小説 愛食家な彼女 55
「ちょっと、そこの君たち」
すでに、三度目の挑戦だった。
安全性に疑問をもたっれる遊具の数々、開けた土地、夕方六時ごろになると放送が流れる時計。いわゆる公園の真ん中で、俺は小学生の子供たちに聞き込みをしていた。
帰ってきた言葉はあまりに傷つく言葉達。
「なにこのおじさ~ん」
-おじさん?―
「あれだよ、不審しゃだよ。こえ~まじきめ~。近づかんといて~」
―有に事欠いて不審者って―
「おい、おまわりさん呼ぼうぜ。ロリコン変質者だぜ。変態だぜ。」
「いや、俺は刑事で・・・」
「なら、手帳見せてみろよ。
『けいさつてちょう』」
先ほどからこの調子である。
例の薬の話を聞こうと、小学生に事情を聞こうと思うと
最近の割と物騒なせいか
近所のおばさんに不審な目で見られ、警察に通報するとおどされたり
二回目は、手持ちの護身用催涙スプレーに警報アラームまで鳴らされ撤退された。
立て続けに起こった子どもを狙った殺人事件のせいで
どこもかしこも人間不信
なんという世知辛い世の中だろう。
そういえば、子供を家に招待してお菓子を与えただけの老人が捕まったという話も聞いた。
辛い・・・安全とともに、何かを置き忘れているような気がする・・・・・。
本来ならば、謹慎中の身分で刑事手帳なんて見せるべきではないが
これ以上手をこまねいていても仕方がない。
俺はそれなりの覚悟を持って手帳を見せると
「どうせ偽装だろ~」
「俺、こういうのドンキで見たことあるぜ?」
と、言われた。
どうしろっちゅううんじゃッ!!おんど涙涙(ら)ぁぁぁ!
で、結局逃げられる。
「駄目でしたねぇ」
「駄目だった。」
どうせ、紗江も見ていることだし
刑事としてかっこいいところを見せようなんて考えていたらこれだ。
かっこ悪すぎる―穴があったら入りたい、入って埋没したのち地球のコアに向けて6000M程沈みたい。うっかり、沈みすぎてブラジルに逃げたい感じもある。
はァー。
と深いため息をして見渡す。この公園も先ほどの子供たちだけだった。
おれは、ブランコに腰掛ける。ゆらりと死なるチェーン、ブランコが大人の体重に悲鳴を上げぎぃとなった。
「よろしければ」
と、急に紗江が突然手を挙げた。
そのままの体勢で、俺を見つめる紗江。
ええと・・・。
「はい、薄野さん。何でしょう?」
「不肖、私、薄野がお手伝いしてごらんにいれます。女の私なら、子供たちの警戒も解けるかもしれません」
―どうやら、他に手はなさそうである。
◆ ◆ ◆
間もなく通りがかった小学生に紗江が駆け足で近付いていく。
どこか小動物的な動きでむぼうびそのもの。
なんか、見てるだけでなごむ光景だ。
「ねぇ、君たち」
最初の時点で反応が違う小学生。
子供達と、自然と溶け込んでいく紗江。
その様子を遠目に見ていた。
ああ・・・俺もあんな感じだったのだろうか?
―ねぇ、君は愛を知ってる?―
そんなこと言われたら、普通は変に思って逃げちまうよな。
だけど、昔の俺は違った。
今の小学生たちのように、何の疑問も疑いも持たなかった。
それが自然だった。
紗江には自然と周りに溶け込める才能があるのかもしれない。
思えば、それはすごい才能だ。
大人になって社会と言う人間関係という鎖で仕切られた荒野に出てみるとそれがいかに重要なことかわかる。
人の最大の進化点は、二足歩行したことでも、火をつかえるようになったことでもない。
コミュニケーションがより正確にできるようになったことだ。
つまり、対人関係を円滑に進めれるようになった人間と言うのは、人間としての能力を最も進化させることのできた人間だということだ。
そして、それは人間の構築した世界の中では絶対的だ。
文化、理念、思想、社会。
すべては、人と人とのつながりが生み出したもの。
ならば、人と人とのつながりが簡単に持てるということはそれらを一気に掌握することが可能だということだ。
なら、紗江は、そのすべてを持てることになる。
だが、同時に紗江はそれを望まないだろう。
望まないからこそ、邪念がないからこそ、彼女の彼女としての才能があるのだと思う。
だとしたら、うまくできている。
そう思った。
なんでも手に入る人間は、手を伸ばさない人間だという矛盾が、結果としてなにも生み出さない。
だから、不平等も生まれない。
だから、彼女は汚れない。
それは何も生み出さない代わりに、誰かがいつも紗江のそばにいてくれる。
・・・・そう思えるのだ。
・・・・。
なら・・・・・なぜあのころの紗江の周りには誰もいなかったのだろうか?
いや、今もか・・・・。
何故、彼女の周りには人がいない?
俺と藤本刑事くらいだ。
それは、単に俺が紗江のことをよく知らないからなのだろうか?
それとも・・・・
紗江がわざと人を遠ざけているのだろうか?
「聞いてきましたよ。」
「あ、うん」
気がつけば、紗江が目の前にいた。
「啓司君にも話してくれるそうですから、一緒に聞きませんか?」
そういって、彼女は俺の手を引いた。
小説 愛食家な彼女 54
俺は薬の売り手の男と別れてから、しっかり匿名で麻薬Gメン共に通報しておいた。
アフターケアは何事にも重要だし、あの青年にも―といっても自分とそう歳は変わらないが―世の中そんなに甘かぁないことを教えてやらねばならないだろう。
そんなことより、俺は足早に紗江のところに向かって、もうほとんどの店が閉店してしまった商店街を歩いていた。
いくらなんでも、あんな物騒な男に紗江を会わすわけにはいかないので、当然の処置として紗江には別の場所で待っていてもらうことにした。
B★BCAFEと言う名の店で、コーヒーが美味しいらしいのだが―まぁ、そんなことはどうでもいい。
紗江のところに急ぐのには、理由がある。
―心配なのだ。
紗江に、そのCAFEに残ってもらうのに相当ごねられた。
紗江はあれで、結構強情なところがあるので、案外ひょこひょこあの人間に飼いならされた小動物のような無防備さで着いてきかねなかったのだ。
今のところ紗江がおれの後を追ってきた様子はないが、いつ気が変わるともしれない。
はぐれない内に戻るのが得策だ。
そう思って、さらに足を進めようとした時、
ふと―思考に違和感を感じた。
気がつけば立ち止まっていた・・・・・。
そもそも、なぜ彼女は俺の捜査に付き合おうとするのだろうか?
不安だからか?―いや、そもそもそれがずれているような気がした。
・・・・・。
いや、彼女は自分に好意を向けているーそのはず。
俺たちは付き合って― $%&’ ―いや、まて・・・それは・・・え?
思考に 雑音(ノイズ)が 混じりだす。
そもそもいつからだ?
いつ付き合い始めた?
いつ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・なぜだ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・記憶が・・・・・・・・・・・・・ところどころ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぼけている・・・・・・・・・・・・・・・・かすんでいた・・・・・・・・・・・・・・・・ない・・・・・・・・・・・・・・・・しかし・・・・・・・・・・・・・
え・・・・・・・・・・・
始まりはー
そう、それはあの夏の日だー子供のころの―でもそれは・・・・・・・。
ふと―世界から音が消えた。
誰もいない商店街、世界は停まっている。
視界に、彼女が立っていた。
逆光にさらされ、商店街の床にこちらに向かって影をずるりと伸ばしている。
紗江だ。
あのころのままだ。
あのころのままの彼女がいる―あれが彼女でなくてなんだというのだ。
彼女の白い肌はあのままではないか?
彼女の澄んだ瞳はあのままではないか?
彼女の笑顔はそのままではないか?
彼女の体は相変わらず未熟ではないか?
彼女の口元は相変わらず赤いじゃないか?
彼女の心は今でも俺に向いているじゃないか?
彼女の声は今でも俺の名前を呼ぶではないか?
この世界には『紗江』と『俺』だけだ。
―何が・・・・・・不満だ?―
◆ ◆ ◆
「おい、あんたぁ、どいてくれんかぁ?」
後ろから声をかけられた。
俺はあわてて飛び退く。
普通のおやじだ。
気がつけば、誰もいなかった商店街に少しばかり人通りが戻っていた。
視界に映っていた彼女の影もない。
どうやら、白昼夢だったようだ。
しばらくなかったのにー以前熱中症で倒れた時のように、白昼夢を見だすなんて・・・・。
その時、女性の声が聞こえた。
紗江の声だー当然、最初はまた幻聴だと思ったが違う―本物だ。
俺は声のほうに向かって走っていた。
◆ ◆ ◆
「あのぅ?道が聞きたいだけなんですけどぉ?」
「何?君・・・家出の子?」
袋小路になっている小道から声が聞こえた。
見れば、紗江は二人のガラの悪そうな男に囲まれている。ヤクザかもしれない。
やはり、俺を追ってついてきたようだ―まるで子供だ。
話の筋を聞く限り、彼女が道を尋ねたところ、ここに押し込まれたというところか・・・。
「あの、もういいです。どいてもらえますか?」
「どかないけどね。」
「あの・・・」
さて、助けるか・・・。こうやって覗いているわけにもいかない。
おれは、やつらに近づこうとした時。
「きゃっ・・」
男のごつい腕が無理やり紗江のその細い腕をつかんだ。
引き上げられて―顔をしかめ―紗江。
「痛いです」
その一言で男たちは笑った―ワラッテーサエ―ヲ。
心臓が跳ねた。
その光景がー記憶の何かとー重なった。
オモイダセナイ。
心臓は一定のリズムに沿って音を鳴らし続けている。
だが、それはだんだんと早く成り―思考を白へと染めていく
重なる―
重なる―
あれは・・・・・・・
アレダー。
―の声が聞こえる。
喘ぐ声だ。
恍惚としている。
俺はそれを見ていた。
白浜の夏。
焼きつける太陽の中、
彼女は影の中
―犯%&$―
気がつけば、男たちを殴りつけていた。
彼女を触ったその手を折ろうとしていた。
あれはやってはいけないことをした。
「啓司君!?」
彼女の制止の声が聞こえる。
無意味だ。
彼女が許しても俺が許さない。
この手は彼女の腕をひねりあげた―もう存在してはいけない。
折った。
折って、なんどもなんども踏みつけた。
あまりに突然の出来事に呆然としていたもう一人の男も、声を荒げて俺に掴み掛ろうとした。
だから蹴り込んだ。
股間にまっすぐ蹴り込んだ。
そんなに盛りたければ、他を狙えばいいものを―こいつも馬鹿だ。
いらない。
いっそのこと盛れないようにしてやろう。
こちらも何度も蹴り込んだ。
その間に、立ち上がった『存在してはいけない手』をもった男に今度は拳銃を突きつける。
引金は引ける。
何ら―罪悪感と言うものが持てない。
マグナムだ。
引けば、きっと、頭がはじけ飛ぶだろう。
きっと、脳漿をぶちまけ事態についていけない体が痙攣しながら床に倒れ込むだろう。
まるで自業自得だ。
その時
彼女がー俺の腕をつかんだ。
嗚咽を―もらしている。
やめてください―と鳴いている。囀っている。
愛おしかった―彼女の声が。だから手を止めたにすぎない。
「『高柳』さんッッ!!!!!」
その大きな叫びで正気に戻った。
正気に戻って、自分が『自動的に行っていた』ことに驚いた。
彼女の叫びがなければ確実に引き金を引いていた指を凝視した。
「あ、ああ」
その狼狽はガラの悪そうな男のものではない―俺のものだ。
おれは、銃をおろした。
ガラの悪そうな男は青ざめて腰をぬかし、あがくように逃げようとしている。
「お、お前、・・・俺たちはやくざだぞ。ただで済むと思うな」
おびえながらそう言ったのは股間をけられた男だ。
「俺は刑事だよ。さっさと行け」
男たちは逃げた。
俺は、酷い目をしていたに違いない。
◆ ◆ ◆
男たちが逃げた後も、紗江は俺にしがみついて泣き続けていた。
俺は
「大丈夫か?腕つかまれたところしか見てないけど、ほかに何かされた?」
そう聞いたら
「大丈夫か聞きたいのは私のほうですッ!!」
そう怒鳴りつけられた。
「私、腕つかまれただけですよ!それなのに、銃まで出して!あんな無表情に!たす、助けてもらったのは!!すごく!すごく嬉しいですけど!!なんで!?好きな啓司君が、こんな・・・・すごく怖い人に見えて!!!」
最悪だ。
彼女にとって怖い人は俺だった。俺が恐怖になっていた。そんなーつもりはー無かったけど・・・・・・・。
「ごめん。」
呟いた。
当然、今のことへの反省の意味もあったが
―こんなにも優しい彼女を一瞬でも不審に思ったそのことにも同時に懺悔していた。
