どれくらいの時間が経ったのだろう。ふと顔を上げると、アツくんは何事もなかったように、改札口の方をむいていた。

肩の力が抜けた。失望感と安堵感。どちらの気持ちが強いのかはわからないし、考えようともしなかった。

アツくんの右耳の後ろが見える。耳にかかるかかからないくらいの髪の長さ、耳の後ろに小さなホクロがひとつ。

“お姉は知ってたのかな、ホクロ…。”

頭の中は熱が引いたように、覚めているのを感じた。

“それにしても、その荷物。”
アツくんはやたらと大きな紙袋を足元に置いていた。気づかれないように覗き込んでみた。お姉の好きだった花のアレンジメント。

“この荷物持って新幹線に乗れっていうの?”
思わず笑いがこみ上げてきた。

冷静さを取り戻しつつあった。



時間を確かめるつもりだったのか、アツくんが携帯を取り出して開いた。碧い色が目に飛び込んできた。

お姉の携帯を開く。1メートルも離れていない距離で2つの碧い空がシンクロした。お姉が上っていく空。

はっきりと心が決まった。この後、なにをするべきかもわかった。

あと五分で予定の新幹線が到着するはずだ。その間に…。
柱を背にして改札口にむかっているアツくんの斜め後ろに立ってみる。
メールを打っているらしいアツくんは、携帯から目を離さない。
もう一歩近づくと携帯が見えた。

“色違いだっ!”

アツくんが携帯をパタンと閉じた瞬間、左の後ろのポケットのバイブがメール着信を伝えた。思った以上にバイブの音が響いた気がした。

“えっ!やばっ!”

あわてて携帯を取り出し、メールを開く。
『もう大宮は過ぎてるよね新幹線DASH!
大丈夫かな…起きてる!?
ほらっ…もうすぐ上野だよにひひ
ちゃんと起きてないと、そのままUターンしちゃうぞべーっだ!

その気配にアツくんはチラッと振り向いた。

携帯から目をそらすことができない。

“お姉の携帯…気づいて!…ダメ!気づかないで!!”

どうしようもできない。体が動かない。顔を上げることも、指を動かすことすらできない。息が苦しくなる。
“まだ20分ある…。”

中学生みたいだと思った。待ち合わせ場所で胸を高鳴らせて、待っている。

初めてのデートを思い出した。中3の時、渋谷で待ち合わせて、映画を見た後にどこに行っていいかわからずに、公園通りを何回も往復した。あの時以来の気持ちかもしれないな。

こうやって、大切な人を待っている時間。とても愛おしく感じた。待つのが好きなわけではない。どちらかと言うとせっかちな方で、待たされるのは嫌いな方だ。でも、必ず来てくれる人ならは、信じて待てる。
改札口のむこうで自分を見つけて顔が華やぐマミの姿を想うと、さらに心は高鳴った。

手持ち無沙汰で携帯を開いて、メールを打ち始めた。

『もう大宮は過ぎてるよね新幹線DASH!
大丈夫かな…起きてる!?
ほらっ…もうすぐ上野だよにひひ
ちゃんと起きてないと、そのままUターンしちゃうぞべーっだ!