
先日、娘のスイミングの定期テストがありました。今回も合格できず、涙目で帰ってきました。
「コーチが厳しすぎる!たった2個しか、丸をもらえなかった!」
「前のテストでは、もっと丸をくれたのに!」
「○○ちゃんは、3つも丸をもらったのに!」
などなど、ブツブツ言っています。
娘は、評価される場面に弱く、毎回 感情の起伏が激しくなります。
「みっちゃん、何のために スイミングを習っているの?」と聞いてみたところ、
「上手になるため」という答えが返ってきました。
「みっちゃん。今は『上手になるため』よりも、テストに合格することが目的になっているんじゃないかな?」
そう問いかけると、黙って聞いていました。そして、
「たった2つしか 丸がもらえなかった、と思うか、丸2つ分も上手になった、と思うかは、自分で選べるんだよ」
と 投げかけると、娘は 涙をつーっと流しました。
くやしくて、とてもそうは思えない、と感じたようです。
娘から言葉は返ってこないけれど、車を運転しながら 話しました。
「みっちゃんが、みっちゃんに やさしくなってほしいな。
『2つも丸もらえたね!がんばったね!』って 自分に言ってあげてほしいな。
だって、こんなに がんばってレッスンに通ったんだもの。」
助手席を見ると、涙をたくさん流しながら、手に持っていたぬいぐるみで 涙を拭いています。
ぬいぐるみのイルカが ぐちょぐちょ。
それを見たら、お互い なんだか笑ってしまって、娘と顔を見合わせて笑いました。
娘が何を感じたのかは、そのあと 聞いていません。
今は 理解できなくても、受け入れられなくてもいい。言葉の種をまいておこう。
芽が出るかどうかもわからないけど、蒔きつづけたいなあと思っています。