馳走感に対する試論-主客転倒の食卓ベクトル-
今日のごちそうさまで気付いてしまった
御馳走様の真理
満腹感
ご飯はいつ終わるのだろうか
何を以て ごちそうさま の鐘が鳴るのか
それはもちろん、空腹が満たされたらである
空腹が満たされたら、食欲が満たされたら、食事は終了する
そんな風に考えてた時期が、俺にもありました
何千回と唱えてきた「ごちそうさま」
今日の俺は明らかにお腹が満たされたから、「ごちそうさま」を述べたのではなく
食卓の皿に盛られた野菜炒めがなくなったから
「ごちそうさま」を述べた
御馳走様宣言を発令した
これが何を意味しているのか
すなわち、俺の満腹は俺自身が決めていたのではなく、皿に決められていた
今まで自分が自分の欲求を満たしていると錯覚していた
俺の、俺による、俺のためのごちそうさま
食欲の民主主義である
しかし現実は、
皿になくなったものがなくなったら ごちそうさま
確かにお腹は膨れている
今の俺はそれなりにごちそうさまを言う資格を有しているだろう
しかしながら、悲しい程に受動的
俺はお腹が満たされたからごちそうさまをしたのでなく、
お皿の中身がなくなったからごちそうさまをした
俺の馳走感を決めていたのは、皿サイドであった
ベクトルが反転してしまった
一生満たされることのない空腹
一生俺の口から能動的ごちそうさまは出てこないだろう
故に
いつまでたってもご飯が終わらない
終われない
喰らい続ける
本当の「御馳走様」が言えるその日まで…
俺らの旅は、終わらない!☆