蒸れないブログ -157ページ目

小説 愛食家な彼女 41

「近くを通りかかったときに無線が入ったから急行しただけだ。」



奥出警部は機械的に答えただけだった。

だけど、おれの鼻は嘘をつかない。

体温、汗、その分泌濃度と内容―嘘だ。



奥出警部は嘘を言っている。



「高柳。お前は俺がうそをついていると思っているな?けど、お前はどうなんだ?嘘をついてないのか?なぁ、聞かせてほしい。高柳―お前、どうやってここに先回りしたんだ?藤本刑事の報告によれば、突発的なものだったと聞く。

なのに、警察無線で指示した場所にきてみれば、お前はそこで死んでいる小僧より早くここに到着していたようじゃないか。

不思議なこともあるものだ。

前々からお前の捜査は異常だった。

いや、捜査と呼べるようなものでもない。

刑事の感―なんてものは藤本刑事のよく使うスタイルだが

多少なりとも根拠があるものだ。

だが、お前は違う。

そういったものを超越している。

なにもないところから確信を得て、それが的を得る。

そんなことがありえてもいいのか?」

淡々と語られる警部の口調。

正直小馬鹿にしていたあの警部のものとは思えないほど冷徹で理に即した

まるで―


まるで、藤本刑事でも相手にしているかのような威圧感。


何も言えなかった。臓物が冷え込むような語りに圧倒されていた。


思考はまだ冷静―故にこの状況での警部のこの質問の意味を計りかねた。



この警部の言葉通り、おれの行動に疑問を持つことは十分あり得た。

当然のことと言っていい。だから、事前に覚悟はできていた。


―だとしても・・・・。


何故このタイミングなのだ?

何故今頃になってこんな追及をしてくる?

ならば、今までの俺の行動の放置はどう取ればいいというのだ?


何故ここにきて―


「お前は不審だ、高柳。この疑問は払拭されない。」


つまり、こう言いたいのか?

これ以上、おれに行動するなと・・・・。


「故に捜査から外す―。」


「待ってください!」

自分でも驚いた。この判決を覆したい理由なんかないはずなのに―なぜか行動は逆のことばかりを行おうとしている。

両親を殺した犯人を捕まえていらい、希薄だった事件への興味が戻ってきたわけでもないというのに

俺は何故こんなにも食い下がろうとしているんだ?


「待ってください!!そんな理由で、あなたが俺を捜査から外すことなんてできるはずないでしょう!?そんなのただの推測です!!そんなの私的な感情、上が通すはずない!!第一、そんなこと言ったら、警部がここに来た理由のほうが未だ不審です!!」


「わかってないな。」

しかし、おれの言葉は途中であっさりと切り捨てられる。


何が!?―そう叫ぶも、そこからはやはり、先ほどの理と冷徹さをもつ声が響いてきた。


「お前は、今回の事件で、『犯人』に向かって、『犯人の持っていたトカレフ』―つまり、『警察の許可していない武器』により、『指示を仰がず』、『勝手な判断で』発砲をした。それも、『感情に任せた、必要性のない状況で』―だ。

いいか?高柳。

警察官は、銃の携帯が許可されているのではない。

ましてや、発砲が許可されているわけではない。


警察官は、銃の必要性が認められた時、『上の指示』で『許可された拳銃を用いて』発砲する『義務』を負っているだけだ。


それを権利などと違えるな。

お前が引き金を引くのではない。

トリガーを引くのはあくまで上なんだよ。お前はそのための端末にすぎない。。

ましてや、『勝手にそこら辺にある銃』を使うというのはな、高柳。

そう言うのは、銃とさえ判断されないんだ―凶器なんだよ。

つまり、凶器をふるったお前は、警察の行動を逸脱したも同じ。刑事ですらない。その瞬間お前は犯罪者になり下がったというわけだ。

捜査から外す、外さないを俺が語る以前に

お前の謹慎処分は、妥当なものだろう。

いや?解雇処分かな?

まぁ、そこまですると、あとあとマスコミを騒がすネタになりかねないから

隠ぺいした後、解雇あたりかも知れん。

だが、出来うることならば解雇を俺は望む。」


そんな・・・。

全身から虚脱感が絶えない。

まるでまっさかさまに落ちていくような気分だ。


奥出警部は去り際に―何かをつぶやいた。

聞こえるか、聞こえないか

かすかな音には違いない。


だが、虚脱して空になった頭の中にそれはあり得ないほど鮮明に響いた。


「優秀というのは酷なことだな、高柳。



       ―お前は、踏み入りすぎた。」



小説 愛食家な彼女 40

倒れこんだ少年にあわてて駆け寄る。


少年の影は明らかに尋常ではなかった。

全身が痙攣しており、廃ビルに響く呼吸音まで異常だった。


「おい!」


近寄ったとき、ふと入ってきた月の光が状況を照らし出していた。

コンクリートの床に広がる血だまり


絶句するよりなかった。


少年は、息があるほうが不思議なほどの傷を全身に受けていた。


しかし―何故・・・・。


「タス・・ケテ・・・、オジ―サン、さぁ」

「おい!しゃべんな!しっかりしろ!もうすぐ警察も救急車も来る。」

嘘ではなかった。

一応の救急車と、警察署本部に応援を呼んでおいた。

何しろ、発砲事件。―女子高生の様態によっては殺人事件にすら発展する状況だったのだから当然だった。


―だが、少年の様子をみれば、もう殺人事件に発展したといってもよかった。


彼は―死ぬ。


「美作・・・さぁ、みま・・・・はぁれぇ?」

「だからしゃべんなって!おいッ!」


止めろ、止めろ、止めろ!!簡単に死ぬな!!!


先ほどとは逆の思考が脳内を駆け巡る―沙世先輩の声が頭の中に響くようだった。


止めろ!死ぬなッ!!死んじゃいけない!!加害者も被害者も、ましてや死者なんて出しちゃいけない!!!


「あ、はは。だせぇ・・・笹川ァ・・・と、同類じゃん。だめじゃ―みまさかァ」

「おい!止め―」


だめだった。


明らかにわかるのだ。

手に残る重みが全然違うのだ。


人は、死んだ瞬間に石になる―重くなるたとえである。


昔話の妖怪―こなき爺が背中に乗せてだんだん重くなるのは―実際には、背中に乗せた老人が、死んでしまったからだといわれる。


それだけ明らかに違う。

それがー命を失った時の実感なのだ。

こんなにも―こんなにも、重い。


「高柳か・・・・」


高柳は、顔をあげた。

美作―少年が最後に告げたその不吉な名前を思い返した。

拳銃はない。

おそらく、美作という少年は、拳銃を持っているだろう。

それも躊躇なく打てるようにしている。

彼の傷を見ればそんなことは明らかだった。

だが、そこに現れたのは美作という少年ではなかった。


「警部?」

「そう、人間不信の警部だよ。高柳。残念だったな。女子高生はしんだ。蓋山君という子も死んだらしい。そして彼も、美作という少年も『罪の意識』から死んでしまったよ。向こうのほうで頭を撃って死んでいる。

実に残念だが、安心もしている。

こんな子供たちが大人になったら、私の人間不信もいよいよ的外れではなくなるからな・・・・なぁ、高柳?そうは思わないか?」

「何言ってるんですか・・・・」


鼻腔をくすぐるこの臭い。

硝煙の匂い。

どうやら、向こうのほうで美作という少年が死んでしまったというのは本当のようだ。

だがー。

「ですが、警部。何故こんなところにあなたが・・・・」

警部―あなたが到着するには早すぎる。

小説 愛食家な彼女 39

今にして思えば、蓋山はこの時、まだリアルを生きていなかった。


どこか遠くの世界の出来事に、間接的にしかし深く関係した程度。


まるで、RPGをプレイしているような感覚。


遠い世界のことを―間接的に、しかし、その行為がその世界を深く変えてしまう―が、どこか遠い、


―その程度。


彼がリアルを生きだしたのは、美作に拳銃を渡された時だ。

その説明不要の、無骨な鉄の塊のリアルさが、ようやく蓋山の現実感を彼の行動に追い付かせた。


―ちょっとヤバいんじゃないか?

―こいつら、ちょっとおかしいんじゃないか?

―僕はこれからどうなるんだ?


不安になった。

だが、それ以上に、本物の拳銃を普通に仕入れて笑う美作という存在が怖かった。


美作は本当にイカレテいた。

ありえないほどと言っていい。

簡単に野良猫に試し打ちして、そいつを殺すと、そのあとそれを引き裂き焼いて食って見せた。

感想は『まずい』の一言だけ。


他の連中も戦慄したに違いない。


美作の行動は言葉以上に鮮烈に正しく蓋山の心を支配した。


―今更逃げ出せない―

―逃げたら殺される―


それからは、蓋山にとって最悪の日々が続いた。

いつも頭の中に美作がいるような気がした。

美作が恐怖の象徴として蓋山を支配していた。


逃れたい逃れたい逃れたい。


だが、美作から逃げることは実質的には死を意味する。


美作から逃れることはできない。


だから、蓋山の取るべき行動は一つしかなかったのだ。


美作から逃れられないのであれば

美作の『恐怖』から逃れるしかない。


―それには、


自らが狂人となるほかなかった。


平気で殺す―あの、美作のように。



その結論に至ったのはほかの仲間も同様だった。


思い込むことにした。

自分は、美作になったのだと。



そして、狂人は走り出した。

実際にコンビニ強盗に入り


狂気に走った。


だが、それは―どうでもいいことだった。

なにしろ、このころの俺たちは、表面上狂ってはいたが

たんに冷静に早く逃げ出したかっただけだったのだから。


だから、笹川は殺された。

余計な時間をかける暇はない―早く逃げ出したいだけなのだ―。


蓋山はハンドルネームを『笹川』となのっていた。



 ◆ ◆ ◆



逃げ出した少年は、呼吸を整えずとにかく走っていた。


交通機関を使えば人に目撃される―そう言う恐怖があったのも事実だが、


それは順番が逆というものだ。


『怖いのだから、逃げるのだ』


彼の行っていたことは逃走による逃避である。

逃げることが重要、走ることが重要。

そうやって足を進め、距離を稼ぐ実感を得ることが

『まだ、大丈夫、大丈夫』と、彼自身に暗示をかけることにつながっていた。

心の安定を保っていた。


そうすることで、漠然と追いつかれないという安心が欲しかった。

そして、この心の安定はその終着駅もあった。

『あの場所に行けば、もう大丈夫。ゴール、ゲームクリア』

そう思える場所。


―それは、仲間と出会ったあの廃ビルだ。


そこに行けばもう大丈夫。だから、そこに向かって走っていた。

走るしかなかったのだ―彼には。



 ◆ ◆ ◆



息は切れていた。どうしようもなく、呼吸は乱れていた。やっとたどり着いたのだ。

だが、

そこには―。


 ◆ ◆ ◆



「もうそろそろ終わりにしよう。がきんちょ。あんまりいきがると、少年法も救ってくれないってこと教えてやろうか?」


高柳は、淡々と歩いていた。

鼻から得られた、少年の目的地は一直線。

しかも逃走手段は、足。

先回りは容易かった。


高柳は大人だ。大人の脚があり、車に乗ることもでき

他の交通手段も使える。


いくら先に少年が逃げようとも、そんなものは何の意味もなかった。

むしろ、逃走という行為がい、少年を体力的にどこにも行けないようにしていた。


高柳は、少年が入ってくると、壁陰に隠れて拳銃に備えた。


月明かりが少年の影を照らし出す。

暗い影は上下に肩を震わし、足をひきづっていた。

そう、子供の足に逃走という手段は過酷すぎたに違いない。


だが、高柳の想像通りだったのはそこまでだ―。


彼が呼吸を整え、取り押さえるタイミングを計っているその最中に


―少年は前のめりに倒れこんだのだ。