監督の名前も主演俳優の名前も知らぬまま、前評判の良さにつられて半信半疑で観に行ってみたら、これがまさかの大当たり。2023年のナンバーワン映画に決定だ!
西部開拓時代のオレゴン州で、流れ者の「クッキー」と中国移民のキング・ルーがたまたま出会い、僻地の交易場所でドーナツを作って売って小銭儲けをすることになる。が、美味しいドーナツを作るには牛乳が必要で、この僻地にはたった一頭の乳牛しかいない。しかも、この乳牛は金持ちが自分の紅茶に牛乳を入れるために持ち込んだものなので、牛乳は売り物ですらない——かくなる上は、夜中にこっそり乳牛に近づいて無断で乳搾りするしかない。
この映画の特筆すべき素晴らしさは、ストーリーではなくその語り口にこそある。物語も心情も、映像で見せることで観客に伝えられる——って、映画なんだからそんなの当たり前でしょ、って話なんだけど、そんな「当たり前」が昨今の映画でどれだけ失われているか、この映画を観ると痛感させられる。実際、イマドキの10代、20代が観てどれだけ理解できるか、怪しいもんだ。
いろいろな映画があっていい、とは思う。でも、昭和生まれの一人としては「これこそ映画だ!」と叫びたくなった。監督、ケリー・ライカート。今回初めて作品を拝見したが、今後、お名前を憶えておかねばなりますまい。
追伸/あのドーナツは確かに美味しそうだったけど、あんな素朴な手作りと同レベル呼ばわりされるサウスケンジントンのパン屋の立場は……?