・今も昔も変わらない、なかなか手放せないわたしの思考グセ。 | 加藤なほ 「"毒親育ち" からの人生改革」

加藤なほ 「"毒親育ち" からの人生改革」

毒親育ち、アダルトチルドレン、恋愛依存(DV)などの実体験を元に、"わたし" を生きる方法を伝えています。
▶︎セッション実績…2013年〜 5000件以上
▶︎メディア…NHK(クローズアップ現代+/あさイチ他)/朝日新聞/他多数。
▶︎著書「ワタシの母は毒親でした。」




ふむ…





4年前に書いてた記事の
わたしのこの思考クセ、
今もバリバリ現役です。









懐かしい偽名時代。


nana→加藤菜々→加藤なほ
にしたのかな。



名前出すのも顔写真出すのも
怖くて怖くてたまらなかったのに、
ばんばん自分の写真を載せるようになるとは
過去のわたしもびっくりだあんぐりピスケ










過去記事の話だけれど、
がんばりたければがんばればいいけれど、
楽しくないならやめちゃっていい。


がんばるのが楽しいときは、
がんばればいい。





わたしがもつ、いろいろな物事に対する基準は
”楽しいか楽しくないか”
がダントツ第一条件。

しばらくこれを忘れてた 冷汗



これから外れると、
見事いろいろなことがうまく回らなくなっていく…


人間関係も、
仕事も、
自分の心も体も。


すべてうまくいかなくなる。





ちびなほが
宇宙が
「気づけー!!!!」
って教えてくれているが如く、
一見望んでいないような出来事を起こして
知らせてくれているのだけど、
気づけないときもある。


うまくいかないときは、
”自分らしさ”
を忘れているときで、
”わたしらしく”
いれていないとき。







ブレるのは、
基準がないからとも言える。


だったら、
自分で自分の基準を決めたらいいねカナヘイ花


全部全部、
自分の基準で決めたらいい。


仕事は遊びっていう人だって、 
仕事は暇つぶしっていう人だっているくらい、
この自由な国の、恵まれた時代に、
わたしたちは生きてきたのだから。
 

 




いけないことはなにもない。


いけない
としている自分のジャッジがあるだけだね







ジャッジは多いとときに苦しい。


他の人までも
ジャッジするから。


余計なエネルギーを消耗する。



けれどもジャッジもときに必要なもの。


自分の身を守るときとかね。


大事なのは、
気づいて上手くお付き合いすることつながるピスケつながる花1










明日もわたし基準で生きていこう。


明日も自分の好きなように生きよう。



気楽が好きな人は気楽に、
喜びが好きな人は喜びに。



世界は自分が創っているのだから、
いつからでも変えられる。



世界は、
心を写す写真みたいなもの。






なほ