蒸れないブログ -164ページ目

小説 愛食家な彼女 22

まずい―と、思った。


すごく・・・とても・・・・


とてもじゃないけど・・・・・


紗江の顔が見られなかった。


俺・・いまどんな顔してる?


心臓は早鐘を打って、頭はパンクしそうでぐるぐる回ってるのに何故か景色は真っ白で。

気がついたらうつむいていた。


―なんか・・・なんか言わなきゃ―


「あ・・・」

ダメだ・・・ちゃんとした言葉が見つからない。

「あの・・・・」

そもそも、おれは何を言おうとしてるんだろう?

ど、どんなことを言ったらいいんだ?

何が・・・何を・・・僕は僕がわからなかった。

「おれも・・・その・・・・さ・・・・あの・・・・・」

どうしよう・・・・おれ・・・すごくかっこ悪い。

言わなきゃ。俺も―。



そんな時、ぽんと・・・うつむいた僕の頭に紗江の手がのった。

紗江の細い指が髪の毛を分けて僕の肌に直接ぬくもりをくれる。



その時、僕はふと思った。

逆に・・・

紗江は今どんな顔をしてるだろう。

きっと、今の僕とおんなじような表情で 


この願いにも似た 孤独にも似た 心臓をぎゅっとつかまれるような 肌は吹き出した汗でとても冷えるようなのに 内側は火鉢にも似た極端な熱さをもつ この状況に


恍惚にも似た 悲しみにも似た 飢えにも似た 春の木漏れ日にも似た


心の波に耐えているのだろうか?


そう思った瞬間。―僕はちゃんと顔をあげて紗江の顔を見たくなった。

紗江の顔を見て 僕の顔見てもらって ちゃんと―。


僕は顔をゆっくりあげた。

紗江の顔が目の前にあった。

前髪が・・・紗江の前髪が、僕に触れるような距離に

一度決めた心は揺れた。


決心がこんなに難しいなんて考えたこともなかった。

決めたことが波のように揺れてしまう自分の心がとたんにとても悔しくなって・・・泣きたくなった。


紗江の瞳の虹彩がふと揺れたように感じた。


彼女は・・・笑った。―多分、このときの僕はそんな表情はしてないと思う。


「ませちゃった?」


その瞬間、今までのいたたまれないような言葉にもできないような僕の感情は、怒りというはっきりとしたものに変っていた。

今ならわかる。ぼくは、今駄々をこねるような子供のような、ひどく造形の崩れた、そんなどうしようもなく変な顔をしている。


「ッ~~~」


僕は声にも出せない悲鳴を叫び、すぐに


「紗江はずるいッッ!!!」


と、自分でもなんだかよくわからないことを言っていた。


少し―泣かされたような気分だ。


僕はひどく子供なんだと思った―紗江にからかわれるくらい―それを本気にしてしまうくらい―それが本気であることを願ってしまうくらいには・・・・・。

第一章 自己消失 1-25 物 ―小説


ぼくは、弓端さんの部屋の前に立つ。
そもそも、始めの始めから異常だったのだ。
携帯電話の中の彼女はあれ程までに、正常で、あれほどまでに明るく、あれほどまでに父親と仲が良かった。

しかし、僕の出会った弓端さんは違っていた。

声こそ感情が飛び交っているが、表情は人形のように変化がなく、

人に声をかけると無茶苦茶な声のかけ方をし、

奇人のように行動を起こす。


ふと、キャベツを見てピクリとも動かなくなったり、

できもしない料理を作ろうとしてまた、フリーズ


・・・それはそれで、僕は大好きだったけど、


・・違ったんだ、


そんな事本来の彼女ではありえなかったんだ。




だってそうだろう?



あれほど仲の良かったお父さんをただの知り合い呼ばわりして、

殺されてもなんとも思ってないなんて・・・


そんなの、


町が消されると聞いて、

本気で風都に怒った彼女に、

そんな優しい彼女に


     ―あってはいけないことなんだ。


彼女は失い続けていたんだ。


僕に逢うはるか前から殺され続けていたんだ、悲しくて、辛くて、僕の受けた喪失感を何度も何度も味わったんだ。


そして・・・・


―僕は、弓端さんの部屋の扉に手をかける。


お前が、弓端さんを追い込んだ!


―扉を開けた。



ついに、犯人とご対面だ。




そこには、弓端さんが倒れていた、
糸の切れた人形のように、

もう何にも反応できず、

いや、今までどうやって反応してきたかも思い出せずに、

そこに人形のように虚空を見つめていたのだ。


(そうか、もう、動き方すら思い出せない・・・)
可哀そうに、弓端さん。
ぼくは、彼女の部屋に入る。
『重苦しい』、そう、魔法使いに特有の『重苦しい』雰囲気。
瓦解しそうな世界がギシギシと悲鳴をあげギリギリのところで崩壊を防いでいる。
思えば、結界だった。
来ようと思わなければここに立ち寄ろうともしなかっただろう。
ここは、この屋敷の中で最も異質な空間だった。

弓端さんを探そうとすればここをまず初めに探すべきはずなのに、僕はここに立ち寄ることすらしなかった。『この部屋に来よう』と思って初めてここにたどり着けたのだ。


まさしく、結界。


結界とは、もともと仏教用語で、大雑把にいえば内と外を分けるもの、境界線。
地球には、地表には、地面には、そもそもここからが、この領域だとするものはない。

地面はどこまでも続くし、海もまたしかり、境界を決め領域を決めているのはあくまで人間だ。
つまり、結界とは、人間が内と外を隔絶するために、心にかける精神的防壁に他ならない。
結界とは、相手の脳内に組み立てるものなのだ。
だから、実際に防壁を組み立てる必要はない。
ただ、ここの嫌な雰囲気を感じ取れば、『無意識』の内に、ここから遠ざかってしまう。

「そうだ、この中途半端な結界が、まさしくお前の存在を証明しているよ。」

ああ、下らない。

確かに、これはミステリーとしては最悪だ。

指を適当に差せば犯人を当てられるほど登場人物が少ないこの状況下で、犯人が、登場人物に上がらないようトリックを仕掛ける。

それ自体は、使い古されていても良いネタだとは思う。


が、タネがあまりにも陳腐だろ。


「そう、わかっていたのに気付かなかったのは、ありえないと思ったから、いや、概念がなかったからか、それもないな、知っていたともお前みたいなの。一応神道は、家庭の事情で教わったからな」

弓端さん以外に、部屋の中には誰もいない。
あるのは、壁と床と天井とランプとくるみと机と・・・人形だ。
部屋の中に人間はいない。
部屋の中に人間の犯人はいない。


「ともかく、僕はお前だとわかっている。」


ぼくは、発する。

殺意を持って発する。死を持って発する。

地獄の彼方、煉獄たるこの世はおろか、天獄の彼岸をも殺滅し、


良俗悪俗区別なく、


その生に意味を認めず、


蹂躙し、凌辱し、剛虐し、


その魂魄幾度死を与えられ、


怨念の業火に焼かれようとも


お前は死滅し、


自壊し続けろッ!



―さっさと答えろッ!―



ふと、世界が歪んだ。


「ツクモ神」



第一章 自己消失 1-24 完全否定 ―小説

解答編



シギ


死戯というものが『この世界に』には存在する。

はっきり言えば都市伝説のようなものだ。

所詮うわさに過ぎないそれは、私たちの世界の『首なしライダー』のようなもの。

あるいは口裂け女。


ただ、死戯は、妖怪やお化けではない。


死戯は、殺人鬼だ。世に数多といるであろう殺人鬼。

殺人者を超越してしまった歪んだ人間、それはもう人とすら呼ばれず鬼と呼ばれる。ゆえに殺人鬼。

その殺人鬼の中でもより上位の存在がいる。

それは都市に潜み100をも超える人間を殺し、殴殺し、斬殺し、強殺しながらも、人に見られることなく、その存在の残り香を残す完全殺人を繰り返し続ける存在。

そいつらを判別するのに理屈はいらない。
なにしろ、姿を見せずに噂が生まれるのだ。


君は、出会った瞬間、すぐに解る。


出会った瞬間、すぐに死ぬ。




   ◆ ◆ ◆



ぼくは、携帯電話をその場に捨てる。


ありがとう、Alice。本気で助かった。


いや、助かってないのか。

きっと、どっちもだ。




遅かった。
古矢さんは死んだ。
まだ、間に合う。
弓端さんは確実に生きている。

時刻は午前0時を超えて深夜になっている。
もはや、この世界を支配しているのは深き夜の闇とそこに差し込む月のみ。


ぼくは、犯人のもとに向かう。


あれほど、頭を駆け巡っていた混沌は、今は冴えた水の如く清流となり、正しき流れを僕に現している。


冷静な思考は、自分のやるべきことをはっきりさせる。


やることはただ一つ。


 完全否定


僕はその言葉を頭の中で浮かべた瞬間、意識を深く・・・暗く・・・冷たい場所へ落としていいった。


そこには・・・・優しさなんて―ない。