朝から家の中でパソコンに向かい、

ふと夕方に鏡を見ると、

顔色がすぐれないように感じることがあります。

 

 

年齢のせいか?とも思ったけれど、

それだけでもないような。

 

 

日々を振り返ると、

散歩には出ているものの、

基本的にはパソコンの画面や、

家の中という限られた四角い空間に、

脳も体も閉じ込めてしまっていることも多いなと思って。

 

 

なので、もっと広い空間の中に置いてみることにしました。

 

 

今週は、いつもより少し足を延ばして、

外の空気に触れる時間を意識してみたんです。

 

 

バスに乗って、近くのモスバーガーへ出かける。

 

 

少し長めの散歩を兼ねて、歩いて行けるスタバまで歩く。

 

 

試してみて気づいたのは、

単に「散歩をするかしないか」ではなく、

「場所を移動して空間の変化を感じる」

ということ自体が、

私にとっては大事なんだということ。

 

 

体の感覚が優位だからこそ、

身を置く場所の広さや空気の動きが、

ダイレクトに全身に影響しているのだろうな、と。

 

 

狭い空間にいるときは、

体が無意識のうちに周囲の圧迫感から自分を守ろうと、

身構えていたのかもしれません。

 

 

例えるなら、ピタッとしたウェットスーツを

着せられている、

そんなわずかな圧縮感のような。

 

 

それが、広い空間に出た途端に、

するりと脱げて解放されるような感覚があるんです。

 

 

移動した先では、

ノートを開いて頭の中にあるものを書き出してみました。

 

 

ときには、せっかく広い場所にいるのに、

ついスマートフォンという小さな空間に

視線が戻ってしまうこともあるけれど。

 

 

それでも、

家の中に閉じこもって見ているときとは、

どこか開放感が違う。

 

 

しばらくすると、

不思議と画面を見る必要性も薄れてきて。

 

 

ただ何もしないで

ぼんやりする時間が増えていきました。

 

 

その空間そのものをじわじわと味わう。

 

 

それは、

締め付けられていた皮膚や筋肉が緩み、

内側に風が通っていくような時間です。

 

 

今週、まだ2回ほど試しただけ。

 

 

それでも、帰宅したとき、

それから翌朝起きて鏡を見た時の

顔つきや顔色まで、

これまでとは違っているように見えました。

 

 

何か特別なことをしなくても、ただ場所を変えること。

 

 

広い空間に身を置いてみること。

 

 

それが、

体の感覚とともに生きる人にとって、

自然なリズムを取り戻す一つの手段なのかもしれません。

 

 

どのくらいの頻度が心地よいのか、

自分に合うリズムを確かめながら、

この小さな楽しみを続けていけたらなと思っています。

 


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医療でも心理でもない

「第3の場所」ガイド|永松ひさこ

 

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