こんにちは。和久田ミカです。
1か月ほど時間がたってしまったのですが、愛犬のことを記しておこうと思います。
引っ越しが終わった日に、愛犬が預け先の病院で亡くなったと連絡があった。
心臓に病があり老犬だけど、健康診断も問題なく、元気だった。
息ができなくなった。
用事が詰まっていたが、キャンセルして水戸に戻った。
この動物病院は初めてなんだけど、そういえば預ける前の診察で
「老犬だから、死んじゃう時もあるから覚悟して」
と言われた。
予言になるとはつゆにも思わず、
「たいせつにお預かりします」の一言ぐらい言えんのか、
と思ったけど、このときにこの病院はやめておけばよかったんだな。
ストレスで死期を早めてしまったかもしれない。
私のせいだ。
無理を言って、いつものペットホテルにお願いすればよかったかな。
いや、もし亡くなってしまったら、犬に人生を捧げているオーナーは立ち直れないだろう、だから今回の宿泊は断られたんだし。
預けなくてよかった。
昨日は、ずっと体の震えが止まらず「ごめんなさい、ごめんなさい」と思い続けた。
引き取りに行ったら「いろいろ忙しいから会えない」と言ってた獣医師の先生が、待っていてくれた。
娘の涙が止まらない様子を見て、涙ぐんでいた。
きちんと処置をしてくださったことに感謝を伝えて、ワンコを連れて東京に戻った。
賛否両論あると思うけど、新しい大型冷蔵庫が来たばかりなので、ビニールで養生して保冷バッグとともにワンコを入れた。
ワンコは、固く冷たかった。
「ここが新しいおうちだよ。
バニたんと散歩できるようにいろんな部屋を見て、ここに決めたよ。いっしょに散歩したかったな」
と伝えた。
そういえば、ワンコが亡くなった夜は、私も娘も丑三つ時になっても眠れなかった。
娘は
「ママがドタバタしてるから、眠れなかった」
と言ってたけど、ワンコがお別れに来てたんじゃないかと思う。
ドタバタなんてしてないし。
水戸からは車だったので、その間に娘と相談をした。
ドライアイスをどこで買う?葬儀は?
何を用意する?などなど。
ずっと泣いていた娘は、ビジネスマンみたいな顔になって段取りをし始めた。
お互いに少しずつ、どうお別れするか、現実的なことを考えられるようになってきた。
そういえば、うちのワンコは私と娘が海外旅行や遠方に出張に行くときに限って入院をした。
病気になったり、怪我をしたり、変なもの食べて生死をさまよったり。
前に、ペットは飼い主の疲れやストレスや悲しさや怒りなど、さまざまな想いを引き受けてくれている、と聞いたことがある。
飼い主の想いを引き受けていると、ペットが飼い主の代わりに、体調を崩したりもする。
そういうペットは、飼い主さんを癒すため、応援するために、遣わされた天使なのだそう。
まさに、バニたんはそんな犬でした。
たくさんの厄を引き受けてくれてた気がする。
娘が一番つらい時期にも、きっといろんなことを引き受けてくれていたと思う。
娘が少しずつ回復してきた時期だから、さようならしたのかもしれない。
環境がかわったタイミングでさようならしたのも、
「いつもの部屋に、いつものバニたんがいない」
つらさを和らげてくれるためかもしれない。
亡くなると、便や尿などが出てしまうけれど、今回は病院で処置をしてもらえたので、きれいな亡骸と対面できた。
ひといちばい繊細な娘のために、ワンコは最期を病院で迎えたのではないか?
ひとは、意味を求める。
後悔は尽きないけれど、何か理由があって、旅立ちが今だったのだと思いたい。
まだまだ思い出して泣いてしまうことがあると思う。
ぬくもりがそこにないことに、絶望してしまうこともある。
バニたんの名前を呼んで、私を見上げるまん丸なおめめがないことが本当に悲しい。
でも、「ただそこで生きていてくれるだけで、私も幸せ」と思える存在に出会えたことは、私の人生において大きなことだった。
ただ生きててくれるだけでよかったのにな。
夢で会えますように。
どうぞ、夢でいいから会えますように。
無事に虹の橋を渡れますように。
バニたん、大好きだよ。大好きだよ。だいすきだよ。

まだまだ気持ちの整理はつきませんが、ここまでご覧くださりありがとうございます。
もし、つらいお気持ちになった方がおられましたら、ごめんなさい。
生きていると、いろいろありますね。
愛犬が大切だったからこそ、失ったときの喪失感を抱えきれない。
これから、いくつかのセラピーを受けながら回復していく予定です。