってたのに、コンピューターすらない。
ただ、机がある。
ただ・・・そこにある。
小学校に並んでいるようなものよりも、はるかに小さい、物を置くための三つ足の机。
それが、ぽつんと真ん中にある。
机の上には、人形とくるみ。他に何もない。
まるで、それだけが世界のすべてかのように・・・。
ひっそりとした部屋の空気は、どこか重苦しい。
汚染されるような感覚―不安定になる―不自然な、いびつな空間の歪み。
心に冷たいものが入ってきたような気がした。
不条理にすら見えた
僕は、人形を見た。向こうもこちらを見ている。
いや、何を言ってる。
見ているのではない。向いているのだ。その人形には眼なんてない。
ただの・・・
くるみ割り人形だ。
―ズキンと
突然走ったのは、脳を揺らす電流。ネジを巻くようにキリキリ斬り切りと耳鳴りがする。
甘い甘美な響きー
(なんだ?なんだ・・・これぇ)
爆ぜる 爆ぜる 爆ぜる
目の前で火花が光ったような感覚。それが脳内を汚染する
それはだんだんと大きくなって
瞬間、体が爆ぜる幻覚を見た―終わった・・・そう思った瞬間。
突然、頭痛は止み・・・声も・・・・聞こえなくなった。
急に頭がすっとしたような気がした。
ただ・・・残ったのは、この部屋から感じる・・・重苦しさ・・・だけだった。
ふぅ・・・と息をつく。心を穏やかにしよう。そう思った。
一度か二度の、深呼吸・・・・。
・・・・。
よし、落ちついてきた。うん、大丈夫だ。
今開始するべきは、調査と熟考、そして解釈。
これはどういった心象風景ととらえよう。
一言でここから感じるものは、『重苦しい』の一言だ。
いや、もういいや興味は失せた。
ソレヨリモ怖レガ勝ッタ
第一章 自己消失 1-12 餓 ―小説
屋敷に帰ると、みぃちゃんは、台所に立とうとしたが、キャベツの時同様、材料を見向きもすることなく、ただじっと、まな板を睨んでいた。
彼女がそのような状態となってから2分後。
「お、お嬢様!料理なら私がします!テーブルでお待ちください」
あら、そう。そうね。あなた使用人なんだからそれは当然ね。
といって、みぃちゃんは、テーブルのほうにすたすたと帰って行った。
何がしたかったんだ?今更ながら天然なんだろうか?
まぁ、美人の手料理を頂けなかったのは残念ではあるが、見た所みぃちゃんは、料理ができるといった風でもないので、もしかして命拾いしたのかもしれない。
できない料理を食べる危険性は、誰かさんのせいでよく心得ている。
さて、料理ができるまで間もあるだろう。
ここで、この屋敷の構造を把握しておくのもいいかもしれない。
前述どおりなのだが、この屋敷は広い。
部屋数も半端ではなく、そのほとんどが使われていなかったりもするわけだが、とりあえず使われている部屋を見て回る。
まずは玄関。
セキュリティーと呼べるのかどうかは知れないが、玄関入口のドアは、鍵が二つ付いている。
ひとつは普通の上で、もう一つはチェーンロック。
ん?チェーンロック?
ここの扉、横開きだぞ?
まぁ、使えないこともないが、珍しいな。
他には、そうだな、みぃちゃんのかわいらしい靴とか、古矢さんの靴に、ああ、これはきっと弓端さんのご両親の靴だな。
いや、どうやら父親だけかもしれない。
男物の靴ばかりが靴箱に入っている。靴にはK・Yと書いてあった。
次に回ったのは、リビングルーム。調理室で淡々と古橋さんが食事の準備をしているのが見える。
みぃちゃんは、食卓の前で悠然と座っている。
このリビングルームは和風で、当然、みぃちゃんは座布団の上でキチンと姿勢正しく正座している。
・・・正座の苦手な自分としては、弓端さんのように、ごく自然に正座しているというのは信じがたい。
一度、カザトの家でテレビゲームをした時に、人間は地べたに座る生き物ではないことを痛烈に思い知らされたことさえある。
「どうしました?」
みぃちゃんがこちらに声をかける。
人のいる時に、調べものをするのはさすがに・・と、思ったので、ここは後回しにした。
ぼくは、廊下に出て次の目的地・・・・肝心な部屋『弓端御世』の部屋を探した。
彼女の私室・・・個室空間というのは、もっとも彼女が無防備になりやすい。
また―自室における物の配置が、その人の思考形態、深層意識を反映するといわれる。
すなわち―心象風景。
これがわかれば、彼女を護衛するという役割にプラスになることは間違いがない。
周りの間取りも含めて―彼女の部屋を調べることは最も重要だ。
・・・・まぁ、みぃちゃんにはすごく悪いけど。
いや、でも後ろめたいようなことも、消してやましい気持もない。
女性の部屋に興味があるか?―ないない。本当だ。あるわけない。
あの弓端さんが、ものすごく女の子っぽい乙女チックな部屋でくつろいでたら―とか。
いろいろ、想像が膨らむところではあるが
―馬鹿め・・・・これは仕事だ。本当にそんな気持ちがあるわけないだろう?
いや、本当だって、嘘じゃない。―誰に言い訳してるんだ俺は・・・。
しばらく、廊下を歩いてみる。と、その時急に足が止まった。
一瞬・・・・廊下がゆがんで見えたのだ。
なんだ?・・・・と、思った。
急に足が重くなる。ただ、この廊下の先に何かあるような気がする。
いまだ、視界の揺れる中廊下を歩く・・・。
(腹に何も入ってないせいか・・眠気?・・疲れたのか?)
ぐらぐら
ぐらぐら
ぐらぐら
視界は歪む。
それでも歩く僕の足音に合わせ・・・いつものあいつが囁きかける。
ここ、数カ月はおさまっていたはずなのに・・・。
商店街で・・・あの電柱の向こうの・・・・殺意に出会ってから
胸が焼けつくように欲している殺意(自分)が、また囁き始める。
―死ト戯レルモノ―
うるさいなぁ
―アレハイテハナラナイ―
黙ってくれ・・・
奴がほほ笑んでいる。
そう感じた。
膨らむ鈍よりとした泥のようなイメージ。
暗く、深く、重い幻想は
次第に形を帯びていく
―穢レミテイテハ―
見えないはずの背後で・・・僕は脳から直接その情報を知る。
暗い闇に赤い眼が光っている・・・あれは・・・女だ。
―堕チテ・・・・、ソシテ死二『憑』カレ、穢レヲ背負エ―
背後の闇は白い骨のような腕を伸ばした。
首筋ヲ、ソット撫デテクル。
その瞬間、僕の全身が業火に当てられたかのように熱くなった。
―ねぇ、ヒィ・・・ちゃん―
脳髄が割れるような痛みに侵される。
死ヲ・・・モット死ヲ・・・穢レヲ・・・・・
殺意ヲッ・・・血ヲッッッ・・・骨ヲッッツ・・・・
肉ヲ裂キ
目玉ヲ抉レ
ソレデモタラヌ
臓物ヲ吐キ出サセロ
断末魔ヲ響カセ
世界ヲ血デ染メアゲロ・・・・
脳が焼ける。
熱い熱い熱い
渇く渇く渇く
―ッ―
ハッと・・・目が覚めた。
寝ていたわけではない。
今まで見ていた幻想が晴れた。
背筋が冷たい。少し汗もかいているようだ。
手が・・・痺れている。額も鈍くいたい。
どうやら、無意識に自分で自分の額を殴りつけたようだ。
その痛みが―幻想から僕を解放した。
「何なんだ・・・くそ・・・」
気を取り直して弓端さんの部屋を探す。
まだ、やや廊下がゆがんでいるように感じる。
―僕は、こんな調子でみぃちゃんを守れるのか・・・。
不安が・・・胸にこびりついた。