第一章 自己消失 1-23 クルクル ―小説
母屋の中に入り、台所に向かう。
だが、そこに料理をしている古矢さんの姿はない。
居間にも、応接室にもいない。
いや、古矢さんもいないのだ。
弓端さんもいない。
「クソッ!こんなことなら・・・」
こんなところで愚痴り始めても仕方がない。
状況は最悪だ。
だが、応接室の中で急に電話が鳴った。
ここに、電話なんかないぞ。
見回す、見まわす。見回す。
そこには何がある?
何が、何が
目に入るものを、高速で注視する。
机、壺、壁掛けの皿、掛け軸、扉、椅子、ソファー、花、花瓶、?いや、花瓶、花、ソファー
―ソファーの上!
携帯電話が、ソファーのクッションの影に隠れていた。
それが鳴っていたのだ。
通知設定はされているが、名前の登録がない。
誰だ?
僕は弓端さんの代わりにその電話に出た。
「誰だ?」
「もう!電話してよ、約束したでしょ!家にかけても誰も出ないし、心配したじゃない!」
ああっと、忘れてた。Aliceか。そう言えば連絡するっていったっけ?
「悪い、今は忙しい。切らしてくれ。」
「ダメ。それは駄目。絶対に許さない。」
「おい、・・マジ頼むそれどころじゃないんだ。」
本当に、空気読めよ!女子高生!
「切ったらひどいわよ。何かしてるなら、いいから切らないで、私と話しながらしなさい。さぁ、今の状況から話してよ。」
◆ ◆ ◆
「・・・なるほどね」
「どうだ?」
おれの考えは間違ってるのか?
「大方間違ってないよ。
うん、でもさ、私も、古矢さんが事件に関わってると思うよ。
そうね、私からの追加情報と言うのは殺された23人は、弓端さんと一緒に行ったって言う商店街の人たちってことくらいだし。ネットにリークされてたよ」
そうなのか、それで、商店街は閉まってたのか・・。
「けどさ、古矢さんは魔法使いじゃないんでしょ、それで、屋敷から出る方法も解ってないんでしょ。ならやっぱり古矢さんは、『犯人じゃない』よ。」
「でも、それ以外」
「うん、ミユミユは確かにサドでグロでブラックだけどユダ君とちがって無意味に嘘はつかないものね。
だから、やっぱり『ひぃ君』はずれてるよ。
ズレずれだと思う。
足りないのはね、概念だよ。
概念・・考え方、認識の方法、なんでもいいよ。
よく考えて、考えてよ。
被害者が『個』を奪われてるってどういうこと?
それって何?
『ひぃ君』が一番恐れていたことじゃないの。」
『個』をうしなう。
それがどういうこと?
「奪われた『個』って何?」
あっ・・あれ・・・。
僕は、一瞬息をするのを忘れた。Aliceの言葉にじゃない。
「古矢さん・・・」
思わず、僕は携帯の電源を切った。
もう,訳がわからない。
何の声も聞きたくない。
何の情報も受け付けない。
一度、一度整理させろ。
そうだよ。
魔法使いでもない古矢さんが犯人じゃない。
なら、どうだ・・・・だいたい、だいたい、この事件が一人の犯人でやったことだとしたら、あいつの言うとおり一人だとしたら、
おい、
おいおい、
・・・・本当人間に可能なのか?
体温が一瞬で下がる。
寒い・・・寒い・・・
「古矢さん・・・」
ダメだろ。
「死んでちゃ・・ダメだろ。」
目がグルグル回る、大きく回る。
世界がグルグル回る。目まぐるしい。
歪んで回る。
頭がごちゃごちゃする。
情報の整理が不十分。
事実の整理が不十分。
秩序がない、
混沌・・・・
混沌が回る。
ぐるぐる・・・
くるくる・・・
ピッ―強く握った携帯から、音がする。何かのボタンを押したらしい。
くるくる・・・世界は小さく回る。
どうやら画像データだ。最初に見せてもらったあの画像。被害者の画像。
あ、あれ?
もう、わからない。もう駄目だ。異常すぎる。
画像に映し出された被害者の病室のネームプレート・・。
弓端幸一・・。
靴箱に入っていた男物の靴、イニシャル―K・Y。
どうなってんだ、
ねぇ、弓端さん。
お父さんは、死んでるじゃないか!
何だよ。とっくに異常だったんじゃないか―
この屋敷、僕が来た頃には、もう何もかも始まってたんじゃないか。
いや、終わってたのか?
どうなってんだよ、ただの知り合いじゃなかったのかよ。
お父さん、知らないってどう意味だったんだよ。
弓端さん。
これじゃ全員被害者じゃないか!
誰も得してないじゃないか!
わけわかんねぇよッ!
くるくるくるくる
どうなってる?
何だ、どうつながる。
どう意味だ。
人間に可能か?可能なのか?
本当に・・・。
―奪われた『個』って何―
『個』って何だ?
なんでできてんだ?
個って言うのは自分だろ。僕は、何でできてんだ。
僕は僕だ。僕を僕たらしめたのは何だ。
―それは、僕が積み上げてきた経験だ。
僕が積み上げてきたものは経験て何だ。
―それは歴史だ。
僕の歴史って何だ。
―事実の積み重ねだけではない人と人の中で積み上げられる思い。
なら、他者がいないと僕は、僕ではなかったのか?
―むしろ、他者の中には、僕がいる。逆に問う。
―僕よ、僕は何でできている。その以前に、できあった僕はどうやって、僕を見ているんだ。
―人間の眼は外界しかとらえることはできない。その瞳で、そうやって内にいる僕を見ているんだ?
僕は見ている。
僕は見ている。
一緒に歴史を積み上げてきた人の中にいる確実なる僕の一部に、相手の瞳の中に映った僕を見て僕を認識している。
―されば問う。奪われた『個』とは何だ。―
他者と僕との間に築かれた僕自身だ。
―されば問う。
お前は何故今、目の前にした死を見て困惑している、
何を恐れている、
何を怯えている、
この喪失感は何だ。
さびしいんだ。
僕は失ってしまったから、
僕の中の死んでしまった人の一部が、その孤独にあえいでいるんだ。
死んでしまった人の中にあった僕の一部が、目の前で死んでしまったから。
ぼくは、Aliceを失うことで、僕を失ってしまう。
ぼくは、柄原を失うことで、僕を失ってしまう。
ぼくは、弓端さんを失うことで、僕を失ってしまう。
ぼくは、古矢さんを失ったことで、僕を失ってしまった。
ぼくに、関わった人たちが死ぬ事で、僕という『個』は、失ってしまう。
こわいこわいこわいこわい。
弓端さんはずっと、この恐怖の中にいたのか、今も・・いるのか。
・・・・・
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ちょっとそこのあなた!・『異界(いかい)』、京都・人形のような整いすぎた佇まい。・弓端(ゆみはし)御世(みよ)さん・京都の旧家の生まれ・ただ近所に住んでいるというだけの知り合いを・無表情な口からもれる、変化にとんだ声色。人形に、人間の声を吹き込んだかのようだ。・なんで人の携帯で動画とってるの?やめてよ。それより、せっかく海に着たんだから、お父さんも泳いだら?・『個』の欠落・やりやがったな、魔法使い。・『芸風』が似ている。・魔法は、あくまで神の秘法、『人間が扱って良いものではない』・相反する世界法則が、安定した世界を侵食する。・観測すれば、それは事象として意味をもって、観測者に影響を与え、恐怖させる・魔法という世界法則・知恵の実・ルール説明・みぃちゃんの文章構成能力は、愕然とするくらいの低さ・赤外線感知装置・鉄壁の防御、難攻不落の要塞・母屋・蔵・離れ・屋敷・三重の防壁・堀・使用人の古矢惣一、うちの世話を12年間続けて・キャベツを手に取り、無表情に凝視する・みぃちゃんが普通に、話してる。・男物の靴ばかりが靴箱に入っている。・靴にはK・Yと書いてあった。・こっちが普通のみぃちゃん本当に人が住んでるのか?ここ。・くるみ割り人形だ・どういった心象風景・『重苦しい』の一言・古矢家は代々、弓端家に仕えている一族・父親なんて知りませんが?・魔法使い独特のあの『重苦しい感じ』・直接接触するほかない・昔は、使用人がたくさんいた・蔵の一番高い窓からチラッと明かりが見えた・古矢さん・一度侵入を許してしまえば逃走経路も正門しかない・蔵には一番上の階にしか窓がない・井戸・今朝にかけてC市の住人23名が、相次いで・何で今更・無駄な大量虐殺・死にかけてる・弓端さん・、『なんで殺しきれないなんて事が出来るんだ』・違う魔法・これはミステリーじゃない。パズルだ。・商店街には人が一人もいない。それどころか、商店街のすべての店のシャッターが下ろされている・足りないのは考え方・・概念・完全に出入りのできない密室(外界)で、被害者を密室(外界)内に潜んだ殺人鬼に殺されたように見せかけた・世界最大の密室大量殺人事件。・狭い井戸に『詰まった』たくさんの死体。・殺された23人は、弓端さんと一緒に行ったて言う商店街の人たち・奪われた『個』って何?・お父さんは、死んでる・他者と僕との間に築かれた僕の自身・ぼくに、関わった人たちが死ぬ事で、僕という『個』は、失ってしまう。・・・・・・・・・・・・・犯人は、本当に人間なのか?
・・・・ツクモ神の事・犯人は『魔法使い』。消えた弓端御世。みぃちゃん。
―ッ―
ぼくは、ついに犯人を見つけ出した。
第一章 自己消失 1-22 潜んでいた異常 ―小説
外に出て、僕はまず最初に蔵に向かう。
当然抜け道探しだ、それから小1時間ほど探ったが正価は全くと言っていいほどなかった。
諦めて外に出る。
そろそろ古矢さんが食事を用意し出す頃だろう。
さて、どうするか・・・なんというか、犯人と疑っている人の食事はとり難い。
ん?そう言えば井戸・・・。
コンクリで固められているから無理だとは思うけど、まぁ一応。
僕は、井戸を確認する。
よく観察すると、
ん?
このコンクリ・・・劣化してる。
固められてはいるが、もう境目に雨が侵食して動かそうと思えば、動かせるじゃないか。
僕は、その重い石蓋を何とか、ずらして開ける。そこには、暗い、暗い闇があった。
底、見えないな・・・・。
ただ、妙に臭い。
これが古い井戸の匂いなのだろうか?
その時、月の光が真上から差し込んできた。
外壁のせいで外套の光すら入ってこないここでは月の光が照明になる。
とにかく、これで底ものぞけるだろう。
月の光が井戸の底を照らす。
丸い井戸の底が光に当てられると、そこに月があるようだ。
その満ち欠けはゆっくりと満月へと向かい、すべてをあらわにする。
・・・ちょ・・・
そこに、期待のものはない。
期待のものは何もない。ないないない。
抜け道などない。
ああぁ、抜け道ではない。
抜け道であれば・・・。
先ほどから感じていた異臭がただの臭いを通り越しいまや吐き気へと変わる。
あったのは・・・・
あったのは、死体だ。
一人や、二人じゃない。
三人や、四人じゃない。
五人や、六人じゃない。
狭い井戸の中でからまってよくわからないが、最悪の状態であることだけはわかる。
ただの死体じゃない。
異常だ。
魔法使いに『個』を奪われ自身がどんな形であったかも思い出せず、スライムの如く溶解した人達、その肉体が生命活動すら奪われ腐乱した状態でそこに『詰まっている』。
「くそ・・・」
呟く。
頭に駆け巡る。
何だ? ―マタダ・・・―
何だこれ? ―アノ女ガ、オレノ思考ノ戸ヲ叩ク―
何だこれ!? ―酔ウ―
何なんだッ! ―怖イ―
いや・・・冷静になれ。
十分だろ。
密室トリックなんて解く必要もない。
犯人が内にいた証拠だ。
この屋敷にいた証拠だ。
犯人は古矢さんだ。間違い無い。
魔法使いの気配を持たない古矢さんが魔法を使っている理由は分からないが、もう間違いはない。
迷う必要もない。
古矢さんを捕まえなくてはッ!
僕は母屋へと駆け出した。
第一章 自己消失 1-21 世界最大密室殺人事件 ―小説
犯人が古矢さんなら、今朝の殺人事件が単なる大量殺人じゃなくなってしまう。
密室殺人だ。
密室殺人の最大の利点は、被害者を自殺に偽装したときにある。自殺にしか見えない姿で、状況が密室なら普通は自殺とするだろう。つまり、別の事件をでっち上げ真犯人が疑いをかけられる可能性を減らすことができる。
近頃のミステリーは、意味もなく密室だけを作り上げ不自然な状況で恐怖となぞを演出したがるが、はっきり言えばそんな密室など犯人を捕まえることを至上の目的とするミステリーからすれば何の障害でもない。
むしろ、犯人は確実に『殺人事件だよ』と堂々宣言しているにすぎないし、手を加えた分だけ探偵にヒントを与え、それが解けてしまったという、それだけで犯人が特定されてしまう危険性がある。平たく言えば無駄の上に過ちを上塗りしたような粗雑なトリックになってしまう。
はっきりいってそんなトリック解けずに犯人が特定できたのなら、解く必要すらなくなるトリックだ。
話は戻る、密室殺人の最大の利点の一つは、別の事件をでっち上げることで真犯人の疑いをそらせるところだ。
今回の事件はどうだ?
密室などどこにもない。だが、密室と同じ効果が起きているではないか。
ここは城塞だ、あの晩、僕が玄関を見張っていた以上、絶対に『外に』出ることはできない。
いや、仮にこの屋敷の塀の内側を外として、塀の外側を内側とするならば、外界という、世界でいちばん大きな部屋(くうかん)の『内に』は決して入れない状況になっている。
まさに世界最大密室だ。
さて、その『その内側で』どんな事件がでっちあげられたか、それは簡単、『外界に潜む謎の殺人鬼』がおこした大量殺人事件。
そう、完全に出入りのできない密室(外界)で、被害者を密室(外界)内に潜んだ殺人鬼に殺されたように見せかけたのだ。
・・・・。
と・・・あくまで古矢さんを犯人と仮定した場合の話だ。
古矢さんも、仮定で犯人にされ捕まったとあっちゃ納得できんだろう。これは所詮パズル的アプローチだ。手法を見つけ出した時初めて解答となりえる。
つまり、古矢さんが外界に出る方法を見つけなければ何の意味ももたない。
そう考えるならば、古矢さんが昨晩いた場所で最も怪しいのは・・
―蔵だ。
「で、どうですか?あの人の話を聞いて何かわかりましたか?」
古矢さんがあの人と言っているのは柄原美雄のことだろう。
「いえ、あいつペラペラ喋るんですけど何言ってるのかよくわかんないんですよ。僕にはさっぱりです。」
と、いっておく。
「ちょっと、頭を冷やしてきます。」
僕は、そう言って母屋の外に出た。
いつの間にか、日は傾き橙色の光が目に差し込んできた。
もうじき夜が来る。
その夜が明ければ、
犯人が予告した最終日、
・・・三日目の朝が来る。