Uncle Vanya | First Chance to See...

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エコ生活、まずは最初の一歩から。

 2020年3月、トビー・ジョーンズ主演の「ワーニャ伯父さん」は、批評家から絶賛されチケットも売れていたにもかかわらず、新型コロナウイルス感染拡大のため、上演中止に追い込まれた。が、スタッフはへこたれず、元の役者たちを無観客の劇場に再集結させ、映像版が製作された——ただ一人、都合のつかなかった教授役のキアラン・ハインズの代わりに、ロジャー・アラムを起用して。

 

 

 うわあ、これは観たい!

 

 と思っていたら、秋にイギリスの映画館で上映されたのに続き、2020年12月30日、年末特番としてBBCでテレビ放送された。新型コロナウイルス感染予防のため、実家に帰省せず一人で自宅にこもっていた私は、日本時間の2020年12月31日、つまりは大晦日、iPlayer経由で堪能させていただくことに。

 

 うひゃひゃひゃひゃ。

 

 「ワーニャ伯父さん」は、もともと私の好きな演目だ。とは言え、内容がきっちり頭に入っているわけではないので、念のため事前に日本語訳に目を通しておいたところ、これが大正解。英語字幕を追いながら、ワーニャ、ソーニャ、教授、エレーナの親族関係を一から思い出すのは絶対キツかったはずだもの。

 

 一方、今回の上演では、チェーホフのロシア語の戯曲を英語に直訳したものではなく、意訳や改変も含んだ脚本になっているらしいことは何かの記事で読んで知っていた。でも、ナショナル・シアター・ライヴ「シラノ・ド・ベルジュラック」を観て恐れていたほどの改変はなかったように思う。ただし、一箇所だけ、それもロジャー・アラムの最後のセリフだけは、明らかに意図的な意訳だったと思う。私の思い過ごしじゃないと思う!

 

 ということで、以下、私が気になった最後のセリフについて細かく書いてみたいと思う。ただし、最後のセリフなだけに、チェーホフの「ワーニャ伯父さん」と今回の「Uncle Vanya」のネタバレ(?)になるのは避けられないので、それが気にならない方だけ先にお進みください。

 

 

 

 

 いいですか? いきますよ??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 では、始めます。

 

 ワーニャと母親、それにワーニャの姪ソーニャが暮らす田舎のささやかな地所から上がるささやかな収益の多くを、ソーニャの実の父親である教授は当然にように受け取ってきた。もともとこの地所は、今は亡きワーニャの父親がワーニャの妹のために買い求めたもので、その妹が教授と結婚し、一人娘ソーニャを残して若くして亡くなった後は、ソーニャがすべて相続し、現時点ではソーニャ一人の名義になっている。

 

 その地所を、教授は売り払って有価証券に換えると言い出す。地所を管理して農作物等から得られる収益よりも、有価証券の利子のほうが高利回りだからというのだ。なるほど、数字の上では教授の言う通りかもしれないが、実行されればワーニャたちは住居に加え生活手段まで失うことになる——恐ろしいことに、教授のご機嫌次第で、本来の地所の名義人であるソーニャすら路頭に迷う一人になりかねない。

 

 チェーホフの戯曲では、怒り狂ったワーニャが教授に銃を発砲するも幸い弾は当たらず、びびった教授と後妻のエリーナは地所売却プランをあきらめ、近くの都会であるハリコフへと去る。去り際、ワーニャと教授は一応の和解をし、ワーニャは今後もこれまでと同額の送金を約束するし、教授は教授で最後の挨拶として、

 

「この老人に、お別れの挨拶の中にひとつ苦言をつけ加えることをお許しねがいたい——諸君、仕事をしなければなりませんぞ! 仕事を!」(岩波文庫より)

 

 ……自分の虚栄心を満たすための執筆活動しか頭になく実労働なんか一切しない教授が、実際に毎日の労働をこなしている人々に向かって臆面もなくこういう発言をするあたり、「お前が言うな」と反射的にツッコミたくなるけれど、それはさておき、教授とエレーナがいなくなり、ワーニャたちは(少なくとも表面的は)元通りの暮らしに戻る。

 

 が、この同じシーンで、ロジャー・アラム扮する教授が取る態度と発言は、元の戯曲とはちょっと違う。確かに、みんなの前でワーニャと和解したかのように見せかける。が、トビー・ジョーンズ扮するワーニャが、

 

 "I'll send you the same as before, all right?"

 

 と言うと、パッと顔を背けてしまう。ワーニャの "all right?" に聞こえないふりをすることで、合意を成立させないのだ。その上で、教授が最後の挨拶でつけ加えた「苦言」というのが、

 

 "we must be practical and face up to the practicalites NOW"

 

 ……つまり、この舞台での教授は地所売却プランを全然あきらめてない。想像するに、ハリコフで弁護士なり行政書士なりに相談して、合法的に娘の名義の資産を売り払う算段をつける腹なのであろう(念のため、ネット上に出回っている一般的な「ワーニャ伯父さん」の英訳を探してみたら、 "Work! Do something!" となっていた。これなら日本語訳と同じようなニュアンスだ)。

 

 一見利口な資産運用のように見せかけて、実際は自分のものでないものまで売り払って現金に換え、その場限りの儲けをせしめるというハゲタカ発想。これぞまさしく新自由主義。ついタケナカ某とかハシモト某とかを思い出しちゃったじゃないの!

 

追伸/岩波文庫の日本語訳は「ワーニャ伯父さん」ではなく「ワーニャおじさん」だけど、ここは私の趣味で「ワーニャ伯父さん」と表記しました。すみません。

 

追伸2/"practicalites" という英単語の意味合いを私が勘違いしているだけで、新年早々あさっての方向に深読みしすぎて暴走しただけだったら、ますますすみません……。